カイメイ中心
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メイコ愛をこっそり謡う
人魚と人形の話と並行するのも考えかけた昨日だったのですが、やっぱりこちらを先にしたいと思い直した次第です。
伯爵家の庭を見慣れたメイコをしても尚、侯爵家の庭はまだ広い。赤く開いた冬薔薇をラウンジの窓辺に覗かせているのにも感嘆した。
へえ、と窓辺から振り返る。だが話題は庭に咲く花でなく、花のような少女だ。白いかんばせとエメラルドの宝玉のような眸、同じ色の長い髪。リンとレンが出会ったときにも、同じように二つで結んでいたと言う。
腰かけたメイコの膝に乗るようにして腰に抱きつき、リンが目を輝かせた。
「ミクはすごいの!」
今ではすっかりそこがリンのお気に入りだった。十四の歳にしては稚い所作だが、メイコは敢えて咎めだてはしない。侍従を追い出して、他人と目する者の目がなくなってからでないとしないところを見ると、どうやら心得ているらしく、甘えているだけなのだろうと思うからだ。歳の離れた妹に甘えられて疎むような、捻くれた態度は取れなかった。
冬の陽の射さない日にも陽だまりのような金色の髪を撫でると、こそばゆそうな笑声が零れる。メイコにもやはりリンは可愛かった。
「ミクに教えてもらって、人を見てみるようになったの。それまではみんな同じでつまらないと思っていたのに、誰ひとりだって同じでなかったのよ!」
言葉にすれば至極当然。だが忘れてしまうのは簡単なことだ。リンは大発見のように伝えてくる。無邪気な喜色に彩られた眸から、ミクの影が覗き見えた。
「それでね、声をひそめてそうっと話すの。内緒話はみんな、本当のことだって思うんだわ」
人差し指を瑞々しい唇に軽く触れさせ、秘密を象って見せる。趣味の良い遊びとも思えないが、垣間見せる態度と合わせてみれば、ミクと出会う前の鬱屈もどことなく伺えた。倦んだ気持ちをそのままに腐しているよりは、リンのためには良かったのだろう。ミクが誰なのか気になってしまって、少しでもと情報ほしさに尋ねたのだがきまりが悪かった。
リンは温もりを離さぬと言うように抱きついたまま振り返る。
「ねえ? レン」
距離を置くように窓辺からは離れた場所に椅子を置くレンも、同意を求める問いかけにはこくりと頷いた。リンと同じスカイブルーが、探るようにメイコを一瞥する。思わず苦笑した。
内心はよくわかる。メイコがミクを見定めたいと思うのも、きっとほとんど変わらない気持からだ。
悪しであれば許さない、などとは思わない。彼女が悪事を働いているならきっと暴く、などと考えているわけでもない。正義の代弁者を気取るつもりは、メイコには更々なかった。
本来であれば、あるいはその言が真実であればカイトの妹であるはずの少女。けれどメイコは疑っている。彼女の正体を確かめておかなければ、何か不利益を被るかもしれないし、不利益を被った時に身動きがとれないかもしれない。それは困る、と思うだけだ。
困る。もしもミクが正統の王女でないなら、累はカイトに及ぶ。秘されてはいても、玉座を継ぐ資格を有しているのだ。カイトが自身で玉座を望むと言うなら別だが、政争の具にされるならメイコには許せない。
けれど。
「リンはミクが大好きなのね」
やわらかな金の髪が揺れ、返答も弾む。
「勿論!」
メイコの懸念には気付く様子もない。その点もメイコを心苦しくさせた。
細い肩がくすくすと揺れる。メイコの内心を捉えた様でもない反応に、不思議に思って首を傾げた。リンはメイコを見上げ、他意なく笑う。
「メイコったらミクと同じことを聞くんだもの」
撫でる手が思わずぴくり、跳ねた。
「え……」
驚き瞠った榛色に、リンの方が驚いたようだった。きょとんとした顔で見返してくる。
「メイコのことが好きなのね、って聞かれたの。勿論好きって答えたわ!」
肩から力が抜けるようだった。そうなの、と答える声からも気が抜ける。
ミクもこちらを探っていたのだろうかと思った一瞬の誤解も、穿った誤解を抱いた自分も恥ずかしい。疑り深くなっている自分を恥じてしまうと、疑ることそのものさえも恥ずべきことのように思えてくる。苦笑いを浮かべたメイコを、レンがじっと見詰めていた。
リンはメイコの腰に回した腕に力を込める。伏せるように頬を寄せ、冬空色の眸は見上げてこない。独り言ちるように呟いた。
「メイコは好き。ミクも。でも、ルカは嫌いよ」
呟き落とす言葉はメイコに向けられた様子はない。思い返すような、記憶をなぞるような。
「リン」
何をか。
掴み損ねてはいたが、諭さなければと思った。善くない考えに囚われている、そんな気がした。
だがリンが呼ぶ声に仰ぎ見た時、計ったように扉が鳴った。三対、視線が振り返る。扉の向こうからの声は、遅れた客人の来訪を伝えた。
リンが顔を輝かせた。レンは少し安堵したようだった。メイコは複雑だった。
ドアが開かれて、ミクが入ってくる。にこりと微笑んで白いスカートの裾を摘み、礼を取った。
「お招きいただき、ありがとう」
翠の眸が艶然と微笑んだ。リンとレンは明るい声で挨拶を返す。後ろめたさも相まって、メイコは伏せるように深く辞儀をした。
下げた視線を再び上げ、目に留めたミクはやはり白い花のような少女だ。リンの人懐こい笑顔に微笑みを返す横顔には、何かが鳴らす警鐘も空音に聞こえてくる。
「もう、今日は来られないんだって思ったわ!」
リンの声は明るい。答えるミクの声音もやわらかく、甘やかだ。
「ごめんなさい。少し寄るところがあったものだから」
薄桃色の唇が端を上げる。それを確かめさせるように、翠の眸が返り見る。
「今日はちゃんと知らせていらしたのね」
皮肉かな、と苦笑いを返す。恥入る風で、だ。リンやレンの目に留まっては困る。この歳なら、まして遊興に飢えたこの双子ならばきっと真似をする。
手本にならない姉の自覚はあるのだ。せめて悪影響だけは避けたい。だがメイコの心中をどう取ったか、ミクはますます笑みを深めた。
「お兄様が」
榛色は瞠られる。
「その言葉に貴女を信じて待つ方なら違っていたのでしょうけれど」
リンでなくレンでなく。不意に示された存在に注意は絡めとられる。
ここに於いてミクが匂わせるように示すなら、何か意味があるのかもしれない。それともまた、からかいのつもりだろうか。気取られないように深く息を吐き、思考を落ちつけた。
平然を装って問い返し、彼女の意図を解すべきだ。そう思った。単なるからかいならばそれが幼稚でそぐわぬ行為であることを、何らかの意思を示しているならばそれに対するメイコの意志を、示すべきだと思ったのだ。だが。
再びのノックに阻まれる。
予定されていた来客でないのは、リンの怪訝そうな表情が物語っていた。レンが誰何すると、戸惑う様な声音が入室を請う。侯爵家の侍従らしかった。
しかしリンやレンが応えるより先に、その声は荒げられる。攻防らしきもの音のあと、ドアは勢いに任せたように乱雑に開かれた。
「伯爵……!」
咎め立てる声は不貞者の侵入を阻めなかった侍従の声だ。気の弱そうな壮年を差し置いて、青年が前に立つ。闖入者の青い眸は高圧的な輝きでもって室内を見渡し、それでも目当ての姿に留まって、綻んだ。
「迎えに来たよ、メイコ」
思わず。内心を隠せず、眉根を寄せて額を抑えた。リンは逆毛を立てる犬の仔のように怒気を見せているし、レンも眼差しが鋭い。ミクは平然としてどう考えているかはわからないが、面白がられているのだとしたら尚不本意だ。
メイコは咎める意味を込めて睨んだが、歩み寄ってまだ、カイトは悪びれない。優越感を見せつけるような笑みの奥には、喜びや所有感や、単純なメイコへの想いがあるんだろう。年少の男の子がするような顔だ、と小さく思った。
メイコは開きかけた口を噤んだ。浮かぶ言葉は、敢えて衆目の前で晒すようなものではない。
一つ、苦笑の息を吐く。
「仕様がないんだから」
リンとレン、そしてミクを顧みて非礼を詫びた。リンが泣き出しそうな赤い顔で頬を膨らませている。名を呼んで、謝ろうと手を伸ばす。
「リン……」
ぱしりと小さな手が翻り、撥ね退けられた。スカイブルーが涙目で睨み上げてくる。唇が戦慄いたあとにきゅっと結ばれ、リンはくるりと背を向けた。
振り向きもしない。駆けて部屋を出て行ってしまう。メイコは撥ね退けられた手を下ろし、握り、ごめんなさい、と呟いた。
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