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カイメイ中心 * VOCALOID二次創作小説サイト * メイコ愛をこっそり謡う
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2024/11/23 (Sat)
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2011/11/10 (Thu) Comment(0)
宝の在り処。




 
 
メイコには弟があった。
カイトという名前の、メイコとは似ても似つかない青い髪に青い目の大人しい、気の弱い弟で、それがメイコの自慢だった。夏の天涯のような鮮やかな外見も、気の弱い分、人の心を丁寧に見ることのできる繊細さも。その全部がメイコの宝物だったのだ。
「カイト様」
メイコは弟をそう呼んでいた。大人たちに言われていたからだ。そう呼ぶように。
「メイコ」
弟はメイコをそう呼んでいた。やはり大人たちに言われたのだ。そう呼ぶように。
けれどある日、カイトはメイコの部屋にやって来て、にこにこと笑って言った。
「お姉ちゃん!」
驚いてしまった。メイコの座った勉強机の端っこに伸び上がって顔をのぞかせ、青い宝石のような眸を宝石よりもきらきらと輝かせて見詰めてくる。その眸に何と答えればいいか迷って、思わず首を傾げてしまった。
すると、幼い面差しの眉の末が少しずつ下がっていく。次第に不安になってきたようだった。
「おねえ…ちゃん?」
重ねられた声音はだんだんに弱まっていく。メイコは慌てて問い返した。
「わたし、のこと?」
尋ねると、カイトはこくりと頷いた。
「あのね、教えてもらったんだ。僕はメイコの弟だから、メイコは僕のお姉ちゃんなんだ、って。お姉ちゃんて呼ぶんだ、って!」
そういう事を教えるのは、大人たちではない。大人たちでも、二人の呼び方を決め付けるのとは違う大人たちだ。
カイトは気が弱くて優しくて、だから厩番や庭師や、厨房係やそういったメイコにカイトの呼び方を決め付ける大人たちが、きつい言い方をするような大人たちにもにこにこと話しかけてしまう。本当はそんな風ににこにこと話しかけてはいけないのに、話しかけてしまうのだ。
そうしていろんなことを聞いてくる。今日みたいに、弟は姉の事を呼び捨てにしたりしないのだとか、多分そのうち、姉は弟のことを敬称を付けて呼んだりしないのも聞いてきてしまうのだろう。メイコはそう思った。
「ダメ…なの? 僕はメイコのことお姉ちゃんて呼べないの?」
声が気弱に陰っていき、青い眸が雨が降る前の空みたいに曇ってくる。もう雫も溜まり始めてしまっている。
メイコは座っていたまだ大きい勉強用の椅子から、ぴょんと下りた。メイコもまだ子供でこの勉強机には小さいけれど、二つ下のカイトはもっと小さい。ちょっと屈んで青い眸に目を合わせ、メイコは微笑んだ。
「いいよ。でも、みんなの居る前ではちゃんと『メイコ』って呼んで。ね?『お姉ちゃん』は二人の特別な呼び方にしよう?」
カイトは大はしゃぎで約束をし、けれどそれは果たされなかった。カイトはどうしても使い分けができず、姉と呼ばせた事をメイコはひどく叱られてしまったのだ。
懐かしい思い出だ。カイトではなくメイコが叱られた事実を、今はもう、知っているだろう。
 
  
 
少し風が出てきたようだった。メイコはせっかくもらった封筒が飛ばないよう、窓辺に寄り、鎧戸を下ろした。もともと光の入り難い小部屋は暗闇に埋没する。手探り、マッチを擦った。慣れた所作だ。
消耗品だから普段は宵明りには使わない蝋燭に灯を点すと、すすけた部屋が薄暗く揺れる。硬いベッドに腰掛けて、封筒を翳し見た。懐かしい名を書いた封筒を撫で、メイコは苦笑する。
あの頃とは何もかもが変わってしまった。カイトの名を記した筆致はたどたどしく、文字を習いたてであった昔と比べても巧拙は判じ難い。文字を書くなんて随分していないし、この手であるから仕方ない、とメイコは自分の手を眺めた。
引き攣れた火傷跡がのたくっていて、指先は不揃い。生きるに不都合はないが、美醜を問われて美と答える者はないだろう。
カイトは変わりないだろうか。目を閉じれば気弱な少年の面影がよみがえる。青い髪、青い眸。夏の天涯のような色が織るはにかむような笑顔は、今もそのままあるだろうか。
場末に暮らすメイコには、伯爵家の実情など風の噂以上に聞くことは出来ない。けれど噂に、伯爵位を継いだというくらいは聞く事が出来るのだ。伯爵を継いだというのだから健勝なのだろうとも思う。
生きている、ただそれがわかるだけでも嬉しかった。
その伯爵になったカイトが、会いたいのだという。伯爵になってまずその地位を使い、メイコを探し出して会いたいと言ったらしいのだ。
「相変わらず…バカなんだから…」
人懐こい、甘えたがりだった弟。よもやそのまま伯爵になったのではないだろう。それでもあのまま真っ直ぐに伸びていってくれただろうかと思う。
仕事中の場末の酒場で、カイトからの使いだと言う青年に声を掛けられた時には驚き、呆れてしまった。使いの青年はさすがに多少心得た風で、高貴の風体を表してはいなかった。
だが伯爵を継いだばかりで、間接的にもかかわるべき場所ではない。相応しからぬ行い、と言うだけで貴族社会では充分に瑕疵になる。
「そもそも、私がメイコじゃなかったらどうする気よ」
まあ、メイコなわけだけど。
あの屋敷を出て十年になる。使用人もいくらかは代替わりをしているだろう。声をかけてきた青年も知らない顔で、けれど確信を持って名を呼んできた。メイコお嬢様ですね、と。
もしかしたらカイトとその青年の間にもまだ数人、人をはさんでいるのかもしれない。家に仕える人物にも家系や家柄がある。主人に直接口を聞くことさえ許されない職の家筋というものもあって、このような下町に万一にも用がある場合に遣わされるのはそんな家筋の者たちだ。メイコをメイコだと確認したのは別の、もう少し主人であるカイトに近い職の者で、青年はこの酒場に入るためだけに遣わされたのかもしれない。
証拠に、青年の問いにメイコが首肯すると彼は、少し離れた通りに馬車が待っているから、と言った。それに乗り屋敷に着てほしいというのだ。メイコは再度呆れ、断った。
申し訳ないが、という断りを青年がどう聞いたかはわからない。青年は目深にかぶった鳥打ち帽のつばの下からじっとメイコを見て、お疑いですかと尋ねてきた。
「どちらを?」
答えでなく問いになったのは、純粋に疑問だったからだ。カイトを、という点では疑うべくもない。会いたいと彼が言うなら、メイコはその言葉を疑わない。
次には遣いだという青年自身を疑うかどうかになる。メイコの簡潔な問いの意図を理解して、青年は僅かに笑んだようだった。
「どちらにしても、これでご理解いただけるでしょう?」
青年が差し出してきた者は、鈍く銀に光る指輪だった。刻まれた模様をメイコは知っている。カイトのものになったばかりであるはずの、伯爵家の印章だった。
驚きに震えた指を見ていたようだった。青年は微笑んだ。証は立っただろう、とその表情が言っている。
「信用しないわけではないわ。でもすぐには行けない」
メイコが再度断ると、青年は存外あっさりと引き下がった。ではおっしゃる通りに運びましょう、と言い、けれど。
「お納めください」
伯爵からもそう言付かっていますと指輪は引き取らなかった。できない、と言ったが、それでは叱られてしまう、と返された。
「ですが確かにあなたにお会いし、お渡ししたという証をいただけますか」
酒場の喧騒の中であったはずだが、青年の静かな声は耳にいやに響いた。証、という鸚鵡返しの呟きに、彼はにこやかに頷いた。
「そんなに訝ることもありませんよ。一筆、いただきたいだけです」
鞄から取り出されたのは紙と筆記具だった。
「それが…私の証になる? 筆致だって当てにもならないわ」
十年、縁遠かったものだ。個人で持つような印章も封蝋も持ってはいない。けれど青年は是非と言って勧めてくる。
「それでも、わかるものですよ」
その青年の温容に、胸の奥が疼いた。警戒心が、薄れてしまう。
「貴方は…今のカイトをよく知っているの?」
青年は僅かばかり、帽子のつばの奥で眸を細めた。
「さて、どうでしょうか。ひと一人に全面すべてさらけ出している底の浅い人物など実際ではないでしょう」
その答えがもし、自信を持っての是であったなら信じなかっただろう。突き放した否であったなら尚更だ。
迷いながらも、メイコは拙い筆を運んだ。宛先であるカイトの名と、送り主であるメイコの名と、ただ一言。
『お元気ですか』
丁寧に畳んで差し出す。青年はそれを受け取ると木筒に収め、確かに、と微笑んだ。
本当に渡るのだろうか、という思いもあった。カイトを疑うのでもないし、青年を疑うのでもない。それほどに隔てられた距離は遠い。
「あなたには申し訳ないお願いだけど…もし次に誰かを遣すなら、他の誰かにするようカイトに頼んで」
そして下職の中から知った顔の名を数人上げた。信頼が置けて、かつ今も健在であろういくつかの名だ。多少なり不愉快を示すかと思ったが、青年は否もなく頷いた。
少し悩んで、一つ、尋ねた。
「カイト、元気にしてる?」
青年は穏和に、首肯した。
「ご健勝であらせられますよ」
会いたいなんて馬鹿なことを言うな、と断ってしまっても良かった。カイトのことを思うなら、きっと本当はその方が良かった。それでも。
会いたい、と思ってしまった。一目でも大きくなった姿を見てみたい。
見てみたいと思ってしまった。
翌日一番には日曜礼拝の御説教からも逃げ隠れている修道院へ頭を下げに行った。便箋一式を一番手に入れやすい場所だからだ。酒場の給仕係兼歌手で生計を立てているメイコに、そんなものは水商売と思われても仕方ない、院に入れと口うるさい院長も、長く離れていた弟に手紙をと理由を言えばすぐに一番上等のを出してくれた。院長が友人に宛てる時にだけ、使う便箋だ。
金を払う、と言ったメイコと、水商売で稼いだ金などもらえない、と意地っ張りな院長とで少しやり合ったが、今度の日曜礼拝にメイコがコーラスを請け負うことで決着を付けた。院長も、水商売などと口は悪いが、理性の緩む酒の席の傍に、メイコのような歳の女性の居るのが心配なだけなのだ。
そんな心配はないのに、とメイコはいつも言う。雇い主の酒場の旦那も、酔っぱらいの食指さえも動きにくいと踏んでメイコを雇ったのだ。臆面もなく平然と、それがあるからと言われた時には頬の火傷跡を掻いて、メイコは苦笑した。
そうやって女性の面体には配慮のない旦那だけれど、メイコには恩人だ。雇ってくれてその上、家もないと言うと屋根裏に一室貸してくれたのだ。その旦那の手前、開店前の準備までには戻らなければならない。
筆記具一切を借りて、もらった便箋に手紙を書いた。カイトの不注意と、メイコが伯爵家の敷居をまたぐ体面を取り繕う言い訳を。メイコも豪胆を自認してはいるが、今の自身が決して伯爵家に上がるに値する身分でないことも充分に理解している。いきなりに呼ばれて、では行きますと言うわけにはいかないのだ。
それに訪問の約束を取り付けるのは、どの道必要な手順だ。姉としてはその辺を理解していない弟には会って一言、言ってやらなければならないと頷いた。本当は、自分自身がカイトに会いたくてたまらないのだと、はっきり自覚しながら。
手紙をしたためて慌てて帰ってくると、旦那とおかみさんはもう準備を始めていた。平謝りに謝ると、院長から聞いていると言われた。メイコが貴族の出であるとはさすがに知らせていないから、どんな伝え聞きをしただろうとどきりとしたが、日曜礼拝に歌う話として聞いたらしい。気にしなくていいから仕度をしておいでと、自室にやられた。
メイコは手紙を枕の下に入れ、ベッドを立ち上がった。カイトがメイコの顔見知りを寄越してくれたら、それを渡すのだ。
「よっし、仕事仕事!」
陽が落ちれば近くの工場から客が流れ込む。くっと一つ背伸びをし、思い出してそっと胸に手をやった。手紙はいいとしても、指輪などという貴重品を肌身から離してはおけない。かと言ってそれ本来のつけ方をするわけにもいかず、メイコは服の裏に縫い付けた。幸い、メイコは凹凸のある体型なので、胸元に華奢な指輪一つ隠していても、外面には気付かれない。
聞いた時には驚き呆れるしかできなかったカイトからの打診だが、この指輪を縫いつけているうちに次第に実感がわいてきた。もう一度会うことができる。
もう一度、あの笑顔を見ることができる。
もう一度、あの声を聞くことができる。
「カイト…」
呟きと、零れ落ちる涙を止めようはなかった。

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