カイメイ中心
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VOCALOID二次創作小説サイト
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メイコ愛をこっそり謡う
ルカさん、大好きです。
むしろ嫌いなボカロいません。
不憫な役回りになるこがいても、愛です。本当です。
むしろ嫌いなボカロいません。
不憫な役回りになるこがいても、愛です。本当です。
侯爵の家に、ルカは生まれた。だが傅く使用人の誰も彼女を、ルカ様、と呼び、お嬢様、とは呼ばなかった。ルカは正妻の子ではなかったのだ。
珍しくもないことだ。幼いながらにも、ルカは理解していた。
だが使用人たちのよそよそしさも、父のそっけなさも今のうちだとも思っていた。ルカが才覚を見せ、爵位に相応しい淑女となれば立派な婚姻者をあてがい、きっと侯爵夫人として認めてくれるだろう。そう思っていた。
母については仕方ない。血のつながりのないものを、それでも認めるというのは難しい。それでもルカ自身が侯爵夫人として立てば、認めざるを得ないだろう。愛情という点については期待できなくとも、少なくとも認めざるを得なくはなるはずだ。
妾腹も昨今では珍しいわけでもない。機会のないわけではないのだ。才覚と、努力。それがあれば幸せはきっとつかめるのだと。
信じていた思いは裏切られた。
侯爵である父、そして正妻である母との間に子供が出来たのだ。女と男の双子だった。
五つ下の妹弟は、その存在だけでルカの立場を揺るがすに充分だった。使用人たちはお嬢様、坊ちゃん、と二人を呼び、母は彼らに子守唄を聞かせていた。
本来ならば乳母のすることだ。偶然聞いてしまったルカの衝撃は大きかった。
いつもというわけではないらしかった。常にはルカと同じように乳母が、赤ん坊の妹弟の世話を何くれとなくしていた。
それでも母の子守歌になど縁のなかった胸の棘は抜けず、もう一度歌声の聞こえた折に一度、こっそりと覗いた。扉の隙間から覗いたルカに、母は気付かなかったようだった。ルカは目を瞠った。
母は泣いていた。
表情もなくそっと赤ん坊の頬を指先で撫で、数え歌を歌いながら涙を零していたのだ。立ち竦んだルカの耳に、密やかな母親の声が届く。
『メイコ』
妹の名ではない。弟の名ではもちろんない。
戦慄く指先を必死で押さえながら扉を閉ざし、ルカは踵を返して駆けだした。拍動が自分のものとも思えないほどに高鳴っている。駆けて駆けて、ルカは自室に駆け込み、ドアを閉ざすとベッドに倒れ込んだ。
耳朶に残響が消えない。母にあんな風に愛おしげに呼ばれる名を、ルカは知らない。
ルカも、妹も、弟も。父にさえもそんな風に声をかけたりはしない。淑やかで、決して強く意思を示す人ではない代わりに、彼女が深く愛情を見せたところなど知らない。
そしてルカはわけもわからず泣いた。何が悲しかったのかは今もわからない。一生にこの一度だけ泣き疲れて寝入り、その名はルカの脳裏に刻みつけられた。
その名が、今まさにルカの目の前にいる。
・・・
ルカは秀麗な柳眉の末を上げ、目前の女性を上から下までじっくりと見遣った。
伯爵家の、下女に置くにも相応しくない。端整な面差しがますます歪むのを、ルカは自分で感じていた。
ルカはこの伯爵家に足繁く通っていた。呼ばれずとも訪ね、多少疎まれていたであろうことも承知の上だ。それでも、何としてでもこの家がほしかったのだ。
侯爵家を譲り受ける希望は潰えている。妹にしても、弟にしても、正式の血筋たる彼らがきっと持って行ってしまうだろう。だが幸福を得る希望を諦めるつもりはなかった。
傍流になるとはいえ侯爵の家筋。必ず望まれる。思っていたルカに紹介されたのがこの伯爵だった。
歳の頃はルカと変わりない。見目も際立ち、穏やかな好人物と知られている。サロンでも格好の噂の人物だが、恋人はいないと目されていて、淡い期待を持って声をかける淑女は引きを切らない。
多少無理をしてでもアプローチをかけなければ、奪われる。才覚と努力で以て待っていれば与えられるなんて、余程恵まれた、神様か何かに愛された人物だけなのだ。
そう思って幾度目か。約束も取り付けず訪ねたその屋敷には、見知らぬ女性がいた。胡桃色の手入れの悪そうな髪は短く、頬には首筋から這い上ってくるような引き攣れた傷跡。ヤマモモの実をいっぱいにした手籠を抱えた掌にも指は不揃いで、そもそも、なぜそんなものを抱えているのだ。そんなものは女中なり下女なりの持つものだ。
けれど下女ではない。身を包む丁寧にあつらえられた平服を見れば、彼女の立場はひと目で知れる。そのひと目に、ルカの唇は驚愕に震えた。
平服であるのに意匠を凝らし、どれだけの苦心と労力を込めて作られたものかがわかる。そんな衣服を着ることのできる女性、それはルカの知る限りただ一つの表現で示される人だ。
愛されている人。
許せなかった。これほど苦心したのに、やはり横から浚われる。
しかもその相手が『メイコ』。耳の奥に血のつながらない母の呟きを残して止まない名前の相手。胸の内に沸いた感情は、ひどく表現しがたいものだった。声を上げて笑い出してしまいたいのを堪えたルカの表情は、ひどく歪んだ笑みになっていた。
間の悪い所に、と心中には思ったであろう伯爵が何食わぬ顔で現れ、ルカに対してではなく、メイコに対してルカの紹介を先んじたことにも腹は立った。抱えていた手籠にメイコは僅かに困惑の表情を見せ、それを小さく笑った伯爵が手籠を受け取った。
それからメイコは深く染められたスカートをつまんで礼をした。礼を取られれば返さざるを得ない。頭を下げるのも嫌だったが、ルカは手本を見せるほどの気持ちでスカートをつまんだ。
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