カイメイ中心
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VOCALOID二次創作小説サイト
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メイコ愛をこっそり謡う
初出:Pixiv
ラボラトリーという場所が閉鎖された空間であることを、ミクはもちろん知っていた。けれど『知っていた』だけで『わかって』いなかったんだと、この一ヶ月で知ることができた。
「ミク」
東に向かう飛行機雲を見上げていたら、優しく呼ばれた。はっとして振り返ると、紅茶色の眸を細めメイコが笑っている。隣で、カイトも。
買い物袋を握り直し、ミクは急いで駆け寄った。
「慌てなくてもいいわよ」
ミクと同じように買い物袋を下げたメイコは、駆け寄って来たミクにそう言った。
「飛行機雲? あれ、綺麗よね」
ミクの、ついさっき見上げていた空を紅茶色の眸が見上げている。つられてもう一度見上げると、空の高くは風が強いのか、飛行機雲はもう形を崩し始めていた。
「あ」
ふとカイトが声をあげた。
「梅。咲いてる」
隣家の生け垣の向こう。その声に促されて庭木に目が行き、綻んだ。小さな紅い花が、まだ寒そうな梢を彩っている。
「まだ蕾も多いけど…全部咲くと、本当に綺麗だよ。めーちゃんみたい」
紅梅だしね、とカイトが言うと、メイコはさっと頬を染めて反駁した。何言っているのよ、と上げた声が照れ隠しであったのは、この時のミクにはまだ理解ができなかった。
喧嘩しないで、と不安がると、二人に苦笑されてしまった。
ミクが一度ラボに戻る前日だった。だからごちそうにしましょう、とメイコが言った。三人で買い物に行き、三つの買い物袋を一つずつ。カイトがさりげなく一番大きな袋を持っていたことに、メイコが気付いていないはずがない。
三人で並んで歩きながら、春の歌を歌った。風はまだ冷たかったけれど、寒いと思った記憶はミクにはない。
家に着くとカイトが鍵を開け、先に上がっていった。開いている片手にメイコの荷物を受け取りながら、おかえり、と笑う。
「おかえり、メイコ」
ただいま、とメイコは目を細め、おかえり、と同じように返した。
「おかえり、カイト」
言った声音がミクの耳に優しく響く。ただいま。答えるカイトの声は穏やかで、それから二人はミクに声を差し向けてくれた。二人の重なった声をミクは今も明瞭に思い出せる。
「おかえり、ミク」
そしてミクも倣って答えた。ただいま。
最初は気恥ずかしくなってしまったこの言葉も、ひと月でするりと出るようになった。
「おかえり、お兄ちゃん、お姉ちゃん!」
ただいま。その声は春の歌と同じように柔らかく、暖かく、重なり響いた。
明日にはこの家を出、ラボに戻るのだと思うと不思議な感じがした。この家には、ひと月滞在するだけだ、と思ってやって来たのに、今はもう一度ただいまを言う日を考えている。
「そうだ、ミク」
リビングのドアの前でメイコが立ち止まった。コートのポケットを探り、小さく光る銀色を取り出した。
ミクの手の中にちゃりんと落とされる。
「家族だから。あなたにも渡しておくわ」
ミクが驚きに瞬いていると、ほら入って、とメイコが促した。ドアが閉められないわ、と。
二人の遣り取りを見守るように立ち止まっていたカイトも、ミクが慌ててリビングに入るのを見届けて、キッチンへと歩いていった。
「本当に…もらってもいいの?」
尋ねたミクに、メイコはすっと手をのべて来た。もちろんよ、という言葉の代わりに、ぽんぽんと頭を撫でる。
その答えが嬉しくて、ありがとう、と言うつもりが感極まってしまった。涙ぐんだミクに、メイコはずいぶん驚いていた。
「あーあ、めーちゃんが泣かせた」
キッチンでカイトが笑っていた。
「カイトも共犯!」
ミクを胸に抱き寄せて、メイコが反論する。その遣り取りがなんだか可笑しくて、ミクは泣きながら笑ってしまった。
もう、泣くか笑うかどっちかにしなさいよ。メイコが呆れながら笑っていた。
---続
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