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カイメイ中心 * VOCALOID二次創作小説サイト * メイコ愛をこっそり謡う
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2024/11/23 (Sat)
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2011/12/07 (Wed) Comment(0)
これより第二部。





 
ミク、と彼女は呼ばれている。もしくは『殿下』と。
だが彼女は身分を偽って『ミク』を名乗り、臣下たちのサロンやダンスパーティに現れる。限られた人間だけが彼女の真の名を知り、そして敢えて呼ぶことを許されるのだ。
ミク、と。
幾分か幼く見えるので変装がてら髪を二つに結び、ミクは今日もある貴族主催のダンスパーティに紛れ込んでいた。国を一つ預かる身分ともなれば、招待状の一つや二つ、どうとでもなる。
色取り取りの衣装に身を包んだ煌びやかな女性たち。見目麗しい女性をエスコートする紳士たち。彼女ら、彼らの合間を縫って、ミクはエメラルドグリーンの眸を輝かせていた。
捜しているのは、一人だけ。幾人かは歳幼い闖入者の、あるいは目にするにも貴い人物の存在に気付き、視線を送ってくるがミクの興味はそこにはない。白絹のドレスの裾を翻し、群衆の合間を縫う。
人々に視線を走らせていたエメラルドが、やがてひたと一人を見据えた。薄桃色の唇がゆるく弧を描く。
「いた」
ミクは歩を速めた。ダンスホールの壁際に、目にも鮮やかな青い髪が窺い覗く。その長身の、その髪の色の。ミクが捜していたその人に違いない。
愛らしい面差しに笑みを浮かべ、ミクは小走りに人波を縫う。長い緑翠の髪をなびかせ歩む様は、パートナーはなくともまるでワルツを踊るようだった。
軽やかに歩み寄ると、その人は二人ほどの女性に囲まれていた。ミクはくすりと笑う。片やある子爵の次女。もう一人はその従妹。先月のダンスパーティでは別の男性に声をかけていた。その男性はどこの名家の息子だったか。
つまらない。ありふれたお話過ぎて、何の興もそそられない。
「お兄さま!」
ミクは呼びかけながら走り寄り、二人の女性の間を割った。青い髪の青年伯爵に体当たりに抱き付くと、驚愕の眼差しが三対。そして。
少し質すように、穏やかな声音が降ってくる。
「ミク」
声を微笑み見上げ、ミクは小首を傾げて見せた。
「お久しぶりね、お兄さま」
背後で口をパクパクしている淑女が二人、目に浮かぶようだ。青藍の眼差しだけが見咎めるように険を含んで見下ろしてくる。
「まったく。誤解を与えるだろう?」
そしてミクの手を取ってきちんと立たせると、二人の淑女に向かって微笑んだ。偽りの家筋、偽りの爵位。遠戚なのです、と言われれば二人の淑女は頷く以外にはないだろう。
改めて紹介を受け、ミクはスカートをつまみ上げて一礼した。礼を取られてしまえば、彼女たちがどんなにミクを忌々しく思っていたとしても、礼に則らずにはいられない。不請不請と顔には書いて、二人の淑女もミクに名乗り礼を取ってきた。
内心に何を抱えようとも、表には笑顔と礼儀正しさの仮面を貼り付ける。それが出来なくてはこの社交の場で熟達はできない。
そういう意味では、この隣に立つ青い髪の青年伯爵を、ミクは貴族社会の熟練者として評価していた。
「申し訳ありませんが私はここで失礼を。この不肖の『妹』を指南してまいりますので」
穏やかに微笑むと、ミクの手を引き颯爽と歩きだした。ステッキを突きながらであるのに足並みを崩さず人波を縫っていく。道すがらウェイターを一人捉まえて、妹の気分がすぐれないようだから部屋を、と言付けた。
この言付ける相手一つを取っても、彼の目敏さがわかる。客分として、まず声をかけるのはウェイターであるとしても、一番仕事の早そうな人物を選ぶのだ。そんなミクの想像違わず、声をかけられたウェイターは即座に二人を案内してホールを出た。
ホールを出ると近侍と女中が控えていて引き継ぎ、二人を客室へと先導する。案内された部屋はラウンジのようなもので、本来の意味での客室のようにベッドの置かれた部屋ではなかった。
多分、彼は安堵しただろう。
「なんだ、残念」
扉が閉まり二人だけになって、ミクはわざと笑った。
「妹、なんて適当な嘘だと思ってくれるかと思ったのに」
青い眸が心底忌々しそうに睨みつけてきた。
「冗談でもやめてくれ。言わなくてもわかっていると思うけど、わざわざ、妹だと言ったんだし、わざわざ、妹なんだと受け取ってくれそうなのを選んで声をかけたんだ」
わざわざ、に強調を置いた物言い。エスコートも放り出し、一人で歩いて行くとカーテンのかかった窓際の、揺り椅子に一人で腰を掛ける。閉め切られた厚い布地の向こうでは、細い月が天辺にかかる頃だろう。
呆れたように息をつき、ミクは歩み寄って行って見降ろした。
「こういう場合、女性に先に席を譲るのではなくて? お兄さま」
はっと息吐くように笑いを吐き零して、青い眸が見上げてくる。
「お前が力いっぱい抱きついてきたのを踏みとどまったせいで足が痛いんだよ、ミク」
嘘でもあり、本音でもあるだろう。ミクはにこりと笑みを作り、それも、と答えた。
「残念でしたわ。今をときめく青年伯爵の失態を、演出してみたかったのに」
やっぱりわざとか、と呟く彼の義足の話は聞いている。知り合って幾許かした折に、足の悪いのは病か何かか、と尋ねたら、ない、と返ってきた。
左足は義足だよ、大切な人と一緒に奪われたんだ。
カイトはそう言い、笑ったのだ。
王位継承者の役を16年、演じ続けてきたミクだが、人を恐怖させる笑い顔に出会ったのは、その時だけだ。数多の人間に傅かれ、妬みも嫉みも眺めてきた。喜びや悲しみや、そんなものよりは羨んだり憎んだり、そんなものの方を多く見てきただろう。そのミクをして、いっそ感心させられるほどだった。人間は、こんな顔もできるのかと。
カイトの腰掛ける揺り椅子の肘置きに手をかけ、僅かに力を入れた。立て懸けたステッキが、からりと音をたてて落ちる。青い眸は疎ましげに仰ぎ見、その眼差しにミクは確信を持って微笑み返した。
「ミクが尋ねようとしていること、お察しでらっしゃる?」
迂遠な会話は貴族の間には日常だ。それなのに。
いつもならばこんな言い回し程度では乱されることのない眸が、あの日絶望の淵を覗くような眼差しを見せた青い眸が、むくれた少年のように睨み上げてきた。ミクは可笑しくてたまらず、声を上げて笑ってしまった。
「うるさい、黙れ」
「凄味が足りませんわ、お兄さま」
笑い止め、ミクはテーブルを挟んだ向かいの揺り椅子に向かった。髪と裾を翻して座ると、椅子は心地よく軋む。改めてミクが見詰め小首を傾げると、カイトは奥歯を噛みながら頬ステッキをついた。
「そんなに大切な方でらっしゃるの?」
ごく最近、彼が何者かを家に迎え入れたことは、すでに複数の耳聡い貴族の知るところとなっている。家の印章を入れた馬車で迎えに行ったのだ。話題にならないはずがない。
どうやら姉を名乗る人物らしい。カイトの腹違いの姉で、だがその人ならば彼が片足を失った事故の折に死んだはずだ、と噂が囁く。
だが噂など、所詮は流言だ。人の口に戸は立てられず、人の口から口へ、戸もなく流れた言葉が元の形を止めているはずがない。
探れば隠された事実は限りなく、さてカイトはどこまで知っているだろうか。あるいはミク自身、どこまで知っているのか。どれほど事実を確かめても、最後の最後で知り得ぬ部分は出てくるからだ。
ミクの細めた眸を、忌々しげに睨み返していた青い眸がすいと逸らされた。
「貴女には命よりも大切なものはあるかい?」
その問いに、ミクは驚き瞬いた。問いに問いで返すのもまた常套。けれどその内容が意外なものだった。
「まさか『命よりも大切』とでも? 貴方がそんな陳腐な表現で、その大切な方を評するの?」
自身を至上と想定し、更にその上を仮定する。ミクは陳腐な表現と言ったが、彼女の本心をなぞらえば、つまらない、だ。ありふれているのだ。そんな考え方は。
けれどカイトはかぶりを振った。そして一言、違う、と言う。
ではなぜ、と尋ねるミクに、カイトは答えろと譲らない。くだらないと思いながら深い息をつき、ミクは仕方なしに答えた。
「だって、私には生まれた時から定められたものがあるでしょう? 私の命より、すべてより、大切なものが定められているわ」
それはこの国だ。この国の領地を、その地に住まう人々を。
守るためにこの命を費やすよう定められている。それは揺るがせられない事実だ。
定められた人生を憎む者もあるが、事実から目を背けるなんてくだらないし、無駄でしかないとミクは思う。定められているなら定められたなりに楽しめばいい。
「私は、答えたわ。さあ、貴方の答えは?」
尋ねたミクに、再び青い眼差しが返ってきた。俺もだよ、と呟いた口許には笑み。見詰められ、ミクは背筋がぞわりと粟立つのを感じた。
「俺も同じだ。任されて治める領地と、領民と。それらが俺の守るべきもので、命より大切なものだ。そう定められてる。そうだろう?」
爵位と共に委ねられる領地を、そう捉える貴族の今やどれだけいることか。けれどミクはそんな湧き上がる感慨に浸ることもなく、ただ平然を装うことで精一杯だった。
「だけど俺にはそんなものよりも、彼女が大切なんだよ」
薄ら笑う眸を彩る青は、彩りを幾許か変えて。
目の前のミクではない『誰か』を見詰める眼差しの、深さは変わらず底知れない。つられて笑い出しそうになるのを堪えながら、ミクはその言葉の意義を考えた。
ミクの知るカイトは、権威を道具として扱う人間だ。権威そのものほしさに策謀を張り巡らせる人間ならば、星の数ほど見てきた。だがカイトはそうではなかった。
道具としての権威をほしがる人間。それがひどくミクの目を惹いた。
声をかけてきたのはカイトの方からだった。お決まりのダンスパーティ。紛れ込んでいたミクに、次の伯爵、としての地位を誰の目にも固めつつあったカイトが声をかけてきた。セリフもお決まりの、一曲お相手願えませんか。
一曲踊って喝采を浴び、今日と同じに逃げるようにラウンジを借りた。声をかけた理由を聞いたら、ダンスが巧そうだった、と言う。ミクが辺りを睥睨し、面白そうな火種はないだろうか、と物色していたのを見られていたらしい。それだけ場慣れしていれば、よほど踊れるだろうと踏んだらしいのだ。
足が悪いから拙い女性をリードするのは難しい。だが踊れないと思われていては侮られる。そこで巧そうなのを誘った。そう話して、それからカイトは笑った。
貴女は、誰だ。
足が悪いから、などと随分内情を漏らすと思ったら、ミクを質問から逃さないようにするためだったのだ。自分も話したのだから、と。ミクは白状した。
以来、見かける折には声をかけた。身分を偽った折にも、偽らない折にも。
彼が伯爵位をほしがっているのは目に明らかだった。けれどそのうちに、本当にほしがっているのは位なんかではないとわかった。
本当にほしいものが手に入るなら、位なんて犬に食わせても構わない。
ふとした折に呟いたそれは偽らざる本音であり、それを聞かせて構わないと思う程度には心を許されているのだとわかった。わかったことは嬉しかったけれど、カイトは『本当にほしいもの』が何なのかは語ろうとしなかったのだ。
そのうちにカイトは家を継いだ。犬に食わせても構わない、とまで言った伯爵位と共に。
そしてカイトは手に入れた権を翳して姉を迎え入れた。だがここで一つ疑問がわく。
カイトはその双肩にかけられた位と、それに付随する義務を理解していると言う。地位にかかる責務を承知して尚、比されるその女性は、本当に、彼の『姉』なのだろうか。
「ミク」
ゆらりと椅子を揺らしながら立ち上がり、カイトはミクを見下ろしてきた。
「彼女に手出しは無用だよ。余計なことをすれば、ミクでも、容赦しない」
ミクでも。この国を統べる者でも。
足元に落ちたステッキを拾い上げると、馬車は大丈夫だね、と言って背を向けた。ホールを抜け出たのを幸いに、彼女の待つ屋敷に帰るのだろう。今からでは、夜更けになるだろうに。
ミクは冷静に、一つ至った結論を質す言葉を口にする。
「お姉様、なのでしょう?」
カイトは答えず、振り向きもしない。沈黙が如実に事実を語っている。
エメラルドの眸を細め、ミクは微笑んだ。
「ミクの二の舞になるおつもり?『お兄様』」
カイトは押し黙ったまま、けれど振り返った。青い眸が見詰めてくる。立ち止り振り返った眸に、ミクを突き放す冷たさはなかった。
「冗談にしても、奇抜すぎるよ」
ミクは小首を傾げるようにして肩を竦めて見せた。意外なところで伯爵の青年らしさを見た気分だった。
「あら、どちらが?」
二人の血の繋がりか、ミクの恋情か。
「でもどちらにしても気付いてらしたのではなくて? 片親違いなんて珍しくもないでしょうし、それに」
カイトは眉をひそめ遮った。
「それほど自惚れ屋ではないんだよ」
僅かに眉間のしわを解いて、小さく息を吐いた。そちらに触れたということは、もう一方にはやはり、勘づいてはいたということだ。
ミクが得心して笑みを変えると、カイトはゆっくりと踵を返した。
「お兄様?」
最初の問いの、答えを得ていない。一歩、踏み出した足がその声に止まる。
肩越しに少し振り返り、青い眸は僅かにゆるめられた。
「大丈夫。二の舞になる気はないよ」
言って笑った、その眸のもの悲しさにミクは知る。カイトの心中も振れているのだ。彼自身が気付いているか否かは別として。
一人残された部屋の中、ミクはゆっくりと椅子を漕いだ。籐製の揺り椅子は、ゆらりゆらりと揺れながら軋む。
もしも本当に彼女を傷付けたものなら、カイトは確実にミクを赦さないだろう。たかが伯爵筋の娘一人のために国が揺らぐ。考えるとおかしくて、ぜひとも手出し関わり、誼を結んでおきたいと思った。ミクの心を惹いた男の、心を占める女性とはどんな人物なのか。
知りたかった。そして。
それがもしもくだらない、つまらない女性なら。
さてどうしようかしら。呟いて、幼い可愛らしい王女は微笑んだ。

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