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カイメイ中心 * VOCALOID二次創作小説サイト * メイコ愛をこっそり謡う
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2024/05/21 (Tue)
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2011/11/30 (Wed) Comment(0)
揺れる揺れる馬車の中。




 
 
大通りに待っていた馬車に、メイコは目を瞠った。印章を掲げた二頭引き。爵位にしか諾わないそれを用立てられることそのものが、カイトの今の立場を示している。
しかもカイトはそれを、メイコのために用意してきたのだ。血の気が引いて蒼褪めるような、恥ずかしさで全身が火照るような目茶苦茶な心持ちだ。
改めて自分の身なりを確かめてしまう。繰り返し洗い晒し、ほつれを何度も直したシャツもスカートも、メイコにはそれなりに一張羅だ。それでも馭者席に座るにも不釣り合いに見える。
故郷見たさ、何よりカイトとの再会嬉しさに、行くと言ってしまった迂闊さを今更に後悔する。
「姉さん、手を」
穏やかな笑みと共に、差し出された純白の手袋に包まれた手に、託す手を躊躇う。傷跡を恥じたことなどない。恥じることなどない。それでもやはり、美しく整えられ、洗練された造形ではないのだ。
小首を傾げられ、どうしても拒めない。メイコは恐る恐るそっと、カイトの手に手を乗せた。
カイトは何も言わなかった。
馬車は走りだす。街中から窓外を田園風景に移し、徐々に速度を上げていく。ビロードを張った椅子はメイコの寝ていたベッドよりも柔らかく、ゆるやかに揺れながらまるで空を飛ぶようだった。
流れていく景色を追いながら、メイコは別れを思い出していた。皆、修道院で見送ってくれた。酒場の旦那はメイコの頭を撫でて、部屋はそのままにしておいてやるよと言ってくれた。
「まあ、ひと月ふた月な。十年は俺にゃあ無理だ」
院長やシスターたちは抱きしめて、幸せに、と言ってくれたし、酒場の常連たちはまだ、カイトを恨めしげに睨んでいた。そんな風に送ってくれたのに、やはりすぐに戻ることになるかも、と小さく思う。
メイコはこっそりと視線を隣へと向けた。先程は元気そうな姿がただ嬉しくて、大きくなったとそれだけを喜んだけれど、改めてその横顔を見詰め思うのは、立派になった。
背筋を伸ばして座り、前を見据えた横顔は凛々しく堂々としている。立ち居振る舞いも颯爽として、先程メイコに示して見せた女性のエスコートにも一分の隙もなかった。甘えん坊も気弱な姿もそこにはなく、今のカイトに自分の存在が必要だとは、到底思えなかった。
大切な宝物は手を離れたんだ、とそっと思う。この胸の痛みはただの我儘だ。
メイコが思っていたら不意に、青い双眸がこちらを向いた。ふっと笑う。
「緊張してる?」
尋ねられ、驚いて瞬いた。見透かされているのをじわりと実感し、顔が火照ってくる。俯いて、答えた。
「当り前でしょ?」
擦れたスカートを手繰る傷だらけの指先。絹のスカートをつまんで駆けまわっても『お転婆』で済んでいた頃とは違うのだ。
相手も自分も変わりすぎている。思ってきつくスカートを手繰った視界の中に、カイトが手を伸べてきた。意図がわからず首を傾げ見上げると、すっかり大人びた青い眸が苦笑していた。
伯爵という位よりは、彼の年頃の青年らしさを感じさせる表情に少し安堵する。尚もわからず首を傾げたまま、けれど差し伸べられた手は伸べられたままだ。メイコは恐る恐ると、すっかり大きくなった手に手を重ねた。
はっとした。重ねたその手は、馬車の揺れの中にもわかるほど。
「俺もだよ」
震えていた。カイトの苦笑は、彼自身に向けられたものだったのだ。メイコも自分自身を笑って、白い手袋の大きな手をぎゅっと握った。
「十年…だものね。変わるわよね」
変わってしまったことを、怖がり過ぎていた。変わらないものがあるからこそ、カイトは迎えに来てくれたのだ。もうこの手を離れているのだとしても、カイトが自身が必要と言ってくれるなら。
それなら、不釣り合いでも、針のむしろでも、あの屋敷にもう一度行く意味はある。胸に痞えていたものがすっと下りて、凝っていたものが霧散するようだった。離れてしまった距離のように感じていた互いの掌の違いが、すっかりメイコを追い抜かしたカイトの手の大きさが、急に愛しく思えてきた。
「そういえば、言ってなかったわ」
改めて真っ直ぐに、カイトの目を見詰めた。夏の天涯のような鮮やかな青。宝石の煌めきのような双眸を見上げる。
「ありがとう。会いに来てくれたの、嬉しかった」
見詰めた青の眸が丸く見開かれた。
伯爵自らあんな路地裏に、一人で入り込んできてしまうなんて軽挙と言わざるを得ない。それでもやはりメイコには嬉しかった。カイトが自分自身の手と足で迎えに来てくれたことが。
言うとカイトは瞬き、じっと見詰めてきた。僅かに押し黙った後、メイコの手を引き唇を押し当てて、当り前じゃないか、と呟いた。
「だって、ずっと会いたかったんだ」
拗ねたような顔に、メイコは心の中で首を捻った。甘えん坊はまだ生きているのかしらん。
昔のようにそっと髪を撫でてみたかったけれど、遠目に屋敷が見えてきていた。
あの冬の日を最後に、十年。感慨は深い。
 
   ・・・
 
車停めに下りて見渡した景色はやはり変わりなかった。通り抜けてきた庭の整然とした様子も、十年前と同じ。ただ少し季節が早いから、いくつか花が残っていた。
カイトの手を借りて馬車を下りると、懐かしい家令の顔が見える。目許がじわりとした。
「お帰りなさいませ、旦那様」
歩み寄ってきた初老の男性が、カイトをそう呼んで端整な一礼をした。メイコの記憶の中ではまだ壮年で、父の家令だった人だ。また一つ、実感する。
銀髪を撫でつけた家令はカイトに一つ耳打ちをし、それからメイコに向き直った。どきりとした。
「お帰りなさいませ、お嬢様。お待ちしていました」
返す答えをメイコは持たない。ただ驚いて目を瞠り、幾度も瞬いた。あ、うん、ただいま、と場違いな返答をし、思わず傍らのカイトをねめつけた。
彼の指示かと思ってなのだが、青い眸も意外そうに瞬いていた。
「お前は反対しているのかと思っていたんだけどね」
「主の意志あらば、わたくしどもは諾うほかありません」
冷然と整然と、無表情のようでいながら、年輪を刻んだ面輪の中でメイコに向けられた眼差しが昔のままに優しい。涙腺が破られてしまいそうだった。
思えば伯爵のためだけの馬車に伴っていた馭者も、自分より身なりの悪い娘に白い目一つ寄越さなかった。礼を尽くして踏み台を出してくれ、深々と頭を下げてくれたのだ。
胸が熱くなる。咄嗟に、メイコは振り返った。
「カイト、厩舎に行ってもいい?」
尋ねると、カイトは首を傾げた。然もありなん。まるで関わりのない話をしていたのだ。
構わないけど、と言いながらもカイトはまだ不思議そうだった。ありがとうとごめんを言い残し、メイコは駆けだした。
記憶に違わぬ道を走り抜ける。十年ばかりで厩舎の位置が変わるとは思えない。
ゆるやかな起伏を走り超えてたどり着くと、厩舎では一仕事終えたばかりの馬たちが労われていた。吸って、吐いて、息を整え、決意する。
野良着でブラシを握っていた男に歩み寄って行って、声をかけた。跳ね上がるほど驚いて振り返ったのは、手紙を届けてくれた厩番だ。
「た…ただい、ま」
言うと、厩番はあとじさって壁にぶつかり、馬が怪訝そうにその顔を嗅いでいた。しばらくそうして睨み合うように待って、厩番がゆっくりと呼吸を落ちつけた。
「お帰りなさいませ、メイコお嬢様」
絞り出すような震える声と、断罪を待って歪む顔。それらにメイコは確信する。そして強く、はっきりと意識して、その言葉を紡いだ。
「ありがとう」
そう言っておきたかったの。告げると、厩番は驚きに瞬いた。
「そのことでしたら、以前に…」
「そうだけど、違うわ」
苦しげに笑う厩番を、メイコは遮った。
「前に私が『ありがとう』って言ったとき、貴方は悲しそうな顔をしたわ。だから、わかったの」
栗毛の小柄な馬だった。技量もないメイコをちゃんと乗せてくれる人懐こくて優しい仔だった。
厩番の握った拳が震えている。ああやはり、と思った。
あの仔は殺されたのだ。
「そうです」
厩番は答えた。
「おれが、あいつのえさに毒を盛りました。おれが…っ」
「だから、『ありがとう』」
はっと上がった顔に、メイコは微笑んだ。
「十年、ずっと悔やんでてくれたのね? 理由は…聞かないわ。きっと想像通りだから」
主家に命じられれば、彼らは拒めないのだ。黙して諾う彼らが、けれど感情を持たないわけではない。
メイコだってあの馬を可愛がっていたけれど、メイコよりもずっと近くで彼は手塩にかけていた。悲しまないはずがないし、悔やまないはずもない。
不用意にその機微に触れた上に、メイコのために彼を嘆かせるのは嫌だった。
「ね、これだけは覚えておいて。あの仔は人を恨むような仔じゃないし、私も貴方を恨んでない」
偽善だろう、と思う。殺された馬の気持ちが、メイコにわかるはずは本当はないのだ。
それでも構わなかった。メイコは彼の嘆きをやわらげたかった。メイコにとって、彼は恩人なのだ。
「貴方はきっとあの仔を看取ってくれた。あの仔のために祈ってくれた。そのことに、ありがとう」
メイコの言葉を厩番はただ黙って聞いていた。俯き、その肩は震えている。怪訝そうに嗅いでいた馬が、眦をぺろりと舐めた。
「いいえ」
厩番が頭を振る。
「おれにはそんな資格、ないんです…」
意味の通らない言葉だった。謝意を受けるのに資格も権利もあるはずもない。メイコを困惑させたその言葉の意味を、問い質したのは彼女ではなかった。
「ああ、やっぱりお前か」
いつの間にか背後にカイトが立っていた。その表情は冴え冴えとしている。
声がかかって初めて、メイコはその存在に気が付いた。冷厳とした声音。メイコに拗ねた表情を見せていた甘えん坊の面影もない。
厩番はびくりと肩をすくませ、足元から震えだした。
 

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