カイメイ中心
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メイコ愛をこっそり謡う
長いです。
あと若干のぽルカ要素ありです。
そして二場構成です。
次回最終幕。5/30予定です。
あと若干のぽルカ要素ありです。
そして二場構成です。
次回最終幕。5/30予定です。
白い少女の姿で以て彼女は私の前に現れた。あるいは青年。医師の姿をし、技師の姿をし、甘く囁いた。
何人の人間がその甘言に乗ったか私は知らない。我知らず、唆された者もあったのかもしれない。自ら選んだはずの行為が、狭められた中での選択肢であったなら怖ろしいことだ。
甘い言葉、それそのものが毒だった。一服の劇薬を手渡し、願いがかなう、と囁くその言葉こそが毒だったのだろう。
ただ一服が心を蝕む。
だが私は彼の皇帝が為政者としてその甘言に乗ったとは思わぬ。彼が成したことは、成し得なかったことは先述の通りに私の語るところではない。彼の敷いた政策に毒薬の功なり罪なりがあったとするなら、私が考え得るのは彼が生きたこと一点についてだ。
皇帝が望んだのはおそらく、娘が生き延びることだったのだろう。娘が生き続けることをよすがに、彼もまた生きていたのだろう。もしかしたら彼も、妻と娘を亡くした日に死んでも構わぬと思ったのかもしれない。
十六年の生涯を眠りのままに過ごした彼の皇帝の娘。目覚めぬことが呪いの成就であったのか、存えることが魔性の気紛れだったのか、答える者はなく、よって正答を得る者もない。
すべては私の空想に過ぎぬ。だが願った者の名を私は知っている。その姿を人々の記憶に残し、その名を知らしめた。
彼の皇帝の願いがかなうことを願った者。彼女はミクだ。
彼の皇帝の愛した王妃、そして娘の名。
終 幕
呼ばれ、書き付けていた手を止めた。お見えになりました、と侍女が控えめに告げてくる。一つ、頷いて応えた。
彼女の訪ねてくることは約束されていたし、この部屋に招くことも初めてではない。当初は渋い顔をしていた侍女たちも、そろそろ慣れたようだった。私室と呼ぶ部屋がここに移り、一つ年と二つ季節が過ぎようとしていた。開け放たれた窓辺を見遣ると夏の終わりの陽射しが落ちている。
握っていたペンを立てて置き、立ち上がった。それにはまだ、難しい顔をされる。苦笑を零してふと、先を欠いた指がライティングデスクの天板をそっと撫でた。
伯爵家の一室よりも豪奢なこの部屋に似合いのライティングデスクは、彼女をこの部屋に通す慣習と引き換えた条件だった。使い慣れていた道具を使いたいと意地も張っていたのだが、彼女の来訪と両天秤と言われれば引き下がる他はない。それでも、ミクが使うはずのものだったかと思うと、感慨はあった。
開くドアを振り返り、メイコは目許を緩め細めた。
「いらっしゃい」
案内されて、ルカが顔を覗かせる。挨拶をして、ターコイズの眼差しがちらりとメイコの手元に送られた。けれど素知らぬ風で視線に戻される。
彼女のそういうところを、メイコは嫌いではない。無感情なほど冷厳とあろうとしているのだろうが、どんなに努めても感情的。とても人間らしいと思う。
「何かおかしい?」
メイコの隠すつもりもない表情を見咎め、不服そうに眉根を寄せる。
「いいえ、別に?」
からかわれていると感じたのか、不機嫌な顔のまま、それでもルカは歩み寄ってきた。思っていることはおそらく、やはりあの伯爵と姉弟として育っただけはある、食えない、そんなところだろう。
いや、今の階位で皇帝と呼んだか。心中どちらにしてもカイトにもメイコにも怯むことなくそう思ったことだろう。
ルカはやってきて、メイコの隠す様子のないのを確かめながら、デスクの上を窺い見た。指で辿り、読み上げる。
「『雪のように純白。滑らかな蜜のように甘い彼女の名を、カンタレラと言う。』」
メイコもまた、先程の書きかけに目を遣った。我ながら稚拙な書面だと苦笑が湧く。
「ミクのことを、私なりに」
そして左手を掲げると、閉じて、開いて見せた。
「右手を訓練し直すよりも左を慣らした方が早いと言われてしまったのよ」
ペンを走らせる言葉は何でも構わなかった。ただ手習いをするのでも良かったが、選ぶ必要がないというなら、記憶の薄れないうちに書き留めておきたいと思ったのだ。
ルカがぎゅうっと顔をしかめた。
「私に面と向かって言うところが良い性格だと思うわ」
然もありなん。けれど。
「遠回しにちくちく良心を刺激するより余程良いでしょ?堂々と言いきってしまえば、ルカなら受け止められると思っているのよ」
そのくらいの良い性格もなければ、自分を刺した人間と交友を温めようとはしないだろうとも思う。だがそれを告げる必要はない。頭に血を上らせたこと、そしてその手段をルカなりに悔いているようだったから。
笑って見せたメイコから、ルカはぷいと顔を背けた。白い頬が薄赤く染まっている。
「なあに? 照れてるの?」
悪戯めかして尋ねれば、思わず張り上げたような声が返ってくる。そんなはずないでしょ。つい笑声を落としてしまった。
くすくすと肩を揺らすメイコに、ルカは拗ねてむくれた目を向けてくる。その顔は双子が、特にリンが時折見せる表情にやはり似ていて、可愛らしい、とつくづく思う。言えばきっとますます照れてしまうので本人に伝えはしないが。
笑みがどうしても消せなくて、メイコは窓辺に寄った。そよ吹く風が、微かに頬を撫でる。うん、と心中に一つ頷く。ルカも、可愛い。
見渡した庭は伯爵家の庭よりもずうっと広く、濃い緑が夏の残り香強い陽を浴びて煌いていた。
「貴女は……本当はどう思っているのよ」
振り向くと、ルカがこちらを真っ直ぐに見詰めてくる。決意があったのだろう。ルカにしても、あれ以来この話題は避けてきたはずだ。
その点でやはりルカは芯があるのだろうとメイコは感じた。並の者であれば自分の犯した罪について、他者に非を求め、責任を回避しようとするだろう。今回であれば、あれはミクのせいだ、と言うこともできた。
人ならぬものに唆されたのだ、と。けれどルカはそれをしなかった。メイコを見舞い、面会が許されるのを待ち、包帯が取れても時折、右手の動きを素知らぬ顔で、案じているらしい視線が追っている。
そして今、ルカなりにミクのことを冷静に理解することができると考えたのだろう。
「どう、って言ってもね。今考えているのはそこに書いただけよ」
体の前にそっと、メイコは両手の指を組んだ。自分の言葉を確かめながら唇に乗せる。
「ミクはカンタレラだけど、カンタレラはミクじゃない。ミクは願いで生き長らえていて……私たちの願いを叶える為に現れた」
メイコなりに要点を拾った答えだったのだが、ルカは怪訝そうに小首を傾げた。後半はともかくも前半は丸きりわからない、と言う。
「何かの謎かけ?」
険しく眉をひそめられ、もう一度言葉を確かめる。
「ミクは、初めからカンタレラだったわけじゃない。ミクのしていた所業はカンタレラのそれそのものだったけれど、ミクはそのための存在だったわけじゃない」
そしてメイコは至る。
「……そう。ミクは居た、のよ」
ミクはいた。生きていた。彼女の兄であるカイトが、それに連なる人々が、彼女が守るはずだった国民たちが、願いを叶えることを望んでいた。
訝ってしかめられていたルカの相貌から怪訝が除かれる。渋い表情だけが残り、放るように言われた。
「だから、お人好しなんて言われるのよ」
ルカにしてみればあれは魔性で、度し難い悪魔の手先で、許されざる神の敵だと言う。もっともルカはそれほど神に信を置いてはいないらしい。
「頼んで助けてくれるなら、神でも悪魔でもと思う時が確かにあるわ。あれが……ミクが魔性で、確かにいるなら手を貸してくれるだけましかもしれないわね」
そうね、とメイコは苦笑する。ルカほど激しい思いはないが、メイコも概ね同意するところだ。
言うと、ルカが意外そうな顔をした。
「貴女は信心深いのかと思っていたわ」
際どいところで命を救われ、場末から令嬢へと立ち返り、愛する人と思いを通わせ、今そして。神の手の采配としか思えない人生を歩んで、信じられないものだろうかと、ルカは呆れを通り越して不思議がる。
メイコは笑った。
「私はね、目に見えない神様よりも触れられる人の温かさを信じてる」
ルカの言い分通り、出会ったことがないという点で神も悪魔も変わりない。けれど神に祈る慎ましい人はメイコに手を伸べてくれた。祈りと共に手を尽くしてくれた。
だから私は生きている。庭師の息子や、厩番に告げた言葉は決して慰めなどではない。本心だった。自分本位であったことを悔いた人々も、それでもなし得る限りは尽くしてくれた。
「ミクも、同じだと思うの」
神聖なものか魔性のものか、と言うなら必ず後者だろう。神聖のものが須く正しく、道徳的であるべきと定義されるなら、ミクの行為はそれに当てはまらない。けれど。
メイコはそっと手を開いて見た。
「温かかったのよ。一度だけ、触れた時」
リンも肯いてくれた。抱きしめられた時、確かに温かかったと明かしてくれた。
「人だったのじゃないか、って」
ルカは納得し難いような顔をしていたが、否定もしなかった。メイコの出した結論は意見の一つでしかなく唯一の正答でない。そのことを理解していて、きっとルカなりにミクの人物像を編纂するだろう。
メイコは窓辺から再びライティングデスクに寄り、ルカの手元から紙面を取り上げた。ルカの視線が少し追う。右手を補助に左手で紙を巻いて、侍女にしまわせた。
この話はおしまい、だ。
「昼はどうするの?」
ルカさえ良ければ、同席してもらうつもりで尋ねた。けれどルカは口篭る。返答は要領を得ない。要領を得ないというよりは言葉を濁しているようにも思える。
メイコには思い当たることがあった。
「彼も一緒に、と思ったのだけれど」
途端に白皙の頬に朱が上った。ターコイズブルーの眸が大きく瞠られ、薄く涙目になって睨み付けてくる。
「その彼に、お屋敷を案内する約束をしたのよっ」
今頃カイトの部屋で談笑でもしているはずの彼を思って、笑み零れた。くしゃみでもしているかもしれない。
彼はカイトが唯一と言っていい、友人、と呼ぶ人物だ。カイトは帝位についてまず、国境の警備を命じられていた彼を都に呼び戻すことにした。所領は伯爵家のものを与え、都での屋敷も伯爵邸だったものを使うよう手配したのだ。
けれど王宮に後ろ盾のないカイトでは、この手配にも随分かかってしまった。ようやく正式に移ってくることになった友人を、息抜きも兼ねてカイトが案内するものと思っていたが、彼はルカに依頼したらしい。そうなの、と他意なく頷いたのだが、ルカの顔はまだまだ赤い。
伯爵家はなくなった。カイトが皇帝となり、空いた爵位を継ぐ者がなくなったからだ。法の目を潜るように捻じ曲げれば存続くらいは望めただろうが、カイトはメイコに相談した上で廃嫡とした。所領を委ねる人物についてカイトは、彼ならば信頼できる、と言った。その言葉にメイコも安んじて同意した。
ルカを紹介したい、と言ったのはメイコだった。カイトは当然のように渋ったが、きっとうまくいくと断言して頼み込んだ。結果については今、カイト自身も判断しているだろう。
メイコは得意げに、口角を上げて見せた。
「ほら、私が生きていて良かったでしょう?」
ルカは驚き瞬く。ぐっと噛んで、視線を外し、それからもう一度合わせて、肯いた。
「あの時貴女が死んでしまわなくて、本当に良かった」
そして二人で破顔した。
夏の終わり。陽脚は緩やかに天頂を目指して昇っていく。まだ夏の暑さを残し、風は既に秋の匂いを纏っていた。
カイトと彼とがルカを迎えに来て、二人が連れ立ってポーチに向かう。少し見送ったメイコとカイトを振り返り、ルカは深々と頭を下げた。ごめんなさい、とそう言って。
「赦されると思う?」
メイコが笑うと、ルカは苦笑を返してきた。
「全く」
彼は不安げにルカとメイコとを見比べ、カイトは呆れを含んで傍らを見遣り次の言葉を待っていた。またどうせ突拍子もないことを言い出すのだと、そんな風に考えていた。
「次の晩餐会、最初の拍手はお願いするわ」
含むその言葉をルカは勿論承諾した。精一杯拍手し難い状況を作って頂戴と添えて言い置いて帰っていった。笑みは、子供じみた悪戯の共犯者のそれだった。
帰りの馬車の中、ルカは彼に一年前の出来事についてつぶさに語り、今の謝罪の意味を説明するだろう。その方が良いだろうとメイコは思う。彼はきっと、正しくルカ自身と彼女の身の回りに起こった出来事を理解してくれる。
隣を見上げると、カイトが気付いて振り返った。
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