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カイメイ中心 * VOCALOID二次創作小説サイト * メイコ愛をこっそり謡う
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2024/11/23 (Sat)
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2011/11/26 (Sat) Comment(0)
*六幕ほどではないですが傷に言及するシーンがあります。
ご注意ください。







 
窓から陽が燦々と降り注いでいて明るかった。足には包帯が巻かれている。目覚めて見渡したその光景が、自室と気付くのに少しかかった。メイコの部屋の方が、目に慣れていたからだ。
三日経っている、と世話係に言われた。メイコはと尋ねてみたが、世話係は首を横に振るだけだった。カイトにはその意味は理解できなかった。
それから更に三日、カイトはメイコが会いに来てくれないかとそればかりを考えて過ごした。カイトは動くことを禁じられている。世話係の目も厳しく、会いに行くことはできなかった。
怪我をしたり、風邪を引いたり、とにかくカイトの調子が悪くなれば、メイコはきっと様子を見に来てくれた。そして手を取って言ってくれたのだ。
「大丈夫」
その言葉が聞ければ、どんなに苦しくとも大丈夫だと思えた。あの炎の中と同じに。
目覚めて四日目に、カイトは世話係の目を盗んで部屋を出た。あれから七日。もう七日もメイコと会っていない。
包帯を巻かれた足は痛かったけれど、メイコに会いたくて堪らなかった。メイコの声が聞きたかった。白い指先に撫でてもらいたかった。
その思いだけで訪ねた部屋で、カイトは女中に見咎められた。メイコには会わせられない、と言われた。どうして、と聞いてもはっきりとした答えはなく、嫌だ会うまで帰らない、と座り込むと女中は渋々折れた。ようやく枕許に連れて行かれ、カイトは茫然とした。
射し込む冬の陽射しは今まで信じていた、知っていると思い込んでいたそれと変わらない。ただその部屋の主が、榛色の双眸が、やわらかな声音が、温かい笑顔が出迎えてくれない。そのことがカイトを呆然とさせた。何より。
いつもその笑顔を向けてくれていたはずのメイコの様相に、カイトは息の詰まる思いを覚えた。心臓を握り潰されるようだった。
メイコは眠っていた。カイトを抱きあげてくれさえした体が、布団に埋もれて小さく見える。胡桃色の髪は短くなっていて、そしてカイトは思い出した。
火のついた扉に駆け向かっていく後姿。もう駄目だとカイトが絶望した、その先へ走りゆく。少女の背にカイトは必死で手を伸ばした。
炎に飲まれるようにしか見えなかった小さな少女の体当たりに扉は砕け、日の暮れかかった紫色の空が見えた。安堵でも歓喜もなく、カイトはただ目を瞠った。信じられなかった。
座り込んでいたその場所から慌てて立ち上がり、その背の後を追った。左足はなかなか前に出ず、ドアまでのほんの僅かな間にも幾度も転びそうになりながら、カイトは火のついた館から脱出した。
転がり落ちるように石段を下り、その下に倒れた体に縋りつく。髪も服も焼け、煤け、メイコは譫言のように繰り返していた。カイトを助けて。
泣いて縋るカイトを誰かが引き剥がして抱え上げ、そこからの記憶は遠い。幼かったカイトは縋りつき泣き喚くばかりで、結局伝えられなかった。
貴女のおかげで助かった、と。
ベッド脇の椅子から見下ろして思い出したすべてに、改めてカイトの目に涙が浮かんだ。
「お姉ちゃん…」
カイトは呼んだ。
「お姉ちゃん、起きて」
呼吸をしているのかも危うく見える青褪めた寝顔に手を伸ばす。震える指先でそっと頬に触れた。血の気と一緒に体温も下がっているのだろう。柔らかさに反して温もりは薄い。
込み上げてくる不安が胸を突き、カイトは指先を色をなくした唇に当てた。微かな吐息が指先をかすめ、少し安堵する。お姉ちゃん、ともう一度呼んだ。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
本当は縋って呼びたかった。けれどできなかった。
思うまま、取り縋って揺さぶり起こせばきっと傷に障る。足に一つ包帯を巻かれただけの自分がこんなにも痛苦を味わっているのだから、身体の半分も包帯に巻かれたメイコはどれだけ痛み苦しんでいるだろう。それだけの想像だが、カイトには今のメイコがまるで壊れ物のように思えていた。
彼女がいつもしてくれるように、髪を梳くようにそっと頭を撫でた。お姉ちゃん。呼んでも答えてくれないのが哀しくて、ほとんど無意識にその音を紡いだ。
「メイコ」
不意に。蒼白の面差しの中でふっと瞼が震えた。
驚きに見開いた天涯の青の前で、榛色がゆっくりと覗く。メイコはぼんやりと視線を漂わせたあと、カイトに視点を定めた。
声は出なかった。榛色は輪郭を曖昧にして、まだ半ば眠りの中にあるようだ。それでももう半ばは確かにカイトを見定めている。
そうしてメイコはじんわりと笑顔を作った。顔の半分は包帯で覆われているのだから、カイトには見えない。そんなこともおかまいなしにいつも通りの優しい柔らかな笑みを作り、掠れた声で告げた。
「無事で…良かった…」
かけられた布団さえも重たそうに、手が伸べられる。身動ぎもできないカイトの前髪をさらさらとかすめ、そこからこめかみを辿り頬へと、落ちるように撫でていった指先にも包帯は巻かれていた。
その手を握り、何か言葉をと口を開きかけたカイトが、別室からやってきた医師に引きはがされたのと、メイコの意識がまたふらりと落ちていくのはほとんど同時だった。医師は控えていた女中が、メイコが目を覚ましたのを見て慌てて呼んだのだ。幾人か侍女も呼ばれ、カイトは人の垣の外に立つしかなくなった。
やがて自室に戻るよう促され、家令に抱え上げられた。閉ざされた榛色の眸にそれでも、また来るから、と誓ってその日は大人たちの言いつけを固く守った。メイコのためにそれが必要だと思ったのだ。
それが別れだった。
翌日に禁を破って再びメイコの部屋を訪ねたカイトはを出迎えたのは、誰もいない冷たくなったベッドだった。冬の日は降り注ぐ。メイコの座っていた机も、眠っていたベッドもそのままにある。その姿だけが、足りない。ふらりとその場に膝を突き、カイトは立てなくなった。
気力のすべてを奪われたように打ちひしがれて、ベッドから出ることさえも億劫になった。メイコのことを想う度に涙が零れ、神でも悪魔でも、とさえ思った。
「神様でも悪魔でもいい。お姉ちゃんを、返して」
萎えた気力のせいか足の回復は思わしくなく、切り落とす他はなくなった。ますますベッドに居つくようになったある日、歳若い医師が大火傷をして修道院に運び込まれた少女の話を伝えてきた。皆絶望視していたが、少女は回復し今は酒場で歌を歌いながら働いていると。
諦めてはならない、と教えるための話題であったかもしれない。けれどその話はカイトに別のことを伝えていた。メイコが、生きている。
カイトは変貌した。自身に面体の程度は見えないが、しただろうと思う。心の内は確実だった。確実に変わっていた。
 
あれから十年になる。
 
   ・・・
 
礼拝が終わっても、メイコの周りから人が離れることはなかった。帽子を胸元に抱いて人だかりに歩み寄る。十年で伸びた身長は、見知らぬ群衆の頭越しにもメイコを見詰めるに充分だった。
榛色の眸が振り返る。誰か、別の人間に行くはずだったろう視線は、カイトに止まり、丸く見開かれた。嬉しくて、カイトは笑んだ。
「姉さん」
呼びかけて、メイコはどうするだろうと思った。浅慮を咎めるだろうか。衆目の手前、伯爵に礼儀を尽くすだろうか。
けれどそのどちらでもなく、カイトをカイトと認めた榛色の眸は、緩やかに微笑んだ。眩しそうに目を細め、唇はその言葉を紡ぐ。
「カイト…!」
微笑んだその眸から零れ落ちた涙に、カイトは言葉を失った。
片足をなくした哀れな伯爵家の嫡子にはたくさんの慰めの声がかけられた。千言にも万語にもなっただろう。それらのすべてを合わせたよりも、メイコのたった一言がカイトの心を穿ったのだ。
ただ立ち尽くしたカイトに、メイコが歩み寄ってきた。カイトのすぐ傍に立っていた中年の男が、もの言いたげな視線を送っていた。さっきほどは彼女に向け、帰れるのかと問いかけていたし、彼が話に聞いた酒場の主なのだろう。雇い主に向けて目礼し、メイコは改めてカイトを見上げてきた。
くすんだ窓から射し込む白い光に、濡れた榛色がきらきらと輝いている。やわらかく微笑まれて、カイトはどんな言葉も出てこなかった。
何でもいいはずだった。久しぶりだね、元気だったかい、そんな他愛のないものから、どれほどメイコを求めていたのかを劇的に囁く言葉でも。貴族たちの華々しい社交の場で、浮ついた言葉ならば慣れ親しんできたはずだった。
メイコがくすりと目を細め、そっと手を伸ばしてきた。目元にかかる前髪に、かすかにふれる。
青い前髪が、視界の端でさらりと揺れる間に、細められた眦からまた涙が流れ落ちた。
「ふふ、だめね。会ったらどんなこと言おうか、ってずっと考えてたのに全然出てこない…」
胸が締め付けられた。ステッキを持つ手に帽子も持たせ、メイコの頬に指を伸ばす。左頬、次に傷跡の残る右頬。涙を拭って、それでも声は出なかった。
「汚れちゃうわよ」
いつからか当たり前になった、白い手袋。十年、メイコには縁がなかったものだろう。少し咎めるような声に、胸苦しさと共にようやく笑みが零れる。構わないよ、と答えられた。
「元気にしている?」
改めてメイコが尋ねてきて、カイトは肯いた。否定する要素は何もない。安堵したように、そう、という返事が返ってきた。
「姉さんこそ…元気だった?」
尋ねながら、メイコは否定しないだろうと思った。カイトがそうだったように、あるいはカイト以上に真摯に。
「元気よ。みんなのお陰で、すごく」
少し誇らしげなその表情に、ふと視界が広がるようだった。辺りの視線は鋭くカイトに向けられている。
だがそれらには構わず、カイトはメイコに向けて微笑んだ。彼らがどれほどメイコを想っているか、欲しているか、必要としているか、そんなことは。
知らない。カイトには関わりがない。関わりがあるとすれば。
「姉さん、遅くなったけど迎えに来たんだ。一緒に屋敷に帰ろう」
予想していたことだろうに、メイコは軽く目を瞠り、僅かに口籠った。
彼女の考えていることは大よそ見当がつく。十年間を市井で過ごした者を姉として連れ帰ることのカイトにとってのリスクや、今ここで彼女を取り囲む者たちへの義理、情。それでも譲る気はなかった。
今日、メイコを連れ帰る。
十年の間、待ち続けていた。この日を。メイコを迎える日を。
メイコを取り戻すためだけを考えて生きてきたのだ。伯爵位などその手段でしかない。そのカイトが、たかだか場末の工場工ごときに引けを感じるはずがない。
「姉さんの部屋もそのままにしてあるよ。ずっと、待ってたんだ」
伸ばした手に、榛色の眸は躊躇っていた。カイトは小首を傾げて促す。悲しげな顔をして見せれば、メイコはきっと拒めない。
「姉さん」
カイトに呼ばれ、見詰められて、メイコが少し困った顔をした。何事かを、口にしかけたが声はそのメイコではなく彼女の後ろから。カイトが侮った工場工たちの一人だった。
「おい、若いの。いきなり出てきて勝手な言い分だな、え?」
一人が口火を切れば、燃え広がるのは早かった。
「ああ、まったくだな。何様のつもりだ。貴族様か?ふざけるな」
体躯から腕っ節で鳴らしていることがわかるような男たちが、一人、また一人と立ち上がる。青い目を細め、はっとカイトは息を吐きだした。彼らを、嘲り露わに見下ろす。
「関わりのない他人は黙っていてもらおうか。そもそもこんなところに姉さんがいる、そのこと自体が誤りなんだ」
すぐそこに立つ、修道女も認めていたことだ。こんな泥濘には相応しからぬ花だと。
だが男たちは尚も睨み据えてきた。口々に唸る。
「先に追い出したのはそっちだろうが」
「メイコの面(ツラ)、見ろよ。そんだけの怪我したガキを放り出すなんざ、まともな神経じゃないぜ」
「それを今更『迎えに来た』だ?」
辺りを包むのは神の御前にあるまじき空気。工場工たちは力尽くでもメイコを引き留めるつもりだろう。
だが彼らの心持ちがどうであろうと、カイトには全く関わりのないことなのだ。ただもし彼らがその心持ちからカイトの手を阻むなら、それは関わりになる。
排除する。メイコを取り戻す、そのための障害はすべて排除してやる。カイトの口角が剣呑に持ち上がった。
そのカイトに、長椅子から男が声をかけてきた。
「嬢を何に使う気だ」
初老の域に差し掛かろうかという、衣服もくたびれた様子の男だった。低い位置から睨み上げてきた眼光は鋭い。
「お貴族様のやり方はよく知ってら。人の命なんざ、道具と一緒なんだろ」
カイトは男を冷然と見下ろした。否定はできない。この十年の自身を振り返れば。
「けどなあ、あんたにはただの道具かも知れんがな、おれたちにゃあ花なんだよ。こんな泥まみれん中にゃ眩しすぎるくらいのさあ」
立ち上がらぬ男の傍らには切り出し削っただけの様子の杖が置かれていた。貴族のように権威の象徴として持つはずがないから、カイトのステッキと同じ用途だろう。それはあるいは貴族に関わってのことかもしれない。だからこそ道具扱いという発想ができるのだろう。
「泥濘にだって、花は入り用なんだ」
言われ、カイトは心の冷めていくのを感じた。わかるものか、彼らに。
カイトにとってもメイコは花だ。この花を、メイコをどれほど望んできたか。他のどんな人間の命さえも道具に、欲してきたただ一輪の花だ。
渡さない。カイトは懐に隠した短銃を意識した。神の御前、それすらもカイトの恐れにはならない。
もう自分は、狂っているのだ。思って、その時だった。
「はい、そこまで」
響いた明朗な声に、いがみ合った空気がはじけ飛んだ。カイト、と呼ばれて返り見ると、メイコが苦笑していた。
「私のこと、考えてくれてるのはわかるわ。でもここのみんなは他人じゃないの。みんながいてくれたから、私は生きている」
明るく真っ直ぐな眸の色に、固く凍りついていた心の内の息苦しさが溶けていく。あ、とも、う、とも声にさえならないような呟きをカイトが落とすと、メイコの眸がやわらかく宥めた。
そして工場工たちに向き直る。
「ごめんね。これでも可愛い弟なのよ。十年前はこんなに小さくて、私が屋敷を出たことに関われるわけないの。最近になって伯爵を継いだから、私を呼びに来てくれたのよ」
そうでしょ、と微笑まれてカイトは頷くしかない。工場工たちも気まずそうに口籠っている。
「まったく、あんたたちがそんなに私を気に入ってくれてたなんてびっくりだわ。こそばゆい感じはするけどね、ま、単純に嬉しいわよ。ありがと」
黎明に射す光のように真っ直ぐな言葉に、荒くれ者の風体をした男たちがそれぞれに視線を彷徨わす。何とも言い難そうにうろうろちらちらとあちこちに目をやって、それを見たメイコは可笑しそうに笑声を零した。
零れる軽やかな笑声をやがて止め、辺りを真っ直ぐ見渡した。
「私、カイトと行くわ」
工場工たちはざわりとさんざめき、カイトは思わず頬を緩めた。老齢の修道女は少し悲しげに安堵の息をつき、カイトのすぐそばで酒場の主が押し黙って目を伏せた。
「私が育った場所なの。もう一度見てみたいのは、嘘じゃない。カイトが…お屋敷の主がおいでと言ってくれるんだもの。私は行きたいわ」
工場工たちは一様に何かを言いたげで、その中でも特に長椅子から立ち上がらない初老の男は、強く言葉を口腔に含んでいた。それらに、メイコが気付いていないはずはない。初老の男に榛色を向け、メイコは微笑んだ。
「大丈夫よ。カイトはそんなことはしないわ」
言った明るい声音が誇らしげで、カイトは僅かに目を伏せた。
メイコを道具になどしない。それでも彼女の誇りに相応しい行いをしてきたかと言えば、カイトの答えは否だ。重苦しく胸の内に蟠るものを感じ、けれど。
その思考は続く言葉に掻き消された。
「それに、私がずっとお屋敷にいられるとは限らないもの」
青い目を瞠り、カイトは思わず詰問する口調でメイコを呼んだ。
「姉さん?」
驚きを隠せず見詰めると、榛色の眸が苦笑を返してきた。仕方がないでしょう、と言う。
「カイトが私を迎えたい、って言ってくれる気持ちは嬉しいわ。でもその気持ちだけじゃどうにもならないものはあるでしょ?」
十年に渡って市井にいたという事実。教育もなく、社交の場での手練手管もない。そんなものはカイトには必要なく、メイコがいればそれでいい。だが伯爵の姉と言う肩書を持つためには、それらが必要な場面も出てくるだろうと言う。
至らない姉を持つことが、伯爵としてのカイトの体面に傷を付けるなら、メイコは敢えて屋敷にとどまるつもりはないということだ。
カイトは頭を振った。そんなことはさせない、とカイトは意に思う。強く決する。
「姉さんは、俺の姉さんだよ」
言うと、メイコが笑った。
我儘ね。
 

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