カイメイ中心
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メイコ愛をこっそり謡う
初出:Pixiv
ミルクコーヒーと手作りクッキーで一息入れながら緑と黄色が今後の作戦を練っているリビングに、青っぽいものが入って来た。
服に青さは見られないが、髪と室内でも外さないマフラーが見事に青い。そしてそれ以上に青白い気配をどんよりと背負っている。三人が何もしていないのにこれは、珍しいことだ。
「あ、お兄ちゃん。クッキーいただいてます」
「「いただいてマース」」
親しき仲にも礼儀あり、という姉の躾の賜物だ。お粗末様、と兄は青白く疲れた顔で笑った。
ちなみに兄弟の多様な好みをきちんとカバーして、バナナチップとオレンジピールと揚げネギの入った三種類がある。バナナとオレンジは他の兄弟も食べるのに、ネギクッキーの評判がいまいちなところがミクの不服だ。
「リン、レン、ミク。相談があります」
弟妹の前に高い背を丸めて、兄が正座をした。うん何、と頷いて、三人は一枚ずつクッキーをくわえた。
「妹に『青いヒト』呼ばわりされちゃった場合、これはどうしたらいいかなあ…! っていうか、誰? ルカに変な呼び方吹き込んだの!」
成人男性型ボーカロイドの涙目の力説だ。堅く握られた拳に悲哀が込められている。ぱき、ぱり、ぽり、と三人の口元でクッキーが割られた。
細かく聞くと、アイスが欲しいなと部屋を出たところで、楽譜を手にボイスルームに向かうルカに行き会ったらしい。ついさっき。カイトは他の兄弟にもそうするように、トレーニングかと声をかけた。そうしたら返ってきたのが、アイスクリームも釘が打てるほど凍りそうな声音と視線だった。
いわく。
「青いヒトには関係ありません」
リンは語尾上がり気味にレンは下がり気味に、うわあ、と、ミクは意外に思い、ええっ、と呟いた。
ルカが手にしていた楽譜は、おそらくここのところ熱心に聞いていた練習曲だろう。ミクも発売前に練習した曲で、リンとレンも二人で歌ったと言っていた。だからたくさんの音源があるが、ルカの聞いていたのはカイトの歌声だったのだ。
「まあ、疑われる理由はわかるけど、今回は俺らじゃないぜ」
カイトにレンが答えていた。
「ルカちゃん、めー姉にべったりだったもん。そういうの吹き込む隙、なかったなあ」
隙あったら吹き込むのかよ、とレンが呟いたがツッコミとしては弱い。止まることなくリンは、人差し指をピンと立て、言った。
「できるとしたらめー姉だね! 今回は!」
「だがそれは」
「わかった!」
それはない、と再度呟きかけたレンの声をミクは思わず遮っていた。これはひらめいてしまった、とそう思って。
レンはがっくりと肩を落とし、スカイブルーと深い海色、二色の青がミクを見る。ミクは自信満々に告げた。
「お姉ちゃんがルカちゃんに伝授したのはツンデレ! ルカちゃんはお兄ちゃんが好き!」
思えば、カイトのほかにもう一人、ルカも年長に向けて兄の呼称を使わない。カイトに向けてだけ、名前にさん付けだ。これはすごいことに気付いてしまったかもしれない、とミクは思う。
空の青はきらきらと輝き、海の青はどんよりと曇った。
「ないよー…ないない」
がっくりと落ちた兄の肩を、レンがポンポンと叩いた。ミクはリンと手を取り合って、三角関係の行方について盛り上がる。
立ちはだかる数々の困難。助言と試練をくれるのは最大のライバルで師匠のメイコ。ルカは複雑な想いを抱えながらも立ち向かっていく。
「それで最後は師匠を超えるため向かってくるルカちゃんを、めー姉は受けて立つんだね!」
もはや恋愛の話題とは思えない。
「めーちゃん…でもそれちゃんと俺のために戦ってくれてるのかな…」
ぽつりと横道に乗り始めた兄に、それよりさ、とレンが問いかけた。そこにはルカとの関係については追々、最終的には姉が乗り出してくれるだろうという目算もある。
「メイコ姉の昔のこと、知ってるヒトにカイ兄は心当たりってない?」
ミクは、あ、と声を上げ我に返った。
さっきのメイコの様子はどうしても気になった。だからこそ今後の作戦を考えていたのだ。
最終的には会社のライブラリーを検索したり、開発者たちに尋ねるということも考えた。だが差し当たっては兄弟たちに聞いてみよう、というところに落ち着いたばかりだったのだ。
カイトはやはり一番長くメイコと一緒にいたし、ルカは最新型だ。ミクやリンとレンの持たない情報も持っているかもしれない。
尋ねられたカイトは、きょとん、としたあとに鬱陶しいほどさわやかに笑った。
「当然、俺!」
レンがメイコ直伝の右を繰り出し、カイトは正座のまま後ろに倒れた。座っててくれて助かった、とレンは後に語る。
慌てたミクが、大丈夫、と尋ねながら覗き込むと、カイトは答えながら起き上がった。
「大丈夫大丈夫。さすがにめーちゃんには及ばない…」
もひとつ入れてやろうかと思った、とレンは後にさらに語った。すごいね爽快にうざい、と笑顔のリンは本気で褒めているつもりだ。
心配しながらもミクが感心するのは、カイトは正座を崩さず起き上がったのだ。この強かさがあればこそ、この兄弟の中でのんきなのんびり屋を貫けるのかもしれない。
「じゃなくて」
呆れ顔でレンが溜息をついた。リンが言葉を接ぐ。
「めー姉が発売される前の話だよー。カイト兄なんか全然いなかったとき」
ミクも首を傾げて尋ねた。
「お兄ちゃん、何かお姉ちゃんから聞いてない?」
リンとレンと同じだと言っていたメイコの言葉を思い出す。他の兄弟よりも先とは言え、カイトもメイコよりは後発だ。同じ声から生まれ、同じ時間を過ごしているリンとレンと同じとは言えないだろう。
こと細かくは伝えなかったが、それでもカイトは不満そうに、ええっ、と声をあげた。
「めーちゃんの過去を知ってる奴? 俺よりも?! そんなのやだ!!」
バネ仕掛けのように立ち上がり、くるりと背を向ける。勢いをつけてドアを開け、ばたんと音を立てて閉め出て行った。
が、もう一度開けて挟まったマフラーの端を抜き、丁寧に閉めてまた出て行った。
見送って、結局わからなかったね、とミクは呟いた。リンとレンはクッキーを一枚ずつ頬張って、頷いた。
---続
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