カイメイ中心
*
VOCALOID二次創作小説サイト
*
メイコ愛をこっそり謡う
※メイコとカイトが怪我をするくだりがあります。
流血の描写が苦手な方、ご注意ください。
流血の描写が苦手な方、ご注意ください。
冬の日だった。晴れて、風は冷たく乾いていた。
メイコは宝物を捜していた。屋敷の中を捜し、庭に出て、夏空の青をまとう小さな男の子を捜しまわっていた。
鮮やかな青を纏う小さな男の子はメイコの弟だ。将来はこの家を継いで、守っていかなければならない立場の、まだ小さい弟。大切な宝物だ。
家を守るという立場は易くない。小さな男の子にはきっと重く、優しい心にはきっと苦しいこともたくさん待ち構えている。だからメイコは、カイトには準備をしていてもらいたかった。
大人たちが求める勉学や、貴族の嗜みとしての習い事にはそれなりに意味がある。カイトがそれらを疎む気持ちもわからないでもないけれど、メイコはカイトに逃げないでいてもらいたかった。
それはカイトのためだから。
今のうちに、なるべくたくさん学んで、覚えて、準備をしていてもらいたかった。今はまだメイコが守ってあげられるけれど、いつかカイトはメイコの手を離れ行く。メイコの手の中になど収まらなくなってしまうのだ。
だのに今日もカイトは家庭教師の手を逃れ、どこかに行ってしまったらしい。勉強は好きなのに、教わるということの苦手な子なのだ。メイコの言うことは聞いてくれるので、字の読み書きを教えたりもしたけれど、メイコ自身も子供で勉強中で、カイトにいくらも教えられるわけではない。
冬枯れの庭には目立つはずの、鮮やかな青色を探し回っていたら、庭師の息子に会った。見なかったかと尋ねてみると、裏庭の方に行くのを見たらしい。挨拶をしただけで止めなかった、と言う。裏の方は主人筋の者が足を踏み入れる場所ではない。申し訳なさそうな顔をされたので、気にしないでと言っておいた。
「ありがとう、お仕事の邪魔をしてごめんなさい」
挨拶をして、示された裏庭の方へと向かった。お気を付けてお嬢様、と送ってくれた庭師の息子にメイコは振り返って手を振った。
裏庭には使われていない離れがある。以前は客間にもなっていたらしいが、古いもので、今はもう取り壊されるのを待つばかりだ。それがメイコとカイトのお気に入りだった。
窓もドアも一通り打ちつけられているが、一部分の壁が崩れていて、子供の体躯なら忍び込めるのだ。
離れの中に入り込み、二階へ向かう。南側の一室に入ると打ちつけの甘い窓辺の光で、青い髪の男の子が本を読んでいた。
「カイト!」
ちょっときつく呼ぶと、カイトは首を竦め振り返った。青い澄んだ眸が、犬の仔みたいに上目遣いに見上げてくる。
「お勉強の時間でしょう? ご本なら、先生に見てもらいながら読めばいいじゃない」
歩み寄り、屈み込み覗くと、小さな声が呟いた。
「だって、先生こわいんだもん」
メイコは溜息をついた。確かに、カイトは叱られることが多い。けれどそれはこうやってカイトが逃げ出してしまうからで、カイトは勉強が嫌いだと思われているからだ。
「カイトが時間にちゃんと机に座っていれば、先生は怒りはしないわ」
言い聞かせても、いやだ怖い、と言う。これももう幾度か繰り返した遣り取りだ。
甘えん坊の引っ込み思案なのに、こんなところで頑固で、いやだと言ったらてこでも動かない。夏の避暑旅行の時にも発揮された頑固さだ。
メイコと同じ馬車がいいと駄々をこね、ならば屋敷を離れてからこっそりと、と厩番が無理を聞いてくれた。あれには冷や冷やさせられた。子供たちと旅行に行きたがらない伯爵夫人に、見付かるとは思えないが、見付かれば厩番の首が飛ぶ。
陽溜まりに座り込んで膝を抱えたカイトの隣に腰を下ろし、青いさらさらの髪に手を伸ばした。そっと撫でると無邪気な顔が笑う。
「ね、カイト。お勉強しにいきましょう? 一緒に怒られてあげるから」
それでもカイトは、怒られるのは嫌だと首を横に振る。メイコは手詰まりになって、溜息をついた。
カイトは無邪気な笑顔で見上げてくる。お姉ちゃんとここにいたいの、と訴える。
「お姉ちゃんのお歌が聞きたい」
メイコは仕方なく頷いて、わかったと答えた。カイトが目を輝かせ、メイコに抱きついてきた。お腹に腕をまわして抱きついてきたカイトの頭をまたさらさらと撫で、メイコは苦笑する。今日のお勉強の時間にはもう、間に合わないだろう。
そのままカイトはメイコの膝にこてんと転がり、膝枕を奪ってしまう。えへへと笑うカイトの前髪を掻き上げ、もう、とメイコは呟いた。
一つ息を吸い、メイコは音を紡ぎ出す。昔々に聞いた歌だ。メイコはこの歌しか知らない。
ひとつひとえのさらさをまとい
ふたつふるえるゆびさきの
みっつさまようみかげのうえに
よっつよいのね よたかのこわね
いつついらえもあえなきそらね…
そして十まで歌いあげる間に、カイトはすっかり眠りこんでしまうのだ。メイコは膝の上の寝顔に微笑みを落とし、そっとまた一から歌い出した。
今はまだこの手の中にいてくれる大切な宝物のために。
・・・
悲痛な声にメイコは揺り起こされた。音の悲痛さよりは声そのものにはっとして、メイコは飛び起きた。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
飛び起きて、メイコは呆然とした。世界が、紅い。入り日に染まったのではない。ただ光に染められているのではないのだ。
火。揺らめく炎がメイコとカイトを取り囲んで踊っていた。どうして。メイコには訳がわからなかった。
「おね、えちゃ…」
泣きだしそうな声に呼ばれ、振り返った。青い眸がいっぱいに涙を溜めてメイコを見ている。
メイコが守りたい大切な弟。小さな男の子。メイコは奥歯を噛んで意を決した。
「カイト」
小さな手を引いて立ち上がる。
「出ないと」
この子だけは助け出さなければ。火の手は回りきってはいない。メイコは走り出した。引きずられるようにしてカイトが続く。
火は壁や欄干を焼いているだけで、廊下も階段も、まだ通れる。メイコは少し安堵して、行こうとカイトに促した。
二人で廊下を駆ける。暮らしている屋敷に比べればずっと小さな館だ。それが今はひどく大きく感じる。廊下の端の階段へが遠く長かった。
「階段を下りればすぐ…」
気を逸らせながら一段二段と段を踏み、駆け下りる。四段五段と足をかけた時だった。突然乾いた音がして、ぐいと後ろに手を引かれた。
振り返ると、カイトの左足が三段目を踏み抜いている。朽ちかけた天板は火に煽られ、小さなカイトの体重さえ支えられなくなっていたのだ。
カイトが落ちてしまう、助けなくては。子供らしい一心さでメイコは踏み戻り、けれどそれは命取りになった。カイトの体重に加え、メイコの重さで階段は踏み抜けた。
赤と黒がくるくると入れ替わり、奇妙な浮遊感。そのあとに重く鈍い衝撃が背を打って、メイコから一瞬呼吸を奪った。ひゅうっと喉を鳴らして呼吸を取り戻し、メイコは身を起こす。カイトは。その思いだけだった。
カイトはすぐ傍に倒れていた。う、と小さく呻き声がする。安堵した。
生きてる。
「カイト、」
呼びかけて手を握り、助け起こそうとした。けれどカイトが泣きそうに見上げてくる。
「おね、ちゃ…足が…」
愕然とした。崩れ落ちた階段がカイトの左足を飲んでいる。
メイコは自分の咆哮するような絶叫を聞いた。あとから振り返り、その時の自身に理性があったかと言えば確実に否とメイコは答える。焼けた木片とレンガの欠片に爪を立て、ひたすらに除け始めた。
掌の皮は捲れ、爪は割れ剥がれたが痛みも感じない。ほどけた髪を振り乱し、リボンをいつ落としたかなんてまるで覚えていなかった。
ただこれらを除けなければとそれだけだった。
そうしなければ、カイトが。
がりがりと瓦礫に爪を立て続け、傾いだ柱を力づくで押し除け、カイトの足が覗いた時には泣き出したくなった。立てるかと聞くと、カイトは頷いた。
メイコはカイトの手を取り、走り出した。何かがおかしくなってしまった、その反作用なのかメイコには直感があった。火の手の弱い方向がある。
いつもの出入り口は崩落で瓦礫に覆われてしまったから、そちらだけが逃げ伸びる可能性だ。走っていたが、カイトの足が緩む。振り返ると、煤けた上に泣き濡れた顔があった。左足は靴が裂けて、べっとりと赤くなっていた。
縋る目でカイトが見上げてくる。メイコはまだ小さな弟の体を抱き上げた。大丈夫、とそっと囁くと、カイトはメイコの首に腕を回し、ぎゅっと縋りついてきた。
十と十二。普段であれば抱いて走れるような体格差ではない。それでもメイコは走った。
火が躍る赤い廊下。メイコは駆け抜ける。カイトを抱えて。
行き詰まりは以前は使用人の通用口だったろうドアだ。その形が見えた時には胸が弾んだ。外に、出れる。
けれど。
たどり着いた扉は火がすでに舐めていた。お姉ちゃん、と呟きカイトは泣き出した。メイコは泣きながら抱きついてくる腕の中の体を、強く強く抱き締め呟いた。
「大丈夫。カイトはきっと守るから」
この扉が開けば助かるのだから。メイコはカイトを下ろし、火のついた扉に向かって駆けだした。
右肩から全力でドアに体当たりをする。何度だってぶつかってやるつもりだったが、意外にも扉は一度で壊れ、メイコは石段三段の後に地べたに転がった。頭上にちらちらと人影が見え、幾度か叫んだとメイコは記憶している。
カイトを助けて。
自分の足で飛び出してきたカイトがメイコに泣いて縋ってくるのを、誰かが抱き上げるのを見てひどく安堵した。そこからふつりとメイコの意識は途切れている。
気が付いたのは見知らぬ場所で、ひと月ほど危ない状態だったと教えてくれたのは知らない人だった。身動きもろくに取れない状態から一年。ベッドの上で過ごし、どうにか回復したメイコは、ある人には呆れた生命力だと言われ、ある人は奇跡だと言った。
どちらでもいいかな、とメイコは頬を掻き、ふと思い出した。ぼんやりと、切れ切れの記憶の中に、泣き出しそうなカイトの顔がある。
ここではないベッドに寝かされていたメイコを、泣き出しそうな顔で見下ろしているので、切なくなって頭を撫でた。大丈夫なのだと伝わっただろうか。
カイトが無事で、笑っていてくれたら何もいらないのだと、カイトはわかってくれただろうか。
あれから十年になる。
・・・
講堂の高い天井に聖歌の余韻がりいんと響く。しんと静まり返った、冷たささえ感じるほどの清かな空間に響く荘厳な歌声が、メイコは好きだった。
狭く猥雑な、賑やかな酒場で歌う明るい歌や寂しさを歌った歌、雑多な人々の歌も好きだけれど、敬虔な人々が神にささげる心を歌うのも好きだ。歌声の残響が消え、メイコはゆっくりと瞼を持ち上げた。
祈りの言葉をもう一度ささげ、礼拝は終わった。人々の喧騒がにわかに戻って来る。出口となる大扉が開かれて、一人、また一人と帰っていく。シスターたちに並んで彼らを見送った。かけられる声に応えていると、歩み寄ってきた酒場の旦那に呼ばれた。
帰れるのか、と旦那は聞いてきた。修道院の院長は複雑そうな顔をしていて、その気持ちは嬉しいけれど、メイコの意志は決まっていた。シスターから借りた帽子を脱ぐ。
帰ります、と言うつもりだった。そのつもりでメイコは院長から旦那へ、振り返った視線を向けた。けれど視線は、旦那のその背後へと奪われた。
年若い紳士が脱いだ帽子を胸に立っていた。鮮やかな青い双眸を緩め、彼は言った。
「姉さん」
よく通る声は低く穏やかだった。メイコの知る少年の高い声ではない。背もずいぶん伸びて、顔の輪郭も体の線もたくましくなった。それでもメイコには違えようもない。
夏の天涯のように鮮やかな青の髪と眸。成人した男性の面差しに、あの日の泣き顔だった少年がよみがえる。大きくなったのだな、と思うと頬が緩むのを止められなかった。
思わず笑んだはずのメイコの頬を、そして涙が伝い落ちていった。
PR
この記事にコメントする