カイメイ中心
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VOCALOID二次創作小説サイト
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メイコ愛をこっそり謡う
初出:Pixiv
気付けば、調整ルームにギャラリーが随分と増えていた。万雷の拍手は防音設備に阻まれて、もちろん聞こえない。それでもガラスの向こうに並んだ顔や、何度も打ち合わせる手の仕草で充分に伝わってきた。
評価としての拍手はラボの中で何度も貰ってきたが、感嘆と賞讃の拍手は初めてだ。隣には慣れた風で、けれど確かに嬉しそうに片手を上げて応えている姿がある。
聞かせてやりなさい、と彼女は言ったけれど聞かされたのはルカの方だった。伸びやかな高音、柔らかく響く中低音。この音が支えてくれなければ、今のルカではこんなには歌えなかっただろうと思う。
「どう?」
紅茶色の眸が振り返った。
「楽しかった?」
私は楽しかったわ、とまるで顔に書いてあるようだ。けれど、多分。
ルカだって同じような顔をしているだろう。自覚がある。
「はい」
答えると、凛とした丸顔が花のように綻んだ。
良かった。屈託なく顔を綻ばせると、急に幼く見えた。凛々しいだけでなく、存外可愛らしいヒトなのだな、と思った。
「本当はね、私コッチあんまり得意じゃないのよ。得意な奴がちょっと出ちゃってて」
肩をすくめ、照れたような苦笑い。
そして改めて、と言うようにルカに向き直った。紅茶色の眸が真っ直ぐに見詰めてくる。
ちょっと順番違っちゃったけど、と前置いて右手が差し伸べられてきた。
「私はCRV1、MEIKO。メイコよ。よろしくね」
握り返した手は、温かい。
「CV03、巡音ルカです。よろしくお願い致します」
硬いなあ、とメゾソプラノが軽やかに笑った。
かちゃりと金属質の音がして、女性開発者が入ってきた。その後ろからは体格の少しどっしりとした男性。首から下げられた身分証には、このスタジオのスタッフであることが明記されている。さっきの今で、男性に少し警戒心をルカは持ったが、彼は既知らしいメイコに声をかけた。
「無茶さすねえ」
先ほどの男性ミュージシャンとは違う、朗らかな胴間声だった。その丸さと、メイコの友好的な態度に警戒心が少し、薄れる。
「全然、このコもっと出すわ」
肩をすくめて見せたメイコの答えが気恥ずかしくて、ルカは俯いた。
こんなにもたくさんの音を出せることを、自分でも知らずにいた。もっと出せる。それを初めて知った。メイコに教えられた。
メイコも多分、もっとたくさんの音を出せる。ルカもそれを聞きたいし、合わせたい。この声ともっとたくさん歌いたいと思ってしまう。
「にしても、メイコは手が早いわね。そんなに妹の声が気になったの?」
女性開発者に言われ、紅茶色の眸がむ、と険しくなった。頬を膨らますような表情をして見せる。
「人聞きの悪い! 抜け駆け狙いで来たわけじゃないわ」
くすりとからかうように笑う女性をじとりと睨み、息をつく。開発者との関係が垣間見えた気がした。
「ごめん、ごめん。確かに今回は私のミスよ。メイコが気を回してくれてて助かったわ」
ルカが首を傾げると、メイコが軽く説明をしてくれた。
先ほどの男性ミュージシャンはボーカロイドがあまり好きではないらしい。単に好きではない、と言うのとは違うらしいが、ともかくルカたちにとって友好的とは対局の態度で接してくる人物なのだ。だから男性スタジオスタッフと話していて、今回のルカの予定が彼のスタジオ使用と重なることに気付いたメイコが、ルカをかばうために来た。
「ま、私も妹の声を聞きたかったのは、あるわよ」
人差し指で頬を掻く。ちょっと視線をそらして、照れた顔に女性開発者がくすくすと笑った。
居心地が悪そうで、こそばゆそうで、それでもルカには心地良さを感じられる関係のように見えた。
ボーカロイドを、ルカを取り巻く関係はもっと無機質なのだとずっと思っていた。こんなにたくさんのことが起きるなんて考えていなかった。たくさんの初めてのこと。
「楽しそうね、ルカ」
メイコが笑ったのでルカも笑み返し、答える。
「とても楽しいです」
女性開発者が少し驚いた顔をしていた。メイコが、それは良かった、とルカの頭に手を伸ばし、ポンポンと軽く撫でた。
「これからもっと楽しくなるわ」
メイコが断言したから、ルカは笑みが押さえられなかった。
これからいくらでも起こる初めてのこと。さっきの男性ミュージシャンのように、決して良いことばかりではないのだろう。
けれどきっと、楽しくなる。メイコの笑う顔を見ていると、素直にそう思えた。
-了-
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