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カイメイ中心 * VOCALOID二次創作小説サイト * メイコ愛をこっそり謡う
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2011/09/07 (Wed) Comment(0)
初出:Pixiv




家族が増えた。妹だ。
鴇色の長い髪、ターコイズブルーの意志の強そうな眸。落ち着き払った涼やかなアルト。すらりと背の高い、女声ボーカロイドで名前はルカ。
ゴーイングマイウェイをすぐ上の姉から、喧噪にあふれた家族の中でも貫くマイペースをもう一つ上の姉から、天地が返ろうとも玉座は返らないと笑う君臨者としての資質を一番上の姉に学んだ彼女は、我が家の四番目の女王。四つめの玉座だ、とカイトは思った。
一つめは目の醒めるような赤。
二つめは萌える緑の色。
三つめはまばゆい黄色。
そして四つめ。
長い鴇色をふわりと肩に掻き揚げ、眸のターコイズがカイトを射る。形の良い薄い唇が冷然と断じた。
「今日ばかりは、許しませんわ」
声が魂のボーカロイドだ。魂に想いを乗せて、響かないはずがない。そして。
カイトとて、受け手としても感覚を研ぎすまされたボーカロイドだ。ルカが魂たる声に乗せた感情は痛いほど理解できる。
と言うか、痛い。ザクザク刺さってくる。
「それは、許し難いことですわ。カイトさん」
氷のように冷たく燃える眸に、カイトは思った。ヤバい、死ぬかも。
「活け造りにして、天日にさらして差し上げます」
二人が対峙したリビングには、春まだ浅い午後の弱い陽が射し込んでいる。今日は珍しく兄弟全員が休日の、のどかなのんびりとした一日だったはずだ。どうしてこんなことになったのか。
走馬灯よろしく、カイトは一日の出来事を思い返した。




まず、朝食は和食だった。ミクが腕を振るい、ルカが手伝っていた。
ルカは発売されてまだひと月。何事も珍しいらしく、何事もまだ勉強中だ。ミクが鼻歌を歌いながら朝食を作るのを感心したように見詰め、ミクの指示に従いながら豆腐とネギの味噌汁に味噌を溶く。そして今日も朝からネギ料理フルコース。
かと言えばそうでもない。ご飯と味噌汁の他には焼き魚とおひたしときんぴらと浅漬け。薬味や隠し味にネギが使われてはいるが、ネギがメインというわけではない。
「前にね、ネギフルコース出したらお姉ちゃんに怒られちゃって」
ミクは嬉しそうにルカに語る。
「『リンはミカン好きで、レンはバナナ好き。知ってるでしょ? 人の好みなんて十人十色。好きも嫌いも勝手だけど、押し付けちゃ、ダメ。私たちはネギだけじゃ飽きるのよ』」
メモリーに刻んだ言葉を呼び起こす。叱られたときの言葉だというのに、ミクは楽しそうに笑いながら妹に話して聞かせた。聞かせるのを、カイトはリビングで新聞を読みながら聞いていた。
カイトも覚えている。それ以来ミクも、リンまでもが家族全員に出す料理には、自分の趣味を押し通すことはしなくなった。時折新たなる試みに挑戦し、主にレン、次にカイトが犠牲になっているが、食事として食卓に並ぶまでにはそれなりのものに仕上がっている。
そしてそこで最後に判断を下すのがメイコだ。
「お姉ちゃんね、絶対に『不味い』って言わないの。しょっぱすぎ、甘すぎ、これご飯じゃない。ばっさりだけど、ちゃんと感想くれるんだよ。つまみとしてならアリね、とか」
誇らしげに笑う姉を、誇らしげに妹が見ていた。それを、横目に見ながらカイトが思っていたのは、これからマグロを中心とした海鮮料理が増えるのだろうか、という実に気楽なものだった。マグロクッキーは勘弁願いたいな、などという気楽極まりないことを考えていたのだ。
この時点で、カイトはルカを常識人だと思っていた。自分自身という領土を守って譲らぬ女王様であるところは、この家の女性なら当然で、だから常識の範疇内だ。そこではなく、礼節を以て対すれば礼節を返してくれる、そんな常識を考えていた。
カイトは正直を言って、ルカとの間に距離を感じていた。仕方のないことだとも思っていた。
カイトたちには発売前に通過儀礼がある。先に発売され、世に出ている兄弟たちのもとに預けられる社会勉強がそれだ。一番上であるメイコはさすがにその機会を得なかったが、カイト以下、もちろんルカも発売前に兄弟たちと会い、なにがしかをそれぞれから学んでいる。ただ、ルカの場合には小さな例外が起こってしまった。
ルカの預けられたまるまるひと月、カイトは家を空けていた。遠方でのPVの撮影と、ついでに任されたボーカロイドの性能アピールのためだ。性能アピールなんて言うのは大役で、ミクの発売前にはカイトには考えられない役回りだった。
新しい妹とは何が何でも会いたい。けれど与えられた役割を蹴る真似はしたくない。両天秤に悩んだカイトの背を押したのは、最終的には優しくあまやかなメゾソプラノの声音だった。
『いってらっしゃい。ね? カイトのことは目一杯伝えておくから』
カイトを甘やかすときだけの顔をしてメイコはそう言い、カイトの頬を両手で包んで額を額にこつりと押し当てた。カイトは拗ねた顔をしては見せたけれど、その言葉を聞いて、そのときにはもう心は決まっていた。
電話で話してもいいし、とメイコは言ってくれて、彼女とはちょくちょく話した。けれど仕事は忙しく、深夜になってしまうことが多かった。ルカと話すことはできなかったのだ。
結局、交流を持てないままカイトはルカの発売を迎えてしまい、他の兄弟とは関係作りのスタートラインがずれてしまった。
やはりあのひと月を知らないのは大きいのだな、と改めて思う。カイトもメイコに多くのことを学ばせてもらったし、ミクもリンもレンもひと月を過ごす前とあとでは見違えるほどに変貌した。
印象的なのはリンだった。初めてこの家に入るときには、連れてきてくれた開発者の後ろに隠れていたのに、ラボに戻るという日には飛び出すように玄関を開け、いってきます、と言ったのだ。
『きっと戻ってくるね! いってきます!』
いってらっしゃい、とメイコが微笑みミクが手を振り、カイトとレンも顔を見合わせて苦笑して、女性陣に倣った。
『いってきます』
『うん、いってらっしゃい』
カイトが差し出した拳に、レンは自分の拳をこつんと当ててにっと笑った。そのレンもひと月前には、笑い方なんか知らないんじゃないかと思うほど目付きが鋭かったのだ。そして半年ほどを待った冬の日、二人は元気いっぱいに帰ってきて、五人家族の生活が再スタートした。
あのときはスムーズだったもんな、と心中にぼやく。キッチンではミクがルカと仲睦まじく配膳にいそしんでいる。今回だってスムーズだ。カイト以外は。
どうするかな、とカイトは思案した。さすがにそろそろ、メイコに勘付かれてしまう。
まじめな彼女のことだ。カイトがルカと巧く関係を作れていないと知ったら、目一杯伝えておくから、と言った自分の言葉を気にしてしまうだろう。今もすでに気にしているのだ。
ルカが初めてこの家に来た日、立ち寄ったスタジオで少し面倒が起きたらしいのだ。兄弟たちがよく使うこのスタジオにはボーカロイド嫌いのミュージシャンが時折来ていて、ルカは世の中を何も知らないというのに、その男に絡まれてしまったらしい。
『やっぱり怖かったらしくてね、ちょっと男性が苦手みたい』
助けが間に合わなかったとメイコがしょんぼりしながら言っていた。だがカイトが取れる限り取った裏を鑑みると、メイコはちゃんとルカを助けている。それどころかメイコだけがルカを助け出していたのだ。メイコがしょんぼりとする必要はない。
しょんぼりしているメイコは可愛かったけれど。
思考がそれていきそうになったカイトを、ミクが食事に呼んだ。隣に立つルカもこちらを見ているけれど、ターコイズの眸はなんだか鋭い気がする。ルカが男性全般に対して何か思うところを持っていたとして、けれどそれは『苦手』なんて言う受け身なものではない気がカイトはしていた。
三軒向こうのはす向かいに住む、カイトたちの会社とは別の会社の男声ボーカロイドも言っていたのだ。たいそう気丈な女性であるな、と。
ルカが男性全般に対して思うところがあるのなら、そのくくりからカイトを外してもらうことを考えなければならない。取り敢えずメイコを除いては親しげなミクに話を聞くことにして、カイトは朝食の席に着いた。

 
---続
 

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