カイメイ中心
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メイコ愛をこっそり謡う
初出:Pixiv
始まりは、十日前。一月の終わりのことだった。
風の冷たい薄曇りの、洗濯には少し向かない日。それでも雨続きの間に溜まった洗濯物を片付けておきたくて、二人で住むにはちょっと広い家の廊下で彼女の姿を探していた。
「メイコ? メイコー? 」
とは言え、単に洗濯機のある風呂場からリビングまで歩いていただけだ。今日は忙しいメイコの限られた休日で、出かけていないならリビングか自室でくつろいでいるはずだ。
案の定、小柄な後ろ姿はリビングにあった。電話の前に立ち、受話器を手に幾度か頷いているのがドアの飾りガラス越しに見える。
カイトがドアを開けるのとメイコが受話器を置くのはほぼ同時で、声をかけるまでもなく、紅茶色の眸がゆっくりと振り返った。カイトの姿を目に留めて、その表情は明るく輝いていた。
「『初音ミク』が来るわ」
その名前は知っている。同じボーカロイドとして会社から情報は来るし、開発の参考に呼ばれたりもしていた。ここに来る、ということは製品化が成功したということなのだろう。
メイコの語るのを聞くと、製品化はおおむね済んで、今回は一般的な生活に慣れさせ、その中でのストレスの蓄積やそれに対する反応などの確認をしたいと言うことらしい。ひと月ほどの滞在のあとはまたラボに戻るが、発売されれば一緒に住むことにもなるし、カイトやメイコたちに対するテストでもあるのだと、開発者は隠さなかった。
これはカイトたち、特にメイコに対する信頼だろう。
「初めての妹だね、って言われたの」
綻ぶ花の笑顔でメイコが言う。カイトはその言葉に射抜かれて立ち尽くした。
妹。ならばカイトは弟だということだ。握った拳の中で爪が掌に食い込む。カイトにとってメイコは姉じゃない。
姉じゃないのだと今更に再認識する。
『初めまして』
そう言ってくれた微笑みを覚えている。
『私はCRV1、MEIKO。メイコ、よ』
耳朶をくすぐった声音は忘れ得ない。一目で、一声で恋に落ちた。恋という歌よりも先に、その気持ちを知った。
「カイト?」
その愛しい声に呼ばれ、カイトははっと我に返った。
「どうしたの? どこか具合でも…」
いつの間に近づいてきたのかメイコが目の前にいて、そっと手を伸ばしてきた。青い前髪を掻き揚げて額に触れようとする。
思わず背を仰け反らせてその手を避けた。頭一つ分と少し、カイトの方が背が高いから、そうすればメイコの手は額には届かない。
「あ、いや…」
とっさの行動と落ちた言葉。ふ、とメイコの表情が曇った。
「嫌?」
「違う! そうじゃなくて、大丈夫だから。平気だから」
拒絶じゃない。その意思を伝えたくて紡ぐ言葉が白々しい。揺れる澄んだ眸は思わしげにカイトを見詰めている。
「ごめんね、初音ミクのこと。勝手に引き受けちゃって」
申し訳なさそうな声と表情に、カイトは首を振った。
「いや、いいんだよ。全然嫌じゃないし」
でも、と引き下がろうとするメイコに向け、カイトは無理矢理に笑顔を作った。それよりも洗濯物はない、と尋ねればそれ以上追求してこないメイコの優しさにつけ込んで。
---続
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