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カイメイ中心 * VOCALOID二次創作小説サイト * メイコ愛をこっそり謡う
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2011/11/18 (Fri) Comment(0)
祈る者、願う者。




 
 
カイトは歌の好きな少年だった。自分で歌うことも好きだったし、何よりメイコの歌を好んだ。子守唄をねだりに、メイコの部屋に来て眠ってしまうこともしばしばだった。
叱るに叱れず、受け入れてしまった自分の甘さもあったのだろうとメイコは思う。もしくはメイコ自身もやはり人恋しかったのだ。嫡子をたぶらかしてと頬を打たれることがあっても、カイトをベッドに上げてしまっていたのはメイコ自身だった。
あの頃のベッドに比べれば布団の厚みのない硬いベッドで目覚め、メイコは寝返りを打った。シスターの厳しい視線から逃れたい思いが強かったのだが、彼女から見れば夜明けに背を向ける怠け者だったろう。おはようございますの言葉とともにカーテンを開け、今にも薄い毛布を引きはがしそうな目線でメイコを見下ろしてくる。
「朝食はどうなさいます?」
きん、と響いた高音の声にかろうじて、いただきます、と答える。薄い布団をのけて身を起こしながら、ここはこういうところなのだと反省する。
日の出とともに目覚め、祈りを捧げる生活。一般的で模範的な修道院の生活なのだろう。当代の皇帝が一人娘を失くして以来、信心薄らいでいる中では一般的の言葉は揺らいでくるが。
ともかく、夜の遅いメイコがいつもの生活をしていたのでは、早朝礼拝など間に合うように訪ねることなどできない。昨夜は院に泊めてもらったのだ。
勿論、前日の仕事は勿論きっちりと果たした。深夜にこっそりと訪ねると、院長から伺ってます、とシスターの冷たい声音に出迎えられたのだ。
いたたまれないなあ、と思いながら案内された空き部屋に入って、けれどメイコは驚いた。スープとパンが置かれていた。
まさかこんなに遅いと思いませんでしたので、冷めてしまいましたが。古いのにすすけた様子のないランプに火を入れながら、言ったシスターの声もやっぱり冷めていて、メイコは思わず首を竦めた。
「ありがとうございます」
長く不義理をしていた自分を恥じた。メイコがこの部屋に寝るのは初めてのことではない。
半身と両手に大火傷を負ったメイコを手厚く看護してくれたのは、この修道院のシスターたちだった。寄付もいただきました、と院長は言っていたけれど、ほとんど放り込まれた形だったろう。
それでも院長初めシスターたちは、代わる代わる動けないメイコの世話をしてくれた。薬を塗り、包帯を変え、寝返りのうてないメイコに毎晩つききりで、床擦れしないよう体勢を変えてくれたのだ。
毎晩つききりのシスターに申し訳なくて、ある日メイコはごめんなさいと謝った。いつも冷たい声がやっぱり冷たいまま、私は貴女のことを尊敬していますから献身するのにつらいことなどありません、と言ったのだ。そしてメイコの怪我の理由を知っている、と。
この同じ部屋でのことだった。
「久しぶりにあなたの歌を聞けるのを、皆楽しみにしているのです。寝過ごしたなどとは言わないでくださいね」
釘を刺されてしまって、メイコは慌てて起き上がる。ベッドの上に胡坐をかくと、シスターが黒橡の眸を向けてきた。首を竦めて頬を掻く。
全くどうしてこんな風に育ってしまったのかと呟きながら出ていく背に、ごめんなさい、シスター、と呼びかけた。
するといつも冷たい声がやっぱり冷たいまま、貴女は粗忽者ですが神の御名に恥じることのない人間だと言うことを知っています、と答えてくれた。メイコはつい、笑ってしまった。
「ありがとう、シスター」
いらえはなく、ぱたりとドアは閉じられた。メイコはくしゃりと笑い、ひとつ伸びをした。
さすがに神の御前に、と言うよりは神の御前に集まる人々の前に、寝起きの顔をしていくわけにもいかない。整わない面体はともかくも、整えられる身嗜みくらいは整えなければ。
胡桃色の髪に手櫛を入れ、メイコはベッドを下りる。カイトはまだ寝ているかな、と朝寝が好きだった弟の寝顔を思い出していた。
 
   ・・・
 
神の御前に出てメイコの思ったのは、こいつらこのやろう、というとても神様にはお聞かせできない言葉だった。普段修道院とは縁もゆかりもなさそうな、酒場の常連たちがわらわらと連れだっている。まあ普段来てくれない方が院を訪ねてくれるのはありがたいですけれどね、と院長もこめかみを押さえていた。
仕事は、と尋ねると、日曜は安息日だろ、と返ってきた。お気楽稼業ときたものだ。
「場末の歌姫が久々に聖歌隊復帰だろ? 聞き逃す手はねえや」
一人が笑うと、周りが一斉に沸いた。
「ったく馬鹿にして! 金とるわよ!」
メイコが腰に手を当て眉を逆立てても聞きやしない。構わねえぜ最後に帽子脱いだ時には女の細腕じゃ重くて持てないくらい投げてやら、なんてにやにやしている。メイコのそんなつつましやかな格好拝めただけでも眼福だ、投げ銭の価値がある、なんて。
シスターが後ろで溜息ついているのが、メイコには堪らなく恥ずかしかった。服はともかく帽子くらい、とシスターたちの制帽をかぶせてもらったのだ。それを馬鹿にするなんて、どれだけ罰あたりなのかとぎりぎりと歯を噛む。
しかもそこへ、来るはずのないと思っていた人まで現れるのだ。
「盛況だな」
酒場の旦那がゴロツキたちの後ろで片手を上げて見せた。なんであんたが来るのだと、メイコは思わず頭を押さえてしまった。
生まれ育ったのが夜に明るい酒場だから、朝は苦手なんだと公言してはばからない人なのだ。メイコが歌う話を聞いたと言った時にも、賑やかしてきなと軽く言っただけだった。
メイコの後ろから院長が旦那を睨んだ。
「全部貴方のところの客でしょう。メイコを客寄せにするのはやめて下さいと再三お願いしたはずですよ」
既知の間柄であるらしい。メイコがどれだけ言われても院に入るのを聞かないので、雇い主に直接と数度酒場を訪れている。その時の会話はいつも同じだ。
「俺だってするつもりはなかったさ。この面構えじゃこいつらも馬鹿な気起こさねえだろ、って母ちゃんとも話し合ったんだぜ」
「ところがどっこい」
「まあ初めてんときにゃ、ぎょっとさせられたけどな」
「傷なんて見慣れちまえばどってことねえや」
胴間声ががやがや言うのを見渡して、旦那は肩をすくめて見せた。
「この有り様だ」
院長も溜息をついていたが、メイコも大変に不愉快だった。当人の眼前で人の面体についてわいわいと、しかもどうということもないとはどういう意味だ。
むすりと頬を膨らませていたメイコに、院長が呆れたような声を差し向けてきた。
「だから院に来なさいと言っているでしょう」
メイコは首を傾げた。工場工たちはどう考えても年若いメイコをからかっているだけだ。でなければ娘と云われる年頃の女の顔にある傷を、あげつらって笑ったりするものか。
けれど院長は、どうしてわからないのかと困った風に、半ば諦めたように言う。
「貴女は華がありすぎるのです。泥濘に咲くには清廉すぎるのですよ」
そりゃねえや、と誰かが言い、まったくだ、とメイコも思った。花だの清廉だの、およそ似つかわしくない言葉だ。けれど。
「何もここが泥濘でないとは言いません。幾分かまし、というだけで」
そして院長はメイコに悲しげな微笑みを向けてきた。その意味を聞く間は与えられなかった。お祈りの時刻は迫っていたし、お祈りの後には聖歌が待っているからメイコも隊列に並ばなければならない。
慌てて院長の後を追いかけて、ふとメイコは立ち止った。下町の修道院に見慣れないのは場末のゴロツキばかりでない。最後列の席に一人で、帽子も脱がず腰掛けた紳士が、周りの空気から変に浮いていた。
泥濘に咲くには、というさっきの院長の言葉を思い出す。その言葉が指し示すのが彼ならば納得できるとメイコは思った。変に綺麗でそぐわない。
自分は染まっているものな、と独りで心中に言ちて隊列に並んだ。その背を見詰め、帽子を脱いだ紳士の口角が上がったのをメイコが見ることは、勿論できなかった。

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