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2016/08/05 (Fri) Comment(0)
プレイリストにあった曲を聞きながら、益体もないSSを書いてみようという試みの第1弾『zabadak』、第1曲は七さん(@774caprice)からお題をいただきまして「テールちゃんとスカーレットさんで」『満ち潮の夜』。
プレイリストは以下の通り。

『満ち潮の夜』:スカーレット・ブラックテール
『遠い音楽』
『二月の丘』
『五つの橋』
『休まない翼』
『私は羊』
『夏を見渡す部屋』
『同じ海の色』
『飛行夢(そら とぶ ゆめ)』
『人形たちの永い午睡』

ちょっと後出し的なのもあるのですけども、思い立った時にプレイリストに入っていた曲なので巡り合わせと思って。これで。
長めのスパンでだらだらと、のんびりコンプリートを目指したいと思っています。







夜がびろうどの天蓋を下ろしている。そのなめらかな漆黒の生地目を裂いて月が浮かぶ。大きな館の小さな窓が一つ、安穏の眠りをもたらす幄を撥ねて、細く白い光を招いていた。
館は、二つ前の時代には、城と呼ばれた堅牢な石造りで緩やかに流れる川に接した丘の上に建つ。月影を招く窓辺の主は十二の歳に祖母から譲り受け、五年守ってきた。この秋で六年になる。
そんな知り尽くしたつまらない内容の書かれた手紙を弾き、娘は小さく息を吐いた。紙片を弾いた指先を包むロンググローブは夜と同じ色。眠りの時刻にも関わらず、薔薇のように紅いドレスの胸元が書き物机の上の燭台の、仄灯りをちりちりと照り返す。火灯りは茶水晶の眸にも揺れて、娘はまた一つ、息をついた。
叔父からの知らせは字数と厚みと装飾語句に反して恐ろしく簡素で、近々婿候補を連れていく、というものだった。候補、と言うのは建前上、当人が肯かなければならないからそう書かれているだけで、実際は拒否権なんか認めないつもりだろう。三度目の深い深い息をついてペンを取り、真新しい紙片にインクを落とす。
白い紙に黒い文字が綴るのは、これからを指し示すつまらない常套句。ペン先が紙面を掻いて黒いインクを滲ませる。最後に署名を入れれば、完成だ。
まるで誓約書、と独り言つ。
祖母から譲り受けた総べて、この返信で売り渡す。叔父と、見ず知らず、会ったこともない誰か男に。
譲り受けたこの館も、この館を維持管理するための財貨も、家人も、人脈も。
そして。
「私、自身」
ふと手が止まる。資産一切は病床の祖母から書面で受け継いだ。公正な証書で異論の入る余地もない。けれどそれらを渡して祖母は、それからもう一つ、と言ったのだ。
もう一つ、継いだもの。
仄灯りに艶めいて、娘の唇が紡ぐ。
「ブラックテール」
窓辺に影が下りる。振り返り見れば、白い月影ではない人の影。人のかたちをして人でなく、その影にはしなやかな長い尾が一つ、頭上に三角の耳が二つ。猫のように両手両足を集めて窓枠に爪先でしゃがみ、それ、は金色の眸を三日月のように撓めた。
「遅いわ。すぐに呼んで(スラーズ・マリーツァ)、って言ったでしょう?」
責める口調で、けれど口元は端を吊り上げ楽しげだ。娘は白い肩を揺らした。本当に。
独り心を寒風に晒していた時間は顧みれば無為。苦く笑って、ごめん、と言った。いいわ、と答えて猫が窓辺より歩み寄る。差し伸べられる手を取って立ち上がる、その寸暇にインク壷がことりと倒れた。
黒い染みが広がっていく。署名まで真っ黒に呑み込んで、溢れたひと滴は床に落ち弾けた。あーあ、と呟いて、けれど声音はいっかな省みてはいない。猫が、いいの、と形式ばって尋ねてきた。
「いいのよ」
答えて歩き出す。
「もう、要らないのだもの」
応じてしたり、先の白い黒い尾が揺れる。白手袋の手が取ったままの黒手袋の手を引いて、傾いだ体をひょいと横抱きに抱き上げた。
驚きに見張る茶水晶の眸に金色が笑う。
「じゃあ、往きましょうか。スカーレット」
白く細い光を招く窓辺を蹴って、猫は夜に飛び出した。
月がびろうどの天蓋を裂いて照らし、やがて漕ぎ出す一艘の小舟を見詰めていた。

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