カイメイ中心
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メイコ愛をこっそり謡う
カイトが天然タラシ。を書きたかったです。まる。
カイトは人の子だった。おっとりとした、どちらかと言えば気弱な性質であったのだろう。運動も得手ではなかったろうに、舟遊びの子供たちに交じっていたのはきっと、どうしても断れなかったからだ。
その日はまだ夏も浅い、岸辺にはスミレの花の揺れる日だった。川の上の辺りでは雨も降りたとコチドリに聞いたから、何かあってはと小舟の下について見守っていたメイコの目の前に落ちてきた。
服は水を含んで重くなる。それに焦ってもがいているのを掴んで舟の傍、水面に向けて押し上げた。メイコには珍しいことでもない。
岸では少し騒ぎになったようだった。泳ぎの拙いのが水に落ちたことや、その割にすぐに浮き上がってこれたこと。そしてその少年が何者かに助けられたと訴えたらしかったこと。
だがそれらすべてメイコの預かり知らぬことだ。こんなことはこれまでに幾度もあった。いずれのときも人はやがて飽きた。
季節の変わる頃にはやはりすっかりと平生を取り戻し、人は時折涼を取りに来るだけになった。川が航路であった頃に比べれば、見上げた川面に行き交う舟も少ないものだ。水に落ちた少年の姿は、メイコの記憶の中にも一つ風景として過ぎ去ろうとしていた。
盛夏の午後だった。水底に揺蕩い、川面を空と仰いで陽光の揺れるのを眺めていたメイコの前に、カイトは再び落ちてきた。
今度は小舟の腹は見られない。メイコは抱きかかえるようにして岸まで引き上げた。岸に連れ上げ、げほげほと咳き込みながらも呼吸を得ているのを確かめて身を返した。
けれど水に戻ろうとした、その腕を掴まれた。気管に入り込んだ水を苦しげに吐きながら、カイトは確りとメイコの腕を掴んでいた。
「待って」
そう言ったのだろう。吐く呼気の粗さで音はほとんど出ていなかった。
仕方なし、メイコは隣に腰を下し、少年の薄い背中をさすってやった。青い眸が潤んで細められた。
「ありがとう」
予想をしていなかった言葉だった。メイコが目を瞬かせると、カイトは顔を赤くしてはにかんだ。
「お、お礼を言いた、くてその……」
「わざわざ落ちてきたの?」
メイコが尋ねると、今度は彼の方が驚きに見開いた。
「化け物が口を利けると思わなかった?」
皮肉めかして小首を傾げて見せると、カイトは慌てたようにぶんぶんとかぶりを振る。濡れた青い髪が弾く水滴が、夏の陽光をきらきらと反射していた。
「あな、たは 化け物なんかじゃ、ない」
メイコの腕を握る手に力がこもる。幼い少年の稚い膂力であるはずなのに、振り切り難い熱を感じた。
「さいしょ、も、今も。あなたは 迷わずにぼ、くを、助けてくれた」
かつて人であった時にさえ覚えたことのないような熱だ。干上がってしまう。
潤む青い眸から顔を背け、離して、と呟いた。正視さえできなかった。
メイコの呟きにカイトは慌てたように手を放す。ごめんなさい、と言いかけて舌を噛んだ。
そしてまた、じっとメイコを見る。メイコを見詰め、くしゃりと破顔した。
「笑う、とかわいい」
その一言にメイコは胸中動転した。得体の知れぬ身を忘れて、得体の知れないものを見る眼差しをたかが人の子供に送ってしまう。笑うと言ったってそも、カイトの慌て振りがおかしくてつい頬が緩んだだけだ。
それだけなのに、そんなことを言う。息をつき、表情を改め、声を整えた。
「そうやって、からかうものではないわ」
変わらず、正視はできない。川面の方に目を遣り、陽光の煌くのを見ながら言うと、縋るような懸命な声音が返ってきた。
「からかうとか、僕は、しない」
その声に、言葉に、メイコは全身が熱くなって、身を翻した。今度こそ本当に干上がって、干からびてしまう。そう思えた。
水の中に潜っても、体中の熱さが、特に顔のほてりが引かない。水面には少年の声が響いている。
嘘じゃない。からかってなんかいない。本当にそう思ったのだ。
声は切実で、それら言葉に虚飾のないことを伝えていた。メイコは浮き上がり、川中の水面に半身を覗かせた。
「嘘、とは思わないわ」
メイコが告げると、少年の面差しは幼く輝いた。その一笑は、友誼を交わす相手もなく暗い水底に沈んでいたメイコにはあまりに眩かった。また訪ね来たいと言うカイトを邪険にできず、諾々と頷いてしまったのはそのためだ。
「ぼく、は カイト、と言います。あなたは?」
名乗る名などない。その答えもあった。名を聞く相手はなく、名乗る相手もなく、異国の哀れな少女の名でローレライと呼ばれ続けてきたのだ。その名を告げても良かったはずだった。
けれどふと、何の気の迷いであったのか、以前に呼んだ人の顔の覚えも危うい古びた名を口に乗せていた。
少年がそれを、嬉しそうに復唱した。
「メイコ」
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