カイメイ中心
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メイコ愛をこっそり謡う
初出:Pixiv
五人そろった夜の食卓で、昼の話をした。姉のメイコは呆れたように。兄のカイトはデザートのアイスに熱中して話半分に聞いているようだった。
「あいつ、まだ諦めてなかったんだ」
メイコがぽつりと呟いた。
「あいつも損な性分ね。他人に絡まなきゃやってらんないくらいなら、もう音楽諦めればいいのに」
メイコも随分前に絡まれたことがあるらしい。あの男性スタッフが教えてくれた。
後輩に抜かれていく自分をメイコやカイトに重ねて気を揉んでいたらしい。メイコたちにしてみれば余計なお世話だ。
リンが、にひ、と笑った。
「で、その時めー姉すごかったんだって?」
「は?」
メイコが首を傾げる。
「酔っぱらってくだ巻いて、『二度と言ったらお前の声潰してやる』って言ったんだって?」
「はあ?」
半眼で聞いていたメイコが急に向き直った。その手元には食後の一杯がある。今日は梅酒。
「誰が…あー、言わなくていいわ。わかった」
レンは心の中でスタジオスタッフに合掌した。
「ったく…確かに言ったし、酔っぱらいもしたけど順序が逆! 言われてむかついて言い返して、納まりつかなかったから呑んで呑みすぎたの!」
それもどうなんだろう、とレンなどは思うが、リンはそうでもなかったらしい。何だつまらない、とミカンの時期には早いのでオレンジを一つ、口に放り込んだ。
「その頃ってめーちゃん、あんまりお酒飲まなかったしね」
アイスに夢中で聞いてなかったのかと思っていたが、聞いてはいたらしい。空になったアイスカップを満足げに閉じて、カイトがにこにこと言った。
「「「えっ」」」
弟妹としては驚愕の事実である。
「昔はやけ酒でしか呑まなかったんだよね。だから余計心配だったんだけど」
「んー…まあ、そんなに好きじゃなかったしね」
「「「ええっ」」」
濁点のついた『え』だった。
「それ言ったらカイトだって昔はそんなにアイス、アイスってうるさくなかったじゃない」
「「「えええっ」」」
ミクがネギチヂミの残った皿をひっくり返しそうになりながら、両手をテーブルに突いて立ち上がった。凡そデザートに類するものではないが、今更なのでこの家でこれに突っ込む者はいない。
「だって私聞いたよ?! お兄ちゃん昔っからアイス大好きで、お腹こわすほど食べた、って!」
下三人に向かいに隣り合って座る年長者二人は、視線を交わすこともなく呼吸を合わせた。
「「真実に混ぜるのが最高の嘘(だ)よねー」」
語数が違うのにどうしてそんなに綺麗なハーモニーが出せるのか、レンは少し尋ねてみたくなった。けれどそれよりも先に尋ねたリンの質問の答えで、カイトがアイスでお腹をこわしたのは、まだアイスと言うものが珍しくて食べ過ぎたのだそうだ。そのくらい若かった頃だよー、と兄は笑ったけれど、それっていつなんだ、レンは思ってしまう。
情報としては知っている。売り出された年月日、開発の始まった時期。だけど流れた時間の中に、知り得ないものがたくさんある。
「はー…やっぱ、ぜんぜん追いつく気がしないなー」
すとんと座り直したミクが、溜息をついた。レンも同じ気持ちだったし、たぶんリンも似たようなことを考えていたはずだ。
ふいにメイコが紅茶色の目を細めて笑った。メイコは兄弟の中では一番地味な色味をしているけれどふとした瞬間、そういう表情をすると途端に目を惹く艶が出る。異彩を放つ、と言うのかもしれない。
「追いかけてるうちは追いつかないわよ」
そう言ってメイコは最後の一口を煽り、空になったリンとレンのフルーツ小鉢と、ミクのチヂミ小皿と、自分のロックグラスを集めて重ねた。それらを右手にして最後に、カイトのアイスカップを左手に立ち上がる。椅子はカイトが引いた。
「あ、ねえ!」
洗い物を手伝うらしいカイトを、リンが呼び止めた。
「おじさんがね、もう一つ言ってたの!」
『以前、君らが来る前の二人はまるで、姉弟って言うよりは恋人同士だった』
どうなのどうなの、とリンは期待に目を輝かせている。私も聞きたいな、とミクも目を輝かせている。レンとしても気にならなくはない。
兄と姉が恋人同士だった、なんて言われるとむず痒いような気持ちになる。
シンクはカウンターの向こう側だ。呼び止めたのはカイトだけでも、もちろんメイコにも筒抜けで。
けれど振り返った紅茶色の眸は一瞬、細められただけ。直ぐにキッチンへ入っていってしまった。
代わりに呼び止められた青い眸がにこりと笑う。レンとしては何食ったらそんなになんだって思うようなでかい背をかがめてリンに目線を合わせると、いいかい、と諭すように言った。
「真実を混ぜた嘘は最高だけど、嘘に混ぜた真実も最高の嘘なんだよ」
リンがきょとん、と首を傾げた。ミクも頭の上に目一杯疑問符を浮かべている。レンにだってわかりはしない。一人だけ。
メイコが小さく口の中だけで、バーカ、と呟いた。
疑問符を浮かべた三人をダイニングに残し、カイトは洗い物を手伝いにキッチンへ入っていった。見慣れた光景だ。二人は揃っていれば大抵いつもそうやって家事を分担している。その息の合いっぷりは見事で、レンなんかは時々、参考にならないかとそんな二人を眺めている。
そうじゃなかった二人、ってどんななんだろう。ふとレンは思った。
恋人同士みたいだった二人。想像してみるけれど、わからない。そして、ああそうか、と思い至る。
だって嘘なんだもんな。
おじさんも人が悪い。そう思って、安堵した。
見るとリンがまだ首を捻っている。ミクは腕組みをしてうんうん唸っている。レンは苦笑した。
「二人ともいつまで悩んでんだよ」
今日録ったとこ見直して、明日のところをさらおう。そう言ってボイスルームに駆けていく。
レンわかったの、と聞きながらリンが後を追い、ミクはじっとキッチンに残る二人を見た。
「恋人同士だったなんて嘘だよ」
カイトが笑ったので、ミクは少しがっかりと肩を落とし、二人の鏡音を追ってリビングを通り出て行った。
・・・
「嘘つき」
メイコが呟いた。嘘じゃないでしょ、とカイトが笑った。
「恋人同士だった、わけじゃない。そうでしょ?」
小首を傾げられて、仕方なく。
水を止めて向き直る。上向いて目を閉じた。
過去形なんかじゃなく現在進行形で恋人の、キスが降りてくるまであと一瞬。
-了-
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