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カイメイ中心 * VOCALOID二次創作小説サイト * メイコ愛をこっそり謡う
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2024/05/18 (Sat)
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2012/12/28 (Fri) Comment(0)
サークル名:移動書架
参加:1/6 COMIC CITY 大阪:6号館Dゾーン り59a


既刊:カンタレラ
既刊:てんやわんや!
既刊:カンタレラ序説


新刊:春の花と手紙の話
hana-hyousiS.jpg

   A5オフセット、40ページ
   カイト×メイコ
   診断メーカーに設定を託しつつ、ホワイトブレザー×大正浪漫
   (こっそりスミレ×ローレライ)





続きからサンプルです。


診断メーカー http://shindanmaker.com/279875 より

犬蓼のMEIKOは水虎(すいこ)で地蔵の辻に住んでいる学生です。独楽を大事にしています。犬神(いぬがみ)とは仲間です。 #妖町

犬蓼のKAITOは木霊(こだま)で桜小路に住んでいる郵便配達人です。花の形の痣を大事にしています。琴古主(ことふるぬし)とは酒飲み仲間です。 #妖町



 


 


春入口の空はまだはるかに遠く、高く、晴れていた。時刻はすでに朝の間と呼べる頃を過ぎていて、メイコは焦っていた。ずいぶん、焦っていた。
まだ緑も淡い小川の土手縁の道は、見渡しても辺りにはどんな小さなひとの姿もない。人目を避けて選んだ道だから、当たり前なのだが人が通らない。メイコの袖に咲くのと同じ桜の花が並木に並んで、小川の水面に掲げた梢にぽつぽつと花を開いていた。
焦りから心細くなり、じわりと涙も浮かびそうになる。慌てて唇を結び、メイコは空を仰いだ。空は淡く青い。ぎゅっと目をつむり涙をこらえると、ぱっとしゃがんだ。
メイコの目の前には舶来物のたいそうな自転車がある。家から学校まで少しあると聞いた叔父が、最近買い与えてくれたものだ。叔父の言うのには、供も連れず一人歩きとはいかがなものか、学校に上がるとなればメイコも少女でなく女性なのだから堂々馬に跨るわけにもいくまいが、だ。ああそうじゃない、とメイコは思った。
今だってメイコは自分で馬に跨ったって構わないと思っている。だが学校は町中なのだ。メイコの育った里山とは違う。込み入った路地もあるのに大きな馬を乗り回すなんて迷惑だ。
学校に上がりたいというのはメイコのたっての希望だった。初めは反対された。両親にも、祖父母にも、近い親類にはほとんど反対された。それでも、と押し切ったのだ。勉強を学びたいなら家に先生を呼んでいくらでも学ばせてやる、と強く言われたが、寮に入って学舎で学びたい、と更に強く言い募った。もとより娘に甘い両親、孫に甘い祖父母だ。メイコが頑なになれば渋々と折れた。だがすべての言い分は呑まない、と寮に入るのは禁じられた。寮だなんて偉そうに呼んでも学校が買い上げただけの長屋で、当家の娘にそんなアマツバメのような雑居はさせられないと言うのだった。
メイコは撤回を願った。後半部分を、だ。だが両親祖父母は前半を取り上げて、決して撤回してはくれなかった。
そしてメイコの両親は地蔵の辻に小さな一軒家を買い上げ、メイコの祖父母は縁戚の娘ひとりを世話役に付けた。きっと、世話役で、お目付け役のつもりだ。
ここに至るそんなことを思い出していたらまたじわり、目がうるんできた。しゃがんで、どこが不調で進まなくなってしまったのかわからない自転車を睨み付け、ぐ、と涙をこらえる。
「私には、お前の言いたいことがわからないわ」
家で飼っている馬たちなら、意志疎通の少しもあるのに。具合が悪いのだとか、単に気分が向かないのだとか。そして放っておいても帰れるから、もしどうしても意に沿わなければ帰れと命じることだってできただろう。けれどこの自転車というものは扱がなければ進まない。メイコが放ったら、帰りまで延々ここで待ちぼうけなのだ。心ない誰かでも通れば、連れ去られてしまうかもしれない。
立派に過ごしてみせると息巻いて出てきたのに、ようやく一年過ぎるばかりのこんな時期に、こんな盛大に遅刻をしてしまって、情けないやら悔しいやら誰も見ていないだろうしもう本当に泣いてしまおうかと思った。思った、その時だった。
不意に視界が陰った。空のうんと高くで風でも吹いて、雲が流れたろうかとメイコは思った。そうしてなんとなく仰いだのだ。目の前には青年がいた。
顔立ちの初々しさは、メイコよりもほんの少し年下に見える。ダブルボタンの白い洋装に白い制帽をかぶって、その制帽のひさしの下、青年の背後の空と同じような淡い青色の眸がメイコを見詰めている。メイコが目を見開くのと、青年の微笑むのはほとんど同じだった。
「お困りですか」
穏やかに低い。今日の春の日のように穏和しい、柔らかく空に抜けるような声だった。
メイコは驚いて、山楂子色の眸を瞬いた。
「貴方、誰」
後々、よくよく考えれば不躾であった一言だった。もちろん二度目に会った時にその非礼は充分に詫びたが、本当に、メイコはただ驚いただけだった。いくらぼんやりとしていたからとは言え、ついさっき人気のないのを嘆いたばかり。メイコにしてみれば、突然に、触れられそうな距離に、青年が現れたのだ。
青年は気分を害した風もなく、覗き込むような姿勢を改めた。帽子を脱いで胸に当て、丁寧に一礼する。
「僕は郵便配達人で、カイト、と言います」
見れば確かに肩掛けの大きな鞄を下げていた。鞄には帽子に付けられているのを簡略にした印章。白手袋もしている。
カイト、と名乗る青年が帽子をかぶり直すのを意図なく見守ってしまう。改めて視線を宛てられ、メイコは小さくうろたえた。
「あっ、私は」
言いかけたのだが、カイトは遮るように人差し指を立てて唇にあてた。唇は宥めるように微笑み、なりません、と動く。
「僕が身の証を立てるのは当然ですが、お嬢さんがそんなことをなさってはなりませんよ」
でも、と言い募るメイコを、それで、とカイトは言い遮った。
「どうなさいました、と聞くのも迂遠ですよね。自転車、拝見させていただいても?」
持ち主がこくこくと頷くのを見てから、カイトは歩み寄る。メイコが立ち上がって譲った場所に変わってかがみ、白い制服の膝をためらいもなくついた。
申し訳なさからメイコは言った。
「汚れるわ」
カイトは自転車のペダルを見ながら答えた。
「仕事着なんて、そんなものです」
ある職業にあっては仕事着は作業着ではなく身分証としても扱われ、郵便配達人もそのうちだと、その時のメイコは知らなかった。だから訝ることもなく尋ねた。
「そうなの?」
当然知っていたはずのカイトはしかし、笑って答えた。
「そうですよ」
もちろん、知って後にはずいぶん責めた。けれどこの時はそういうものかと納得してしまったのだ。これは失態だったとメイコはずっと思っている。
「直せるの? なぜ?」
邪魔かな、とも思ったのだが手持無沙汰でなんとなく気まずくて、つい言葉が出てしまった。カイトはくすりと笑んで、手袋を脱いだ。膝に乗せてチェーンに直接触れる。
「商売道具の一つなんです。このくらいなら直せなくては、支障がありますから」
ちょいと指さされたすぐ傍には、白い自転車が置かれていた。後ろに荷台などもついて、メイコのよりも幾分素気ない雰囲気のものだ。
納得して、けれどもう一つある。
「このくらい?」
ええ、と頷き、カイトは少し喩えを探したようだった。
「下駄の鼻緒が解けたようなものです。切れてもいないから、結び直すのも簡単ですよ」
そんなものか、と思いながらも手元を覗き込んでいると、カイトはチェーンに指を掛け直接に引っ張っている。気が咎めて、メイコは呼びかけた。
「ねえ、そこ。触ってはいけないと言われたわ」
自転車をくれた叔父が乗り方を説明した時に、タイヤとペダルとそのまわりには絶対触れてはいけない、と言ったのだ。危険だから、と言われた。メイコは素人だし、カイトは玄人ではないにしても道具として親しんでいるから、安全な触り方を知っているのかもしれないが。
仰った方は、とカイトの声は変わらず、木の芽を撫でる風の穏やかさだった。
「お嬢さんの手が汚れるに忍びなかったんでしょう」
え、と呟いてメイコは言葉を呑む。その一言が理解できないほど、愚鈍ではない。叔父の親切が、カイトに申し訳なかった。メイコの代わりに、カイトの指先が機械油に黒くなっている。
「……ごめんなさい」
気落ちした声を、青い眸は振り返る。春の淡い空の色の眸。その冷めたようにも見える薄い色は、くすりと微笑んだ。
「いいえ。お気になさらずに」
カイトは汚れた手にそのまま手袋をかぶせ、立ち上がった。内側が汚れてはいっそうひどいのではないだろうかと戸惑ううちに、気付けば、ちょっと上から見下ろされていた。女性のメイコよりも青年の方が背が高いのは当然だ。作業する手元を興味から覗こうとカイトの真後ろに立っていたものだから、ふたりの立ち位置はメイコが思うよりも近かった。淡い青い目はもう間近に感じられた。
里山でお転婆をして過ごしてきたメイコだが、こういった方面は却って疎い。同じ年頃の男性とこんな間近になることは久しくない。歴とした婚約者があるのだからと言われ、ある頃から男性どころか男の子すら隣に置かれずに来た。良くないことだ、と思ったのだが体は動かない。一歩でも下がれば良いものを、空のひと匙を掬ったようだ、などとまじまじ見詰めてしまう。
その眸が細められ、白手袋の手がゆっくりと持ち上げられた。
「失礼」
断りを聞いても身を竦めてしまう。だとすれば突き飛ばしでもすれば良かったのだが、とっさにはできなかった。ぎゅっと目を閉じていると、指先が少し髪に触れ、去っていった。
恐る恐る目を開く。カイトは互いの視界の真ん中に、人差し指と親指で摘んだ形の指先を掲げていた。
「申し訳ありません。髪に、花が」
開かれる指の隙間から、ひらひらと薄紅色の花びら一枚零れていく。メイコは全身に熱の上るのを感じた。耳の奥がきんと鳴り響くようだ。
「あ、ありがとう、ございます」
声は震えた。恥ずかしい。
「どういたしまして」
答えるカイトの声は平然として、いっそう恥ずかしかった。カイトは踵を返す。彼の白い自転車のハンドルに手を掛けた。仕事の半ばだろう。それなのにメイコが困っていると見て、足を止めてくれたのだ。恥ずかしいことだ、とメイコは思った。
恩を受け、きちんと礼をしないのは、恥ずかしいことだ。
「あの!」
自転車のスタンドを足で跳ねて、立ち去り際だったカイトは呼びかけに振り向いた。
「ありがとうございました」
ふかぶか頭を下げたメイコに、どういたしまして、と答えは返る。
「大したことはしていません」
メイコはそれに頭を振った。
「すごく助かりました。今度、お礼をさせてください」
カイトは何がしかを思ったようだった。眸はメイコを見詰め、少し、押し黙った。言うことが決まっていて、言葉を探すのではない。言うか言わぬか迷うような間だった。
そして一つ、肯いた。
「今度、お会いしました折には」
そして、学校にお急ぎでしょう、とカイトは言った。
その言葉にはっとする。ついたら昼にでもなっているかもしれない。メイコは慌てて自分の自転車に跨った。
「今度、必ずね!」
ペダルを踏むと、ついさっき頑として進む気配のなかった自転車は滑るように走り出した。春の土手縁の道、桜並木の向こうに桜色の背は遠のいていく。そのメイコの背を、お気をつけて、とカイトが見送った。
「まだ乗り慣れてませんでしょうから、お気をつけて」
ぐいぐい扱いで、もうずいぶん行ってしまっていたメイコにはその声は届かなかった。カイトはメイコの背が見えなくなるのを見送り、それから向き直り、改めて自分の自転車のペダルに足を掛けた。
そしてふ、と。
気付いて左手の指先を見遣る。人差し指と親指。メイコの髪に触れた指だった。
目を細め、口角を上げる。思い描くのは触れたはずの髪。ふくよかな啓蟄の土の茶色。手袋越しにすべっていった感触を思い描く。小さく小さく微笑んで、カイトは指先を唇に押し当てた。
そして呟く。いつの日にか、また。


(後略)

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