カイメイ中心
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メイコ愛をこっそり謡う
初出:Pixiv
「こんにちは、初音ミクです」
深刻そうな声音で姉がそう告げた昼下がり。鏡音リンは目を輝かせて、なあにミク姉、と答え、鏡音レンはまた面倒が起きるのかと顔に書いて、なんだよミク姉、と答えた。
珍しくも家族全員揃っての休日で、ミクはお気に入りのネギ色のセーター、鏡音の姉と弟も私服でくつろいでいる。リビングには晩冬の日射しが暖かく降り下りていた。
堅く閉め切られた窓ガラスに隔てられ、外の冷たい風は入り込んで来はしない。寝転んだ姉と胡座の弟。対戦ゲームに興じていた二人の鏡音に向かって正座したミクは、一つね、と人差し指を立てた。
「疑問があるのです」
ミクの切り出した言葉に、リンは嬉々として、レンは億劫そうにゲームを打ち切った。おっとりとした声と風貌ながら意外と行動的な姉が、いかに天然トラブルメーカーで、その姉の起こすトラブルの方が対戦ゲームよりもよっぽど面白いのだということは既にわかりきっている。億劫そうなレンも、半ばの義務感とともに好奇心が湧かないわけではないのだ。
「お昼前にね、お兄ちゃんにルカちゃんのことについて聞かれたんだけど…」
巡音ルカはひと月ほど前に発売になったミクたちの妹だ。アルトボイスと大人の女性の風貌が売りで、設定年齢は二十歳。けれどミクたちには世に出た順が兄弟順で、だからリンとレンにとっても妹だ。
その妹との関係について、ミクは長兄から相談を受けた。
ミクたちは発売前に開発チームから兄弟たちのもとに預けられ、これから暮らす世界について学んだ。長兄のカイトが発売前に長姉のメイコに学んで以来、それは必修になっている。
だがルカが預けられたまるまるひと月、カイトは家を空けていた。そのためにルカとの交流がないまま、彼女の発売を迎えてしまった。それ故か、ルカとの関係に隔たりを感じているらしい。
思わしげに腕を組み、レンが呟いた。
「確かにあの頃のルカを知らない、ってのは不利かもなー」
ミクも、リンにもレンにも覚えのあることだ。兄弟に預けられたひと月の経験で、性格も性向も劇的に変わった。ミクやリンは今よりも内向的だったし、レンは無愛想で少し攻撃的だった。
発売前のルカは受動的で、どちらかと言えばおとなしい印象が強かった。最初に迎えに行った長姉のメイコにずいぶん懐いている風で、くっついて歩く様は飼い主が大好きな犬の仔みたいだと思ったのをミクは覚えている。
「めー姉大好き仲間で、カイト兄とは気が合うかと思ったんだけどねー」
リンもレンと同じポーズで腕を組んだ。恋人同士ではない、と断言されてしまっている姉と兄の関係だが、少なくとも兄の方の好意は弟妹たちの目には明らかだった。
食卓でもリビングのソファでも隣を堅持。何かというとついて回って歩き、やりすぎてはたかれる。だだ漏れだ。まるで飼い主が大好きな笑い顔の大型犬のよう。
用もないのに名を呼んで、へにゃりと笑っては、うっとうしそうに顔をしかめられている。しかめられた顔に向けて、めーちゃん可愛い、と更に笑み崩れた時にはさすがのミクも、うちのお兄ちゃんて大丈夫かな、と思ったものだった。
一方メイコの方は、これまた本当に、飼い犬をきっちりとしつける飼い主のよう。カイトから向けられる愛情を異性からのものと受け取っているのか、全く判断つかない。可愛い、と言われても頬染めることさえせずに、どうもありがとう。
けれどこれは兄も悪い、とミクとリンは思う。
好意はだだ漏れだが、だだ漏れ過ぎて成人した男女の間に漂うはずのムードがまるでない。姉は姉でドライなのか天然なのか、異性からのアプローチに応じないひとだから、これでは犬と飼い主から一歩も進まないのも肯ける。ムーディな曲を歌うなどお手のものであるはずの二人が、どうしてこうもムードを作れないのか、ミクとリンにはわからない。
そもそも恋人同士でないと自分で言ってしまうのがダメなのだ、とリンが言った。
実は兄自身、姉への好意に気付いていないのでは、とミクは心配している。
けれど思えば、兄弟の上に向けて兄姉の呼称を使わないのはカイトだけだ。彼らが恋仲でないなら、仲がすすんでいくのを見届けられるのかもしれない。それが目下ミクとリンのガールズトークの中心になっている。
だがそのガールズトークに、ルカは参加していない。
久しぶりに会ったルカは、印象をがらりと変えていた。自分から発する言葉の少ない、おとなしい雰囲気はどちらの方に向かったと言うのか、クールで颯爽とした空気に変わっていた。受動的な態度は消え失せ、取捨選択のはっきりした物言いをする。
何よりも変わったと思わせたのがカイトにした挨拶だった。クールながら自信にあふれ、初対面にも堂々たる自己紹介だった。
のんきでのんびり屋のカイトはたじたじとしていたが、ルカに他意があったとはミクには思えない。クールだが、ルカはとても社交的だ。好奇心も強い。初めての場所やものやひとには楽しいことが起きる気がして、と笑ったターコイズの眸はきらきらと輝いていた。
「ルカちゃんがお兄ちゃんを嫌いとかはないと思うの。ルカちゃん、お兄ちゃんの歌をよく聴いてたりするし」
カイトとメイコが二人で歌った練習曲の、カイトのパートばかりを繰り返し聞いていたのをミクは目にしている。鬼気迫る様子だったのが少し気にはかかったが、嫌いな者の歌声を聞こうとは考えないだろうとミクは思う。
「だからね、ルカちゃんとお兄ちゃんのことはあんまり心配してないの。疑問、ていうのは二人のことじゃなくてね」
兄でなく、妹でなく。
ミクの疑問は姉のことだった。
「リンちゃんやレンくんの昔のことは私も知ってるし、私の昔のことはお姉ちゃんとお兄ちゃんが知ってる。お兄ちゃんの昔のことはお姉ちゃんが知ってて、でもお姉ちゃんの昔を知ってるヒトっていないのかなあ」
もちろん、開発チームの人間であれば当然知っているだろう。そうでなく、ボーカロイドたちの中にメイコの過去を知るものはないのだろうか。
「昔のお姉ちゃん、てどんなだったんだろう。お兄ちゃんのことは時々お姉ちゃんが話してるけど、お姉ちゃんのことって全然わかんないよね、って」
思ったのだと言うと、鏡音が感心したように、ほー、と揃えて息をついた。
歌えば某所一部で『俺らの暁の女王』の異名を取り、家にいれば上の弟に鉄拳制裁、とどまるところを知らないネギ好きの次女をたしなめ、わんぱく盛りの三女のストッパー、もう一人のストッパーを勤める下の弟をねぎらい、自立したかに見える四女もまだきっと姉を恃んでいるだろう。そんな姉の昔。気にならないはずがない。
一番付き合いが長いカイトでさえ、めーちゃんは昔からめーちゃん、と言っているから、発売後の変化はあまりないのだろう。やはり発売される前、一番不安だったろう時期に、メイコは何を思って何を経て、あんなにも温かくなったのだろう。
気になるの、とミクが言うと、うーん、と腕組みをして二人の鏡音も考え込んだ。不安に駆られているメイコの姿は、いまいち想像つかなかった。
---続
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