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カイメイ中心 * VOCALOID二次創作小説サイト * メイコ愛をこっそり謡う
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2024/11/27 (Wed)
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2012/05/23 (Wed) Comment(0)
かくして終りの幕の上がる。



 
 
 
その日、空は暖かく晴れていた。雪を静かに溶かすような陽脚はやわらかく、風は春の匂いをはらむ。薄い雲が揺蕩うように、けれどゆっくれと流れていった。
庭師が整える木の芽もまだ固い。雪解けにぬかるんだ足下には下草が、葉を伸ばし茎を伸ばし青い花を咲かせていた。庭師の指がそれを摘み採った。
整えられた庭にはそれは必要のない花で、留める者がなければそのまま干されて火にでもくべられるだけだった。だが庭師が屑として雑嚢に入れるのを伯爵令嬢が目に留め、一輪を自室の窓にと言った。庭師は畏まりましてと土を落とし、彼女の部屋の整頓を預かる女中へと託した。
「ありがとう」
頬に傷跡を残す伯爵令嬢は、そう言って花のように笑った。そして、これが庭師と令嬢の最後の邂逅になった。
終わりの日の朝だった。
 
   ・・・
 
昼を回る頃、伯爵の住まう屋敷は二人の客を招き入れた。侯爵家の双子の姉弟だ。
ラウンドテーブルを囲って四人。カイト、メイコ、客として招かれたリンとレンがかけている。窓辺に落ちる光はきらきらと輝くようで、けれどラウンジの空気は張り詰めていた。
リンは金色の小さな杯を握りしめ、いつレンに手渡せばよいか、そればかりを考えていた。レンと共謀し、伯爵を亡き者にする。そうすればレンとの無二の繋がりも、メイコの愛情もすべて失われることはない、奪われることはないのだと信じていた。
レンはじっと黙って、二人を眺めていた。伯爵家の姉弟、メイコとカイトを。二人を見詰めながらも意識は常にリンにあった。リンが手渡してくるだろう器に小瓶の中の雪白を注ぎ、メイコに含ませる。リンはきっと怒るだろう。泣くかもしれない。けれどそれで、自分の元に帰ってくる。レンはそう信じていた。
カイトは観察していた。侯爵家の双子が何かを隠し持っているのは、大凡察することができていた。何気なさを装いながら人物を見定めるのは、処世術においては初歩の手だ。
メイコを好いている姉の方はともかくも、弟の方は何を思っているか剣呑なものだ。カイトに取り、メイコはすべて。害する物があるなら仮令彼女の愛しむ何かであろうと排すに躊躇はない。
懐に忍ばせた短銃を想う。弟が死ねば、メイコは泣くだろう。けれどその悲しみはますます、彼女の心をカイトに縛ることになる。確信を抱いていた。
メイコは内心で頭を抱えていた。リンは晴れた冬空色の眸をきょろきょろと巡らせているし、レンは押し黙ってこちらを睨むように見詰めてくる。その実リンばかりが気になるようで、リンが身動ぐ度にちらりちらりと視線がそちらに行っている。カイトもだ。
そつのない微笑を浮かべてはいるが、あれはきっと何か謀を捏ねている時の顔で、それは確かに双子に向けられている。メイコは知らず、胸元に手を遣っていた。隠してはあるが、そこには鎖に通した指輪がかけられている。
誰も。傷付けさせるつもりはない。
「リン」
レンは警戒心が強いし、カイトははぐらかすのがうまい。一番掛りを得易そうなリンへと声をかけた。
「この間は、ごめんなさい」
思えば心から、眉尻が下がる。リンのこれまでを思えば、カイトの振る舞いは紳士にあらざるを越えて無体であっただろう。
だが呼ばれたリンは、巡らせていた眸を瞬き、瞠り、メイコを見詰めた。話題に出されたこの間がいつなのかを探ってさえいるような表情だ。余程何かに気を取られているのだと、メイコは察した。
メイコが察することを、カイトが見逃すはずもなく、胸中に冷笑した。まだ、何も知らぬ子供だと。そして声にせず呟く。メイコは、渡さない。
応じるべき言葉を探すリンに代わり、答えたのはレンだった。
「構わないよ。わかっていたことだから」
薄い笑みが浮かぶ。人懐こく笑うリンとは違う、高慢な表情だった。
「メイコにとって、一番大事なのはそっちの弟だろう?」
どうせ、排除する。それでもその前に、言質を取っておきたかった。リンにも知らしめたかった。今は愛する素振りを見せておいても、いつか裏切るのだということを理解してもらいたかった。
メイコはかぶりを振る。榛の眸に苦渋を滲ませた。
「違うわ。そうじゃない……」
冷静であろうとしていた。カイトは大切だ。だがそれは弟だからではなく、大切な弟妹は、リンとレンなのだ。
どう言ってそれを汲んでもらうのか、どこまでを話すべきか、話しても良いのか、メイコは逡巡した。
「……本当なの」
逡巡に動揺を感じ、リンは思わず立ち上がった。カイトやミクより幼く、貴族の社交の場にいた時間は短いが、リンも知っている。人は耳触りのいい言葉を選んで誤魔化すのだ。
リンは、メイコが言葉を選んでいる、と思った。
「やっぱり、私たちより伯爵が大事なの!?」
メイコを信じていた。リンたちを見てくれると思っていた。
レンはわらった。巧く行った。あとは白い毒を含ませるだけだ。
それを、青い眸は鋭く見据える。
「リン、そうじゃないわ! 私とカイトは……!」
迷う言葉はけれど遮られた。
「姉弟ではないのですってね」
振り返る。天蓋の青色、榛色、冬空の薄い青は二対、片やは涙の膜を張りながら、四対の眸がはっと振り返った。
ルカだった。長いロータスピンクの髪を掻き上げ、肩に払う。カイトはこの時、失態に気付いた。
侯爵家の令嬢で、ミクの紹介もあった。断れなかったとは言え、屋敷への自由な出入りを許可していた。家令を通さず、彼女はこの場に現れることができた。ラウンドテーブルを囲った席の偶然だが、カイトよりもメイコが近い。
ルカはわらう。
「姉弟じゃないから、結ばれて構わない、と?」
ターコイズブルーの眸は少しも笑っていないのに。
「そんなことが許されると思って?」
カイトはメイコと同じに、ルカの手に鈍い光の煌くのを見た。短剣。膂力のない、握力も弱くそんなものを振り回したことのない令嬢にも軽く扱える小振りの、けれど凶器だった。
撃ち殺さなければ、と思った。殺意は目に明らかだ。だが懐に手を差し込んだカイトと、ルカの間にメイコはいた。
メイコはカイトに背を向けた。短く切り揃えた胡桃色の髪が、襟足に踊る。焼けた梁を支えて除けたせいで、その肩と首には火傷の跡夥しいのだ。その背を見て、もう守ろうとなんてしなくていいのに、と場違いに冷静な思考があった。
駆け寄ってくるルカと、それを受け止めるようなメイコと、その背を抱いたカイトとで一瞬きの間、揉み合った。
「……メイコ!」
カイトが叫んだのは頽れるメイコを抱えながらだった。スカートが血を吸って染まっている。その色に、自分の体温をなくす思いがした。メイコがいなくなってしまう。
リンの金切り声の悲鳴が響き、レンは椅子を蹴倒して立つ。リンに寄って抱いて庇った。冬空の眸が見遣ったルカは、上気した頬を歪めて笑顔じみた表情を作っていた。
確かに手応えがあった。短剣を握った手に抗うような圧力を感じたし、無機質に煌いていた刃は赤い滴に濡れていた。
何にか。勝った、と愉悦を浮かべていた。
そのまま、笑いながら死ねばいい、とカイトは思った。撃鉄を起こし、銃口を向ける。メイコのいない世界になど意味はない。けれどメイコを奪った人間にも等しく終わりは訪れるべきだ。
そう思ったのだ。
けれど。
腕の中で蹲るメイコが、身動いだかと思うと閃くように振り返った。頬に衝撃と痛みが走る。
「カイトのばかっ!」
驚き瞠る青色を、榛色は爛とした光で見据えてきた。
傷を負ったには違いないのだろう。その眸には涙が浮いている。
「ううーっ……いったぁー」
メイコが左手で押さえて抱き寄せているのは右手だった。固く拳に握っている。カイトの頬に打ちつけられた拳だ。傷の痛みよりも、カイトを留めさせる方を優先したのだ。流れた血が、袖に吸われていた。
頬の痛みとその姿に、途端に悔いが湧いた。カイトは銃を手放した。目も遣らず床に置いた。
「ごめん……メイコ、ごめん」
スカーフを抜き、メイコの手を取る。頭に血を上らせて仇を狙い定めるよりも、そちらの方が余程重要なのは冷静に考えれば当たり前のことだった。
拳を開かせる。極度の緊張に強張った手は、メイコ自身の意志にも沿わずカイトの指に抗って震えた。
仕方なし、カイトは指を一本ずつ開かせることにした。短剣は手の甲から刺さったようで、拳を盾に腹を庇ったらしかった。ルカも渾身をかけていたのに突き通さなかったのは不思議だが、拳にしたことがメイコを救ったのだと思った。
だが細い指を一本ずつ開いて行くと、手の中からするりと滑り落ちたものがあった。絨毯の毛足に絡まれて幾らも転がらず、二人の足元に留まったのは指輪だった。
カイトがメイコのものだからと渡した指輪。伯爵家の印章を刻んだそれは、メイコの血に濡れて初春の陽脚を照り返す。短剣の切っ先を受け止めた疵が残っていた。
メイコが、笑った。
「酔っぱらいの与太話でも聞いておくものね。昔貴族に雇われていたって常連さんが教えてくれたの」
信頼されていると思っていたのが、結局毒を含まされ半身の自由をなくしほうほうの体で逃げ出した、と言うのが彼のいつもの愚痴だった。心など許すものではない、特に貴族には、と言いながら随分護身術を伝授してくれた彼は、そのくらいはメイコを信頼していた。捻くれ者、と笑ったりもした。今は本当にありがたく思う。
カイトに右手の手当てを施されるメイコを見詰めながら、ルカは肩を震わせた。唇を噛み、まだ血に濡れた短剣を、握る手に力が篭る。
「どうしてなの! なんで貴女だけそんな風にうまくいくのよ!」
ルカだって、努めなかったわけではない。それどころか、人一倍努力したはずだ。けれど報われた例などない。
「そんなの……ずるいじゃない!」
メイコは思い、押し黙った。カイトは、これ以上ルカが凶行に及ぶなら、と身構える。そしてリンとレンはそれぞれに手の内を思っていた。杯と、白い毒。
立ち上がろうとするメイコの腕を、カイトは取った。危険だからと視線を送る。メイコはその手に触れて、大丈夫、と示してくる。
ルカに歩み寄ってきて、メイコは目の前で立ち止まった。何を、と思ったかもしれない。憎しみの剣呑さと合わせて胡乱なものを見る目が見詰めてくる。
左手が翻る。乾いた音でルカの右頬が鳴った。
誰も、驚き瞠る。されたことを自覚して、ルカは叩かれた頬に手を添えた。
「痛いじゃない!」
ルカが睨むと、メイコも睨み返してきた。
「どう考えても、私の方が痛いわ!」
右手は巻いたスカーフを赤く染めている。胸元に挙げているのは失血を防ぐためだが、ルカはそこまでは知らない。
唖然とするルカの手から短剣をひったくり、メイコはラウンドテーブルを振り返る。寄り添う双子の弟妹に、視線と声を差し向けた。
「リンと、レンもよ。何か隠してこそこそしていたでしょ!出しなさい!」
良く通る高らかな声だった。抗い難く、リンは金色の小さな杯をテーブルに置いた。上目使いにメイコを見、そして傍らのレンを窺い見た。
レンは頑なに眼光を返していた。元々反駁を抱いていたのだ。唐突に頭ごなしに言われても、従う気が起こるはずもない。けれど。
「レン! 出しなさい!」
強く言われ、リンに袖を引かれて折れた。小瓶を杯に並べて置く。
カイトは驚き、思わず立ち上がった。それを知っていた。
「どこで、それを!」
その反応で、メイコにも察することができた。そして誰がレンに渡したのか、想像はしている。メイコは短剣を床に投げた。
誰の手からも遠いところ。部屋の端の飾り鏡台の足に、かつりとぶつかった。
「で?」
怒り心頭に発していた。声は低く抑えていたが、そこに篭る怒気は誰も、見過ごすことも見過ごした振りさえもできないものだった。
「これらで何をするつもりだったの? 誰が死ねばあんたたちは満足だったの?」
飾らない言葉を望んでいたはずだった。けれどリンは知らなかったのだ。飾らない怒りに満ちた言葉に、冬空色の眸に涙が浮かぶ。レンの袖を握りしめ、肩を震わせながら、リンは必死で堪えていた。
レンも足元が震えるのを堪えながら、懸命に視線を逸らすまいと踏ん張っていた。リンの手前もある。しかしこんな風に強く叱られたことはない。本心は逃げ出したいほど怯えていた。
「カイトもよ! 邪魔なら殺せばいいと思って!人ひとり、ここまで大きくなるのに、どれだけ労力かかると思ってるの!」
居竦んだ双子から、榛色の眸は巡る。カイトに、そしてルカに。カイトは決まり悪そうに視線を逸らしかけ、懸命にメイコへと戻す。
大切な人のためであったという自負と、けれど罪悪感、そして受け止めなければメイコ自身に赦されないという事実がカイトに視線を上げさせた。
「ああもう! 痛くてなんだか纏まらないわ!」
メイコは深く息をつく。順に巡った眸は更にゆっくりと部屋を見渡した。
「それで、黒幕は? どこで見ているの?どうせ居るんでしょ、出てらっしゃい」
春の日差しが窓辺に金の陽を落としていた。メイコが一巡させた眸を戻した部屋の隅に、彼はいた。
いなかった筈だった。飾り鏡台の前、白衣の技師が立っていた。なぜ、とカイトが上擦った声を上げる。ルカと同じように屋敷の自由な出入りは許可を出してはいたが、彼は今、ドアから入っては来なかった。
「そちらで来たの。意外だったわ」
冷静に応じることができたのは、メイコだけだった。怒鳴られていた時からルカは呆然としていたし、双子は怯えて竦んでいた。カイトも理解し難い出来事を目の前に、沈着を欠いていた。
足元の銃も拾わずメイコに駆け寄る。寄り添って、背に隠そうとした。メイコが小さく息を吐くのを聞いた。
エメラルドグリーンの眸が撓む。ふと、青年技師はその輪郭を妖しくした。
縁取りが歪み、境をその後ろの背景に溶け込ませ、目がおかしくなったのかと瞬いて次に開いた時に、青年はそこにはいなかった。そこにいたのは少女だった。
ルカが腰砕けて座り込む。リンは歯の音も合わないほど震え、レンは少年の使命感から辛うじて芯を得ていた。
「ミク」
カイトは妹の名を呼んだ。信じがたい事実を目の前に、けれどそれだけは理解できる。彼女の名は、ミクだ。
焦点を失くした思考の中に、鈍い痛みが走った。腕に指が食い込む。メイコが彼女を抱き寄せたその腕を力強く握っていた。
目を遣れば、小さく笑みが返ってくる。頷いて、カイトはメイコと共に向き直った。
ミクがわらっていた。
「貴女はこの家の終焉を紅に彩るはずだった」
ひたと見詰められ、けれどメイコはそれを撥ねつけた。手は震える。しかしそれはカイトだけが知っていればいい。
「期待に添えないのは申し訳なく思うわ。でも生憎、生き汚いのが私の長所だと思っているのよ」
心胆に意識を強く持っていなければ、倒れてしまいそうだった。カイトの腕が廻っているから、どうにか立っていられる。
わかっていて、カイトはメイコを支えていた。抱き上げてしまいたいのを堪えられたのは、ミクと言う不可解さに冷静になれたためでもあった。庇護の手で抱えるのではなく、支えて並び立たなければメイコはミクに浚われる。
二人を見据え、ミクはゆっくりと歩み寄ってきた。白絹のドレスに、髪は頭の上で二つに結んでいる。見慣れた、ミクの姿だった。けれど。
「お前は、誰だ」
カイトは低く問い質す。同じ質問を投げかけたのは今は遠い昔のようだ。あの時もミクはわらって答えた。皇帝の娘。けれど今は。
「私はカンタレラ。この地に継がれる呪いの名」
あの時と同じに甘やかな少女の声は、しかし朗々と響く。ラウンジのすべての空気を呑むように。
それはもはや年端のゆかぬ女性という、少女の定義からは外れていた。彼女は少女でなく、けれど少女の声で以て語る。
「貴女で終わらなくとも。私は恒久ここに在る。人を呪い、家を呪い、血を呪うその声に応え続ける」
だから、とメイコは吐き捨てた。恒久という大きさの前に、僅かにも竦んだ心がその声に解される。カイトはメイコを見た。
「だから何。私の死んだ後のことは知らないわ。どうやったって私には何もできないもの」
メイコは視線を下げはしない。
「けど私の生きてる間は、カイトと、カイトの大切な人たちは私が守るし、私はそう簡単には死なないわ」
十年前の冬の日に、炎に包まれた扉を破った時もそうだったのだろう。カイトが俯いてしまった時にも、メイコは俯かなかった。
今、メイコは重心のほとんどをカイトに頼っている。片足と義足で二人分を支えるのは骨だったが、できぬことでもない。
ミクは笑みを深め、目を細めた。
「その結果が、これ?」
メイコは誇らしげに笑み返した。
「そうよ。誰も死んでない」
カイトの腕に縋る指に力を込めた。そうでなければ声さえ張れない。
「生きてれば、どうとでもなるのよ」
ふっと、ミクの影が揺らいだのをメイコは見た。後にカイトに尋ねた時には、そんなことがあったかもしれない、と言った。ルカは頬を赤らめて覚えていない、と言った。そんなことを気にする余裕などなかった、と。リンはそこまで見ているメイコはすごいと称え、レンはぶっきらぼうに知らない、と言った。リンで頭がいっぱいだったろう。
おや、と思った次には、ミクがふわりと笑った。少女の笑顔だった。
「そうね。生きていればどうとでもなるものだわ」
そしてエメラルドの眸はメイコからルカに、リンに、レンに注がれ、そしてカイトへと巡った。
「お元気で」
白いドレスの裾を翻し、踵を返す。衆目の中、ミクは部屋の隅にまで歩いて行って、鏡台の鏡面に手を触れた。水面が輪を描くように、鏡面が揺れる。白い指先から細い手首、腕へと沈んでいくのを、信じ難い思いで見詰めない者はない。
二の腕半ばまでを鏡の向こうへやって、ミクははたと振り返った。
「ああ、言い忘れていた」
可憐な少女が花のように笑う。
「愛してるわ、皆様」
え、と瞬いた時、ミクの姿はもうそこにはなかった。少女も、青年の姿もなかった。
ただ暖かな日差しに照らされる鏡台があるばかり。妻の言葉には諾々と従ってきた先代の伯爵が、姉の気に入りだからそれだけはどうしてもと捨てさせなかったものだった。
呆然と立ち竦み、座り込んだ五人の室内に、ノックの音が響く。余程慌てていたのか、家令がカイトの声を待たずにドアを開けて入ってきた。異様と言える光景に疑問も持たず歩み寄ってくる姿に、不可解さはあったが、報せを聞いて納得した。
皇帝の崩御、そして後継にはカイトが指名されたという報せだった。それを聞いた覚えを最後に、メイコは意識を手放した。
 
 

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