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カイメイ中心 * VOCALOID二次創作小説サイト * メイコ愛をこっそり謡う
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2011/09/02 (Fri) Comment(0)
初出:Pixiv

書いた頃コーヒーにハマってました。





噂をしていたら影がさしたか、リビングのドアを開けてメイコが入って来た。キッチンに飲み物を取りに来た風で、手に愛用の赤いマグを持っている。三人の顔を見渡すと小さく笑った。
「なあに、三人揃って。カイトにいたずらなら程々にしなさいね」
言いながらリビングを通り抜け、冷蔵庫のあるキッチンへ向かう。冷蔵庫にはビールも、ハイボールやチューハイや、サワーもカクテルも揃っている。けれどそれが目当てではないだろう。
酒は好きなら嗜むもの、と公言しているメイコは祭事か特別の席でもない限り、昼から酒精を香らせたりはしない。冷蔵庫を開け、少し悩んだ顔をし、何も取らずにまた閉じた。そう言えばさっき麦茶を飲みきってしまったんだった、とミクは思った。
シンクに立ってマグを軽く流し、ふきんで拭く。傍に置いて、今度は戸棚を開け、上の方に手を伸ばした。コーヒーを淹れるらしかった。
「あんたたちも飲む?」
コーヒー豆を取り出しながら、声だけ、三人に向けられた。ミクが、リンが、そしてレンが答える。
「私ミルクたっぷり! 砂糖多めで!」
「私はミルクたっぷり、砂糖もたっぷり!」
「…俺も…」
レンの答えの微妙な間は、彼の微妙な心理を現している。年がら年中アイスクリームを頬張り甘党の極地のように思えるカイトも、その気になればコーヒーをブラックで飲めるのだ。いわく、そんなに好きじゃないだけだよ、と。
だがレンは、未だにミルクコーヒーを卒業できない。弟を見て、メイコが紅茶色の眸を柔らかく細めた。
「じゃあ、私も今日はミルクにしようかしら。ミク、牛乳取って。リンとレンはミルクパン出して」
はねるように三人は立ち上がる。不揃いの足音が軽やかにリズムを踏み、三音でコンロに片手鍋がスタンバイを済ませた。
ミクが牛乳を注ぎ、レンがコンロのスイッチをひねる。
「沸騰させちゃだめよ。ゆっくり混ぜながらね」
メイコがコーヒーメーカーに向かいながら指示を出す。コーヒーメーカーと言っても手軽な家庭用のものだ。一応電動式のミルがついていて豆も挽ける。カイトが買って来たものだ、と言ったのはメイコだ。
ミクは尋ねた。
「それもお兄ちゃんが教えてくれたの?」
コンロに背を向けているメイコは、そうよ、と背中のまま答えた。指先はフィルターを開いているはずだし、視線は指先に向かっているだろう。
ミクが発売される以前、カイトには不遇のときがあった。けれどその間をカイトは無駄にすることなく、たくさんのことを知るための時間に使った。どんな小さな知識も、些細な出来事も歌に情感を込めるヒントになるから、と。
言ったのはめーちゃんだけどね、と笑った顔にけりを入れたのはレンだった。そのくらいだらしなかったのだ。転がったカイトをミクは心配し、リンは笑い、メイコはにべもなく、自業自得、と言い放った。ルカが来る以前だ。
「お姉ちゃんはお兄ちゃんのことずっと前から知ってるんだよね」
「…そうね」
ミクはつい牛乳から目を離した。
メイコは振り向かない。リンと、レンまでもそちらに視線が行った。
「じゃあ、お姉ちゃんの昔のことを知ってるヒト、っているの?」
尋ねたミクはもちろん、リンもレンもメイコの答えを待った。
挽いた豆と、水と。セットを終えて、メイコがゆっくりと振り向いた。休日で化粧気の薄い唇がそれでも艶やかに笑う。
「ミク、吹くわよ」
はっとして三人が振り返る。白い水面はまだしんとしたままだった。
「牛乳沸かすの、結構大変だから。注意なさい」
メイコがくすくすと笑った。ミクはむうっと眉根を寄せ、リンはぷうっと頬を膨らませた。レンは諦め顔、小さく溜息をつく。それでも。
くすくすと笑ったあとのメイコは細めた紅茶色の眸が優しくて、ちょっと拗ねた気持ちにはなっても本当に腹が立ったりはしない。メイコの後ろでは茶色い小さなキカイがもう、コーヒーを淹れ始めていた。
「いるわよ」
メイコが言った。シンクの縁に寄りかかるように後ろ手をついて立ち、何でもない風で。
見慣れた長姉の表情で、彼女の癖である目を細める仕草で。
「私の昔を知っているヒト。ちゃんといるわ」
嘘はつけないヒトだ。隠し事はするけれど、嘘を全くつけないヒトだということを、三人とも知っている。
「ダレっ? やっぱりカイト兄?!」
リンの声が弾んだ。ミクも広くもないキッチンで身を乗り出す。
けれどレンがはっとした。単語にまやかしがある。
「待てよリン。メイコ姉、『ヒト』って言ったんだぞ。チームの先生たちだったら知ってて当たり前じゃんか」
スカイブルーの眸が射るようにメイコを見上げると、二種のソプラノが、あ、と重なった。
メイコの唇が、に、と笑う。後ろについていた手を胸の下で組んで、細めた眸でレンを見た。
「さすがレン、気付いたわね。でもちゃんとボーカロイドよ」
リビングに射し込んだ日射しがキッチンにまで届いていて、メイコの胡桃色の髪の縁が光って見えた。微笑んでいるような眼差しになぜか不安を感じて、ミクは思わず注視してしまった。
嘘はつかないヒトだ。けれど。
隠し事はするヒトなのだ。
一番付き合いが長いカイトが世に出るより以前のことだ。ミクには、リンにもレンにも、知るべくもない。何か、あったのだろうか。
冬名残の白い光を背負って陰を差した姿形が、ゆらりと揺らいだ。え、とミクは息を飲む。
メイコはただ、シンクの縁を離れミクとレンの間をすいと割って、コンロのスイッチに手を伸ばしただけだった。かちりとスイッチが音をならし、火が消えた。波立っていた白い水面がしんと静まり、メイコはやっぱり、くすくすと笑っていた。
「注意なさい、って言ったでしょ?」
熱くしすぎると膜ができるから。悪いものじゃないけどない方がおいしいでしょ、とミクの頭をポンポンと軽く撫でた。柔らかな優しい紅茶色の眸が細められている。
「そのヒトは今も元気に歌ってる。ミクが心配するような哀しいことが起きたわけじゃないわ」
メイコは嘘をつかない。人をだますことが生理的に嫌いで、だから嘘をつかない。嘘になる言葉を言えない。
だけど自分をだまそうとはするヒトだよ、と言ったのは兄弟のうちでは一番彼女を知っているカイトだ。
メイコに嘘をついているつもりはないけれど、結果的にその言葉は嘘になる。前半部分は事実で、曲げようがないからきっと嘘じゃない。けれど、後半は主観だから嘘かもしれない。メイコは哀しい思いをしたのかもしれない。
それらはすべて、想像の域を出ない。しかも、メイコが自分をだまそうとしているなら、彼女自身からその出来事を聞くのは無理だろう。
「めー姉、そのヒトのこと好きだった?」
無邪気にリンが訊く。そうね、とメイコは笑って答えた。
「リンにとってのレンと同じだったわ。本当は同じじゃないんだけど」
じゃあすっごく大事だったんだね、とリンの声は弾む。リンの頭をポンポンと撫で、メイコは愛用の赤いマグを取った。コーヒーメーカーはいつの間にか止まっていた。
「温めておくの忘れちゃったわね」
自分のマグを持って来なさいと指示して、メイコが苦笑した。いいよ、とミクは答えた。
「猫舌だから。ちょっと冷めてる方がいいよ」
私も、とリンが答え、俺も、とレンが答えた。砂糖が溶けにくくなるわよ、と少しからかうように笑ったメイコの、マグには砂糖なし。
四つのマグをそれぞれの好みで満たし、あんまり突拍子もないことしないのよ、と釘を刺してメイコは自室に戻っていった。後片付けの約束と引き換えに、おやつは出していってくれた。


---続
 

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