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カイメイ中心 * VOCALOID二次創作小説サイト * メイコ愛をこっそり謡う
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2024/05/21 (Tue)
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2014/05/27 (Tue) Comment(0)
こちら→『snowllia』(登場人物は比較的何がしか妖怪)を踏まえつつの雪椿。








雪はすでに止んでいた。鏡のように縁の鋭い月が浮かぶ。青い夜だった。
開かれた襖戸の向こうの自室の惨状に呆れて溜息が出る。附き従って戸の開け閉めを請け負った小鬼たちを、眼差しで労って隣室に帰した。その眸にも夜の青は降り降りて、茶色はふくら雀の風切り羽の色に濃くくすむ。
部屋は確かに凄惨だった。この真冬の夜に一番大きな窓を全部開けて、雪も吹雪もないが風はすべて通るがまま。軒にかかる月明かりが、冷え切った室内を皓々と照らし出す。火鉢に炭はまだ赤く点っているが、その功は果たされていない。そして部屋をそんなにした当の人物は、畳の真ん中で、まるで行き倒れのように寝転がっているのだ。
これで本当に息絶えているならまるで芝居に見た悲恋物のよう。命を手向けて相手に本意を伝える様は、どうしても感動より陰湿さを覚えたものだけれど。もちろん、芝居に連れ出してくれた相手には、涙を堪えられない、としなだれかかった。そこに転がる青年には、話していない話。裳裾を捌き、歩み寄る。
仰向けに腕は頭上に投げ出し、足も大の字の払いまでとはいかないが。よく見れば脚絆も足袋もそこらに脱いで放ってあった。これが巷の治安を守る警邏隊の総大将だというのだから恐れ入る。白い月鏡から逃れようとするかのように制帽を顔に乗せ、その表情は窺えない。眠っているか、起きているか。こちらに気付いているか、いないのか。さて。
幾重にも、重ねた裳裾は長く重い。畳の目に引いて寄り、顔の隠れた頭の傍にひざを折る。青髪の頭をそっと撫で、名を呼ぼうと唇をほどく、その寸隙に。
さっきまで芯もないように投げ出されていた腕がひょうと翻り、帽子を除けた。群れとなる青、瑠璃で晴天を透かすような青い眸が爛と夜を割いて見た。薄い唇が振れ、何の名を呼ぼうとしているか、察しがついた。
ついて、しまった。だから。
先んじた。
「蒼」
呼ぶはずだった名を、彼は呑んだろう。群青の眸はわずかに瞠り、開きかけた唇は再び結ばれた。ともすれば、童子が拗ねた様子を見せる顔のよう。彼の背に負う責と肩に負う名にいっかな相応しからぬ。紅椿、は苦笑した。
指に絡めるようにして撫でた青い髪は少し硬質で、なぜだかひどく胸を突く。月明かりに射されたか、蒼雪は眸を細め言葉なく身動いだ。帯のたれを乱暴に払い、請いもせず膝に頭を乗せてくる。我を通すような所作一切に、紅椿も抗わず、また言葉もなく膝を渡した。
彼の行いはこの街の掟に沿うなら許されないものだ。私室としてもまた檻としても、この部屋は、この朱い柱の楼閣で最も堅固であるべき場所の一つなのだ。部屋を与えられ、また部屋に囚われたる女の認知なしに入室するばかりでなく、手足を投げ出して眠るなど他に言葉もなく、暴挙だった。
蒼雪にはそれを成し得る権威がある。警邏隊の総大将という肩書は責の重さの分、効力も大きい。紅椿との個人的な繋がりもある。妹分の桜花などはこれを利用してちょくちょくと顔を出しているが、どちらにしても褒められたものではない。褒められたものでないと言い諭すべきところはあるし、少女の身形でこんなところに現れる妹分には平常言って聞かせているが、今日の蒼雪に限っては、紅椿もそう邪険にできなかった。
「あんたがよくやってくれているのは、わかってる」
腕を目隠しにしてかぶせ、表情を見せない、まるで童のような仕草の大の大人の頭を撫でる。窺える口元だけがはっと笑みを吐いた。
「俺だって、わかっている」
月明かりは皓々。望を過ぎ、十六夜の月であった。欄干には宵の口まではらはらと舞っていた綿雪が乗り、そのずっと向こう、黒金の瓦屋根をいくつも越えた御宮の乾の彼の住処の、庭の生垣には紅い椿が咲いている。
責に裏付けされた権威があろうとも、紅椿個人に深い繋がりがあろうとも、めったなことで彼はこの部屋に現れやしない。そのくせちらちらと、朱塗りの門をくぐって朱い柱の街に現れるのだ。紅椿の仕事のある見世を探り出しては座敷を設け、あるいは別の妓に仕事をさせていく。こうして部屋に上がるときにはきちんと線香を払っているのだから、遊んで(・・・)も構わないというのに、それは嫌だと頑なだ。どうして、と聞いても、嫌だ、としか答えない。窓は開けて広げ、こんなところに来ておいてまるで疚しいところはないかのようにする。
そのくせ、こうやって呼ぶのだ。
「紅」
息も白く凍えるような、まるで外気温と同じ温度の室内で、その呟きがひどく熱を持っていた。
「紅……、紅」
その声の響きが、呼ぶ名ではない名で聞こえるようで、堪らない。
「……なあに、蒼。私はここにいるわ」
震える喉を叱咤して呼び返しても、別の名を囁いてしまいそうになる。
顔を隠した腕の、白い手袋の手が拳を握った。彼だって懸命に堪えているだろうことはわかっていた。
だからこそ、呼んでしまいそうになる。メイコだって、本当は彼の名を呼びたいのだ。
カイト、と。

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