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2024/05/21 (Tue)
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2011/08/31 (Wed) Comment(0)
初出:Pixiv





秋の日だった。ルカが初めて見た空は晴れていて、青の透ける薄雲の浮いた遙か高い秋天だった。
葉を金色に染めた並木を知っている。あれは銀杏だ。本物を見るのは初めてだけれど。
「楽しそうね」
運転席で女性が笑った。返り見て、そうでしょうか、とルカは呟くように答えた。
ルカの知る彼女はいつも、髪をアップにして白衣を着ている。ベージュのスーツに髪を下ろした姿は見慣れなくて、面白い、というなら多分、初めて見る秋の空と金の銀杏並木の清々しさと同じくらいには面白い。
自我を持ってからずっと出たことのないラボを、ルカは今日、初めて出た。白を基調として整然と整っていたラボ。知識としては知っていても、初めて座った車の助手席から見るもののすべてが新しく、雑然としていた。
興味はわく。だが今まで暮らしていた場所を出て、いずれこの中で暮らしていくのだと思うと不思議な感じがするばかりだ。
ラボにいても初めての出来事は起きた。いや、完成してすらいないルカにとっては、すべてが初めてのことばかりだ。初めてのテストをいくつも繰り返し、ルカは完成に近付いていく。ラボを出るのもその一環で、初めての出来事が起き続けるこの工程の中で、本当に『初めてのこと』とは起こり得るのだろうか。
ルカにはわからなかった。
「少し寄り道するわね」
おそらくはよく利用することになる場所だから、と註釈して、女性開発者はハンドルを切った。ルカには是も否もない。
ひと月、ラボを出て生活をすると言うそのこと自体が、開発チームからルカに課されるテストなのだ。先んじて発売され、人間社会で生活しているボーカロイドたちに指導を受けると言う話らしいが、どの道ルカは受け身に応じるしかない。ボーカロイドたちのいる家に先に行こうが、その前に別の場所に寄ろうが、ルカの応対に変わるものは有りはしないのだ。
車は郊外の並木道から雑然さを増した歓楽街に入って行った。建ち並ぶ統一性のない看板を掲げた四角い建造物の合間を縫って、ゆっくりと行く。昼日中には煌煌とした明かりは灯されていないが、夜になればまばゆく輝くのをルカは知っている。今は物寂しく、けれどどこか、街が息をひそめているような気もした。
車から降りて、案内されたのは半地下になったスタジオだった。ヒビの入ったコンクリートが打ちっぱなしの階段なんて、初めて踏むルカは、女性開発者についておっかなびっくり下りていった。
初めて見るスタジオは、本当に、驚くほど雑然としていた。ラボにあったボイスルームでルカが使ったことのある機材も見られるが、印象は違いすぎる。塗装が剥げていたり、落としたのかなんなのかへこんで形が変わっていたり。
これからここで何が起こるのだろう。思っていたら女性開発者が驚くようなことをルカに告げた。
「ちょっとここで待ってて。スタッフと話してくるから」
驚愕。そして困惑。
ここで。ルカ一人で。何もせず?
そこまで考えて、はっとした。そうだ。別段、何をする必要もない。待っていればいいのだ。心を落ち着け、ルカは答えた。
「はい」
答えると、唯一の先導者が姿を消してしまったドアの隣の壁に背を置いた。
少し俯いて、息をつく。狭い廊下だな、と思った。ラボの廊下は五、六人でも並んで歩けるし、二、三人ずつでもすれ違える。
けれどここが、ルカがよく利用することになる場所なのだ。きっと、一人で待ってるなんて当たり前になる。
そんなことを考えていた。女性開発者が早く帰ってきて、別のものを見せてくれないかな、と思いながら。
突に。
「ああ?」
低い声がした。不機嫌な男声だ。ルカは顔を上げた。
廊下の奥からやってきたらしい人間の男性がそこには立っている。背負っているのはギターだろう。
「なんだよ、またかよ」
ルカは眉をひそめた。意味が分からない。ルカとこの男性とは初対面であるはずだ。ルカのメモリーに何らかの不具合があるなら別だが、彼のデータはまったく確認できない。
「また増えんのか、あいつらもいい面の皮だな!」
ルカは呆然と後退った。訳が分からなかった。
語意は、わかる。だがどうして、これ程の敵意を向けられるのかわからない。どうしたらいいのかわからない。恐怖、と言う単語が頭をかすめた。fear、afraid、組み込まれた単語を反芻して、また一歩、後ろに下がった。
怖い。
その瞬間だった。ぐっと肩を掴まれて、後ろに引っ張られた。転ぶ、と思う間もなく背中に柔らかい感触がぶつかって、ルカは誰かの腕の中にいた。
ルカは驚いて振り返る。誰か、は女性だった。柔らかそうな胡桃色のショートボブ。紅茶色の光彩が強く輝いている。視線はルカでなく、男性ミュージシャンに真っ直ぐ向けられていた。
誰。ルカの困惑は、彼女の声に払われた。
「どう? 私の三番目の妹。最新型よ?」
耳に響いた声はいくつももらったサンプルの歌声の中の一つに確かにあった。眼前の横顔を記録されたデータと照会して、ルカはターコイズの眸を瞬いた。
これが初の日本語ボーカロイド。CRV1『MEIKO』。
もらっていたデータでは真紅のセパレートが彼女のユニフォームであったはずだ。目の前の女性はワインレッドのタートルネックセーターに茶のジャケット、ウール地のロングスカートと、データとは全く違うけれど間違いはないだろう。ボーカロイドが声を聞き違えるはずがない。
「パートナーで、ライバル。うらやましいでしょ?」
赤い爪先の細い指が、ぐっとルカの肩に力を入れる。横顔はちらともルカを見ないのに、その力強さがまるでルカに語りかけてくるみたいだった。大丈夫、と。
「あんたに聴く耳あるんなら、聞いてきなさいよ」
端正な丸顔は不適に笑って、凛と勇ましい。男がうぐぐと口籠るのを、ルカの視界は捉えていなかった。ついさっきまで声を奪っていた不安や困惑や恐怖は、もう露一滴もない。暁光に眩んだように、今はただその横顔に目を奪われていた。
男の険が弱ったのを認め、紅茶色の眸が初めてルカを振り返った。本当にルカと同じ造りの人工水晶かと思うようなきらきらと澄んだ光彩だった。
「練習曲くらい持ってるでしょ?」
驚きに瞬いたルカに、澄んだ光彩は猫の目が細められるみたいに笑った。


---続

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