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カイメイ中心 * VOCALOID二次創作小説サイト * メイコ愛をこっそり謡う
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2011/11/13 (Sun) Comment(0)
なくしたものは。




 
 
今は空き部屋の窓辺に座り、同じ窓辺に寄って立っていた姿を思い出す。この場所に立っていたメイコは、呼べば必ず振り返り、微笑んでくれた。
「姉さん」
以前には赦されなかった呼び名を、そっと呟いてみる。返る声は未だ、ない。
腹違いの姉だからと、嫡子であるカイトがそう呼ぶ事を親族たちは快く思っていなかったらしい。彼らに叱責されただろうメイコは、結局その事を言ってはくれなかった。許されたもの、と思ってずっと、別れの日まで呼び続けていた。
「ねえ、さん」
だがもうすぐだ。カイトは口角を上げ、手にした紙片をそっと撫でた。入り日は黒い木々の間に小さく赤い光を残すだけだ。手に持った質素な便箋に目を通すにはもう、暗すぎる。
手の中にあるのは二通目だった。今は市井の人となっているメイコを、身内として招くと言うカイトの不明を諭し、外聞を整えて出会う手立てが丁寧に綴られていた。変わらない、と思う。
伯爵家嫡子の嗜みとして、乗馬や狩猟を教示されても好めず、臆していたカイトに遠乗りから誘ってくれたのはメイコだった。快活で活発な少女だったメイコは、避暑地の夏に馬を覚え、カイトを乗せて連れ回してくれた。
野山を巡ってくたくたになり、二人で木陰で休んだ。後ろに乗っているだけで疲れてしまったカイトに、メイコは膝を貸してくれた。膝に寝転がったカイトの青い髪を、形の良い白い指で梳くように撫で、謡うように諭したのだ。
伯爵の仕事は守ることよ。あなたはいつかその仕事をするの。そのためには何でもしなくちゃダメ。馬も、お勉強も。そのかわり。
木陰を透かした金剛石の木漏れ日を浴びて、メイコの胡桃色の髪の縁がきらきらと輝いていた。振り仰ぐと榛色の眸がにこりと微笑んだ。
『そのかわり、カイトのことは私が守るから』
幼かった。その微笑みが自分の傍を離れることなど思いもよらなかった。ただ安堵して、諾々と受け入れて、与えられるものに疑問など持たなかった。手にあるものは守らなければ奪われるのだと、知らなかった夏だ。
あの夏の約束を、メイコはまだ守ってくれている。『メイコからカイトへの手紙』を確実に渡してくれる使用人を指名して寄越させ、その手紙の中でさえ諫言をくれる。そして何よりカイトの心を沸き立たせたのは、諫言の中に会うべきでないとなかったことだった。メイコも、会いたいとは思ってくれているのだ。
消え入る日の中、カイトは読めない紙面に唇を付けた。粗い紙目の向こうに筆主を思い描く。
かちゃりとノブが回り、ドアが開いた。女中頭が深々と頭を下げ、この部屋にも灯を入れるかと聞いてきた。
「いや」
カイトは答えた。
「姉さんが帰ってくるまでは、入れない」
当主を継いですぐに、客間として扱われていたこの部屋の内装をすべて戻した。使用人たちには主のある部屋として、毎日腐心するようにと言い付けた。もともと子供用に特にあつらえられた家具は置かれていなかったから、このままでも充分に使えるだろう。
カイトは部屋を出、顧み、女中頭が丁寧にドアを閉めるのを見守った。カイトには望まれれば、どんな高価な家具も調度品もそろえる心積りがある。伯爵家令嬢の部屋としては、質素すぎるほどなのだ。
けれどメイコはあまり華やいだ煌びやかなものよりは、使い勝手のいい簡素なものを好む傾向があったから、記憶のままに戻した。何よりカイト自身、あの部屋の空気を好んでいたのだ。嫡子のために、絢爛豪華な調度品に囲まれた独りの部屋よりも、呼び声に応えてくれる笑顔のあるこの部屋が好きだった。
閉ざされる扉の隙間に、赤い入日の終わりが見える。カイトは青藍の眸を鋭く細めた。あの日カイトと、何よりメイコの肌を舐めたのと同じ火の色だ。
メイコの部屋を閉ざすと礼をして女中頭は下がり、代わりに廊下に佇んでいた青年が軽く目礼を寄越してきた。カイトよりも更に幾分歳若い青年で、鳥打帽に風雨に洗われたコート、そして大きな革のカバン。およそ貴族の屋敷に相応しくない風体だ。
だがカイトは気にも留めず歩き出した。向かう先は自室だ。ステッキを突きながら歩くカイトの足音に、青年の足音がゆっくりと重なる。
「申し訳なかったですね、遅くなって」
鳥打帽のつばを軽く上げて言った青年にカイトは、いや、と短く答えた。
「本来の仕事でない事を頼んだんだ。構わないよ」
おかげでその本来の仕事が今に押していたのだろう。済まなかったという謝意ならば、カイトも持っている。
「けど気を揉んだのも事実でしょう」
カイトは口を閉ざした。青年の言葉は、正しい。早くメイコの様子を知りたいと、青年の来訪を待ち望んでいた。それを言い当てられたのだ。
「…だから、貴方に行ってもらったんだけどね」
人物についても人体についても、彼ほどの批評眼を持つ者をカイトは知らない。その歳若さから想像つかないほど、人を見る目に長けている。
その青年が含み笑うように言った。
「恐れてらっしゃいますか? 姉君のお変りようを」
カイトは口角を上げ、答えた。
「身体的な意味でならね」
青年が胡乱な視線を向けてくるのが見えるようだ。だが嘘ではない。メイコは変わっていない。
彼を使わした時には、確かに不安に思うところもあった。十年の歳月は長い。カイト自身が変わり果ててしまったように、メイコもまた市井の波に洗われて変容してしまっていたとして不思議はないと思っていたのだ。
けれど厩番を介して届けられた二通目の手紙が、変わりないメイコの微笑みを伝えてくれている。代々の伯爵の愛馬を世話してきた厩舎の守り手も、変わりないようだった、とメイコの姿をカイトに伝えた。
「姉さんが可愛がっていた馬がいてね。それは元気か、と聞いてきたそうだよ」
メイコが家を出て二月目に死んだと伝えると、少し落胆した顔をして、ありがとう、と言ったのだそうだ。売られた、や、譲られた、ではなく明確に死んだと言うなら、少なくとも厩番が見送ってくれたのだろう、だからありがとう、と。
少し得意げに声の弾んだ自覚はあった。後ろから青年の声は、じわりと鈍い鋭さで突き刺さってくる。
「その程度は嘘も吐ける、とは思われないんですね。貴方様が」
厩番は返す言葉もなく手紙を受け取ってきた。本当は、メイコの愛馬は薬殺されたのだ。まだ存命であった頃のカイトの母親の命令によって、厩番の手にかかり。
そしてそれから八年たって、不思議と同じ毒をあおってカイトの母親は死んだ。因果を感じた者はない。八年も前に馬に使った毒と、伯爵夫人があおった毒が同じものだなどとは、共通項としてあげられるほどのものでもない。
気付いた察しの良い者と、知っている者がいるだけだ。
「貴方は思うかい?」
カイトは肩越しに青年を顧み、ステッキを突くのとは逆の手で封筒をひらひらと揺らした。カイトが根拠を示してみせると、青年は鳥打帽のつばを下げた。つばの陰から、その口元が含み笑うのが見える。
「降参です。貴方様と同感ですよ。僕は以前のあの方は存じ上げないが、およそ爵位に取り入るために右往左往する人物じゃない」
そして青年はメイコの言葉の端々を上げた。申し訳ないが、と断って別の使いを寄越すよう頼んだ時。榛色の眸は真っ直ぐに見詰めてきて、その光は真摯だった。
「しかも感情に流されるだけの人でもありませんね。僕を良く見てらした。見定めてらしたんでしょう。申し訳ない、という気持ちは本当。ですがその一言で策謀の張れることを思い描けぬお人好しでもなさそうだ」
そして青年は含み笑いを一層強める。
「きちんと手順を踏もうと言うのも、念には念の入れようも、お嬢様ご自身よりは貴方様を守ろうというためのものでしょう?」
全くよく見ているね、とカイトは言った。
「姉さんはね、本当の爵位の娘なんだよ」
伯爵の仕事は守ることだと言った。その言葉の通りの生き姿をしているのはメイコであり、カイトではない。
この磨かれた廊下を屋敷の主として歩くに相応しいのはメイコであり、カイトではないのだ。爵位と共に委ねられる領地をメイコが治めたならば、一族郎党を含め、機知と機転で守り切ったに違いないのだ。
「ですが」
カイトの沈思をさえぎって、青年が含み笑った。
「あの方は社交の世界じゃ生きにくいでしょう」
足が止まる。振り返り見ると、青年は肩を竦めて帽子のつば陰に視線を隠した。
カイトは黙り、再び歩き出した。自室はじきだった。
「傷はひどかった?」
訊くと、まあ、とあいまいな返事が返ってきた。
「花のかんばせには、目立ちますね」
「痛みは?」
「気にしてらっしゃる風はありませんでしたよ。ただ」
ノブに伸ばしかけた手が止まる。
「繊手が痛ましいご様子で。貴方様ならご想像易いと思いますが、冬場はおつらいでしょうね」
自室前についたからか青年の言葉か。カイトは自分の手の止まった理由をはかりかねた。
カイトが動かないので、青年が開けた。ステッキを突きながらの足で歩を速め部屋を横断する。暖炉の前に置いた椅子に身体を投げると、青年がドアを閉めるところだった。
封筒に入った手紙を翳し見る。拙い宛名と差し出し人の署名。この字を綴った指先を思う。
「じきに火も入るようになりますね」
暖炉に視線を送りながら青年が歩み寄ってきた。カイトは頷くだけで答えた。
青年は部屋の隅にカバンを下ろすと、コートを脱いでその傍に置いた。そしてカバンから取り出すのは、コートとさして変わらない長さ形ではあるが、白衣だ。
青年の本来の職は技師で、カイトの足を診させているのだ。職業柄、医師まがいの知識も豊富で、その見立てにもカイトは一目置いている。
その彼が言うのだから、やはり冬前にはメイコを屋敷に呼ぶべきだろうと考えた。
「最後に会った日にも笑っていたんだよ」
顔の半分も包帯に覆われ、かぶせられた布団の下の体は、どれだけの火傷を負っていたのか今のカイトに知る由もない。それなのに包帯の下の傷口を歪めるようにしてまで笑顔を作り、メイコはカイトの頭を撫でてくれた。
その手にも、包帯は巻かれていた。包帯にくるまれた指先でカイトの髪にさらさらと触れ、良かった、と呟いた。
「『無事で、良かった』。そう言ったんだ」
青年はカバンの中身をあさりながら、ではご存知でなかったんですね、と言った。
「そうだよ。姉さんは俺が片足をなくしたことを知らない。知らないままいなくなってしまったんだ」
父の策謀か、母の陰謀か。親族誰かの差し金か、誰があんなにも重篤な状態だったメイコを連れ出したのか、今となってはもうわからない。今となってはどうでもいいことだ。
もう、誰もいないのだから。
この屋敷に、爵位に連なる者はもうカイトしかいない。

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