カイメイ中心
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メイコ愛をこっそり謡う
初出:Pixiv
このネタを書こうと思った時に、誰を軸にしようかなーと悩んだんです。
悩んだ挙げ句絞れずに、ミクを中心に弟妹組と、カイトとにわかれてしまいました。
このネタを書こうと思った時に、誰を軸にしようかなーと悩んだんです。
悩んだ挙げ句絞れずに、ミクを中心に弟妹組と、カイトとにわかれてしまいました。
事を起こすより前にもう一度本人に聞いてみよう、とレンが言った。できればがくぽにも訊きたいけど、今日は無理だから、と。
神威がくぽはこの家の三軒向こうのはす向かいに住んでいる。他社の出身だから期待は薄いが、彼もボーカロイドだ。レンの言うようにダメで元々、訊いてみたいところだが、今日は仕事に出ているはずだ。
「そうだよね…」
ライブラリーに入ることは難しくはないが、無許可の閲覧はやはり禁止事項だし、許可が下りるかどうかはわからない。おそらくは下りないだろうと思う。
製品の発売前の情報だ。当然、企業秘密になる。腕組みをし口を結んで、ミクは考え込んだ。
メイコ自身が触れられたくないと思っている過去なら、触れない方がいいのではないかという思いはある。誰かから、特にボーカロイドから聞くことに拘るのは、自分と変わらない立場の者が知っていることなら、自分が知ってもいいのではないかと思うからだ。
できれば、知りたい。最初は単純に興味だったけれど、確かにあのとき、哀しいことが起きたわけじゃないと言ったメイコの声は哀しかった。ボーカロイドの耳が感じた確信だった。
メイコが哀しい想いをまだ持っているなら、一緒に持ってあげたい。それで少しでも軽くしてあげたい、とミクは思う。家族だから。
ボーカロイドに血のつながりはない。ミクたちを家族たらしめているのは、少なくともミクを家族にしてくれたのは、一つの言葉と二つの笑顔だった。
『初めまして、私たちの妹』
そう言って差し伸べられた手に緊張しながらしどろもどろの挨拶を返すと、二人ともにくすくすと笑われてしまった。
『私はCRV1 MEIKO。メイコよ』
『俺はCRV2 KAITO。よろしく』
緊張しなくてもいいよ、と言われながら握り返したカイトの手は大きく温かかったし、そう言うカイトだって初めて会った日には相当緊張していたのよ、と握手をしながら頭を撫でてくれたメイコの手は柔らかくて温かかった。
市場での評価には差があったけれど、一つ屋根の下で暮らす二人の間にはただ穏やかな日常があるだけだった。
どちらが帰ってきたときも、どちらが出迎えるときも、一緒に帰ってきたときにさえ『ただいま』と『お帰り』を大切にして、夕飯のメニューで喧嘩したり、練習手伝ってと言って仲直りしたり。二人との生活はミクの気負いと不安を晴らしていった。新エンジンボーカロイドの先駆けとして、成功しなければならないと思い込んでいた気持ちは消えて、どんなことでも思いっきりできるようになった。
録音がうまくいかなくても、撮影で失敗をしても、ここに帰ってこられる。二人が出迎えてくれる。
いってらっしゃい、と背中を押してくれて、お帰りなさい、とどんな結果も受け止めてくれた二人の、片割れであるメイコが哀しんでいるなら、彼女を支えられる妹になりたいのだ。
メイコの部屋のドアをノックしたけれど、返事はなかった。念のためにその隣のカイトの部屋のドアも叩いてみたけれど、やっぱり返事はない。どこだろう、と思ってミクが首を捻ると、ベランダは、とリンが言った。今日はよく晴れていたから、午前中にみんなで洗濯をしたのだった。
二階に上がり、ベランダに向かってみた。出るより先に、兄と姉の言い合う声がした。
「めーちゃんが悪口いわないのは知ってるよ! でも俺の昔のこととかポロポロ言っちゃうじゃん! 世の中の全員のヒトがめーちゃんみたいに好意的に受け取るとは限らないでしょ!」
ミクとリンとレンは思わず顔を見合わせた。
「ルカは妹じゃない! そんな風に他人みたいにいわないで!」
「その妹に『青いヒト』呼ばわりされた俺の気持ちにもなって!」
「青さは悪くないでしょ!」
「悪くないよ!」
仲のいい姉と兄は、割りとどうでもいいことで喧嘩をする。最近だと、コーヒーリキュールをかけるなら、バニラアイスとチョコアイス、どちらがいいかで揉めていた。
メイコがそんな他愛ないことで声を荒げる相手は一人だけだ。弟妹には叱りつけるとき、家族以外ならば譲れないものを守るとき。強い理由がなければ声を荒げたりなんてしない。
ミクが二人の仲を勘繰る理由はそこにもある。寄せられる好意にドライなのか天然なのかわかりにくいメイコも、実は結構カイトに気を許しているのだ。
「どうしよう」
ミクは眉を寄せた。口論とは言え、二人きりの時間。
弟妹のいたずらや思いつきに振り回されていつも悲鳴を上げているカイトも、考えてみれば対等の立場で口論をするのはメイコだけだ。それを思うと、やはり二人の口喧嘩は『喧嘩するほど仲がいい』の体現なのかもしれない。
「行こう」
リンが言った。その顔には、自分の楽しみ優先、と書いてある気がしないでもない。
ベランダに続くドアをそうっと開けると、海の青と紅茶色、二色の眸が振り返った。それぞれの手には乾いた洗濯物がある。二人で取り込みながら、言い合っていたらしい。
ドアの隙間からのぞいた緑、黄色、黄色の頭三つに、メイコが首を傾げた。
「どうしたの?」
尋ねてきた声はついさっきまで子供のようにムキになっていた声音じゃない。ミクたちの良く知る、姉の声、だ。
「えっと…」
訊いて、答えてくれるものだろうか。ミクは躊躇した。
したのだが。
「答え合わせ! もしくはヒント下さい!」
正面突破が身上の、もしくは回り道なんて考えない、鏡音リンが捻りも何もなく尋ねた。その陰で彼女の片割れ鏡音レンが、片手で額を押さえていた。こいつは道なんて自分の後ろに敷かれるものだと思ってんだ、ロードローラーで。呟きが、聞こえてくるようだった。
ミクは驚いてリンを見、カイトがはっとした顔をした。
「そうだよ! それも聞いてない!」
正面突破が二人に増えた。海色の眸は、教えてもらうまでは引かないぞ、と強気を示し、晴れ渡るスカイブルーは期待に輝く。正攻法は大事だなあ、とミクも期待を込めて淡いエメラルドをメイコに向けた。
「俺よりもめーちゃんを知ってるやつ、って誰なの?!」
メイコの表情が険しくなった。カイトをちらと一瞥し、深く溜息をつく。
ミクを見、リンを見、レンを見た。レンの喉がこくりと鳴る。紅茶色の眸がすうっと細められた。
「レオンとローラ。それにミリアム」
春まだ浅く、日は傾きかけていた。紅茶色に斜めから光が入り、琥珀に輝く。ミクは自分の唇が呆然と呟くのを聞いた。
「え」
「だから、レオンとローラとミリアム。私より先に発売されていたんだから、カイトのいない間の私のことを知っているのは当たり前でしょ?」
全く思い至らなかった。メイコは初の日本語ボーカロイドで、自分たちも日本語ボーカロイドで、だからすっかり失念していた。確かにメイコよりも先に発売された、英語ボーカロイドたちだ。
三人には本当にお世話になったのよ、とメイコは言い添えた。三人のことは知っていた。面識もある。
「なあんだー…」
リンが唇を尖らせた。
「何だ、じゃねーだろ。忘れてた俺らが失礼だ」
レンは深く息をつく。
「めーちゃんの…」
カイトの声が震えた。最初に呼ばれたメイコが、次には声の震えが気になったミクが、そして鬱陶しそうにレンが、きょとんとリンが。
カイトを振り返る。カイトは俯き、声だけでなく肩を震わせていた。
握った拳がきつくなる。そして。
「めーちゃんのバカー!」
もっとも使い古された一つであろう捨て台詞を投げつけ、この家の長男担当はベランダを逃げ出した。
「レオンなんて男じゃないか! 俺よりめーちゃんにくわしい野郎なんてー…」
ドップラー効果を残しながら、なびく青いマフラーが階段下に消えていった。ひゅうっと隙間に吹く風が、三色の髪を揺らす。胡桃色、タンポポの黄色、カワセミの翼の翠。
呆然と見送っていたミクは、深い深い沈鬱なため息に呼び戻された。
「ミク、リン、あのバカ捕まえてきて。レン、悪いけどこれ続き手伝って」
メイコは物干し台に向き直り、残った洗濯物を集め始めた。彼女が追いかけた方が、とも思ったが平然とした横顔には取り縋るよすがも見付けられない。
リンはわくわくと階段に向かい始めていたし、生真面目なレンは手伝いを始めていた。ミクは、気になりながらもリンの背を追う。一段目に足を下ろし振り返った廊下の向こう、ガラス張りの引き戸が弱い春の陽と、姉と弟の姿を透かしていた。
ピンと背筋を伸ばした姉の後ろ姿。気にかかったけれど、それがなんなのかわからなくて、ミクは振り払い階段を下りた。
とんとんと下って、一階まであと残り三段。二段、そして一。
踏みかけて、ミクは立ち止まった。気が付いた。気にかかったのは、メイコの声音。嘘をつけないメイコが、自分の言葉が嘘かどうかで迷うときの声音だった。
思わず階段の上を見上げて振り返る。もちろんその姿は見えないけれど。
「それに、そうだ…」
メイコは言っていた。メイコの大切なそのヒトは、リンにとってのレンと同じ。
レオンやローラやミリアムは、メイコよりも先に発売されている。メイコのことを知っているのは本当だし、世話になったのも嘘じゃないんだろう。だけど。
レオンたちはメイコやミクたちとは開発されたラボが違う。メイコのその人にはなり得ない。そして。
「リンちゃん!」
「ミク姉!」
二人の声が重なった。続きをリンが先んじたのは、二人の性格と立場と、両方の差だ。いつも、どんな話も聞いてくれるメイコを姉の手本にしているミクは、ついリンの話を先に聞こうとした。
「リビングが修羅場ってる!」
それはそれで聞き捨てならない報告で、ミクは慌てて最後の一段を下りた。リンはすでに飾り窓を覗き込んでいる。リビングには背の高い青い髪と、鴇色の長い髪。ターコイズの眸の険は凄まじく、ミクは思い至った重要な情報を棚上げせざるを得なかった。
きっと忘れないようにしなきゃと思い、忘れたわけではなかったけれどこの後に続いた予想外極まりない出来事に呑まれてつい、リンに言うことはできなかった。
CRV1とCRV2は同時に開発を始められている。別々の声から、メイコとカイトはほとんど時を同じくして生まれているのだ。
『リンにとってのレンと同じだったわ。本当は同じじゃないんだけど』
別々の声を持って、共に歌うために二人は生まれた。
メイコの大切なひとは、カイトだ。確信して、それなのに哀しいならそのわけは絶対聞かなくてはと決意して、ミクはリンのもとに駆け寄った。
まずカイトに、聞かなくてはとそう思って。
-了-
-了-
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