カイメイ中心
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メイコ愛をこっそり謡う
初出:Pixiv
誰かがいることをあまり想像していなかったカイトはルカに驚き、勢い良く開かれたドアに驚いたターコイズの眸が、次第に驚きを消し鋭くなっていったことに困惑した。
ゆらり、ルカが座っていたソファから立ち上がる。ソファと揃いで買ったローテーブルにはクッキーの入っていた皿と、ローズピンクのマグ。皿が空になっていて、ルカはネギクッキーを食べたんだろうかと不思議に思う余裕が、まだカイトにあった。
「えっと…ルカ?」
なんとか和んだ会話に持っていけないだろうかと言葉を探す。クッキーお粗末様でした、なんてのはどうだろう。思い至ったが、一歩遅かった。
長い鴇色をふわりと肩に掻き揚げ、眸のターコイズがカイトを射る。形の良い薄い唇が冷然と断じた。
「今日ばかりは、許しませんわ」
声が魂のボーカロイドだ。魂に想いを乗せて、響かないはずがない。そして。
カイトとて、受け手としても感覚を研ぎすまされたボーカロイドだ。ルカが魂たる声に乗せた感情は痛いほど理解できる。
と言うか、痛い。ザクザク刺さってくる。
「それは、許し難いことですわ。カイトさん」
氷のように冷たく燃える眸に、カイトは思った。ヤバい、死ぬかも。
「活け造りにして、天日にさらして差し上げます」
二人が対峙したリビングには、春まだ浅い午後の弱い陽が射し込んでいる。今日は珍しく兄弟全員が休日の、のどかなのんびりとした一日だったはずだ。どうしてこんなことになったのか。
走馬灯よろしく、カイトは一日の出来事を思い返した。思い返してみたら、のどかなのんびりとした一日なんかでは全くなかった。あらゆることがありすぎて、どれが原因だったのか本当にこれが結果なのかわからない。
困惑から立ち直れずにいると、爪先を眸と同じターコイズに染めた指先が、すいとカイトに差し伸べられた。涼やかなはずのアルトが、その涼やかさを掻き消して低く低く告げる。
「まずはその手にあるものをお渡しなさいませ。それはあなたが持っていていいものではありませんわ」
新しいPV撮影のための練習かと思うような、完成された仕草だった。ルカが私服姿でなく、巡る音をあしらった彼女のユニフォームを着ていたなら、それだけで一つシーンが出来上がったかもしれない。
カイトは呑まれそうになる気持ちを奮い立たせ、差し当たって自分の手に握られたものを確かめた。自分の手に何があるのか、それさえも忘れていた。
目をやった手の中にあったのは、メイコの下着だった。
「あ」
そうだった。さっきまで洗濯物を取り込んでいたのだった。
「え、でも、いや、これは」
メイコは自分の下着をカイトが触っても、限られた場合でもなければ何も言わない。家事の一端で触れるなんて今更だからだ。
それでも普段は、弟妹たちの前では触れたりしない。妹たちの下着に関しては、メイコや当人たちにいつも任せていて、カイトは絶対触れたりしない。それは、さすがに。
今日は、今回は、たまたまだ。
「いくら深い仲だからと言って、下着を握りしめて歩き回るのは変態です! 姉さまはそこまで許してらっしゃるんですか?! いいえ! 姉さまが許しても私が許しません!」
カイトは海青の眸を丸くした。
ルカは、今、なんて言った。聞き捨てならないことを言っていなかったか。
色々と。
「そもそも! カイトさんは姉さまの恋人だという自覚があるのですか? いつもへらへらとして、おかしな曲ばかりたくさんあるし…!」
「ちょ、え、あ? 待って? え?」
男兄弟が女性ものの下着を持っていることが、ルカには許せないのだとカイトは最初、思ったのだ。けれど、そうではない。
ルカの怒りはそこには向いていない。
「PVが変態じみていると言いました!」
「そこ?!」
見ればルカも柳眉の末をはね上げて、顔を赤くしている。怒りでオーバーヒートしかけているのかもしれない。
「いや、でもそれは仕事だし…仕事だったらめーちゃんもみんなも結構色々やってるし…」
ネタ曲を持たないボーカロイドなんて、実はいない。ネタもプロデューサーの情熱の結晶だとカイトは思っている。ヒトを楽しませるものを作るというのは、芸術を完成させるのと同じくらいの熱意がいるのだ。
「姉さまはいいのです!」
カイトはそれを聞いてちょっと冷静になった。つまり、それは、そういうことか。
得心して、カイトは尋ねた。
「ルカってめーちゃんのこと好きなんだ」
訂正。断定した。ルカの眸がすうっと細められる。メイコの癖が移ったのだろうな、と思った。
「敬愛してます」
ルカも冷静を取り戻してしまったようだった。こういうのは相手を引っ掻き回した方が優位なのに。
青い髪をかしかしと掻いて、カイトは小さく息をついた。
「あー…じゃ、単刀直入に聞いちゃうけど、なんでわかったの?」
メイコも嘘をつけないなりに隠していたし、カイトはカモフラージュに結構な尽力をしていたのだ。
「姉さまの話を伺ってればわかります。お世話になったひと月、口を開けばカイトさんのことばかり! しかもあんなにも愛おしそうに、誇らしげに語られて気付かない者がいるとは思えません!」
ベランダでの光景が思い出される。真っ赤になったメイコの横顔。本当に、目一杯カイトのことを伝えていたのだ。
「だだ漏れですわ」
そりゃ顔も赤くなる、とカイトは心中に独り言ちた。簡単に思い浮かぶのだ。眩しそうに目を細めて笑うメイコの姿が。
そこの青いヒト邪魔、と掃除中のリンに掃除機で吸われたカイトがどんな情けない声を出していたか、や。青いやつうるせえ、とレンにツッコミを食らってショックを受けていたカイトの顔。青いヒトがいると思ったらやっぱりお兄ちゃんだった、とミクに笑顔で声をかけられてヘコみにヘコんでうなだれていたカイトの姿も。
すべて目一杯に伝えていたのだろう。それが短所だとか、みっともない姿だなんて露とも思わずに。
顔を赤らめて照れるカイトを、忌々しげにルカが睨む。
「姉さまの心をこんなにもとらえたのは、一体どんな方なんだろうと思って…」
ラボに戻ったルカは、ライブラリーを漁って片っ端からカイトの歌を探し出したらしい。
「リン姉さまに教わった方法でデータベースにも入りましたわ」
吹き込むことは吹き込んでいたんだな後で叱らないと、とカイトは決意する。
確かにそんな変遷で見たのだったら、芸術的なものよりもインパクトの強いものの方が印象に残ってしまうだろう。そもそも、見始める前からある程度の敵愾心があったのだ。それにしても。
「ルカって…ちょっと屈折してる?」
好意を抱いた相手ではなく、ある意味ライバルである相手を調べ尽くしているなんて。
ルカは自分の身体を抱くように腕を組み、ふ、と唇に笑みを浮かべた。メイコにもよく似合う仕草だが、ルカにもまた良く似合う。灼き尽くす印象と、凍てつかせる印象の違いはあるが。
「姉さまの曲ももちろん探しましたわ。それで…姉さまとカイトさんが最初に歌った音を見付けたんですもの」
あの曲か。
「それで、しきりと聴いてたんだ」
カイトが頷くと、ルカも肯いた。
「ええ。私がラボで教わっていたのは姉さまと同じパートで…最初に歌ったときには姉さまが譲って下さいましたけど、得意ではない、と仰っていましたから」
カイトのパートを覚えてメイコと歌いたい、が正解だったのだ。諭す言葉をカイトは探す。
「ルカ…それは…」
『変』か『恋』かどちらかだよ、と。
頬を染めるルカを諭そうとした、そのときだった。リビングのドアの向こうでドタバタとした音と、二つのソプラノが切羽詰まった音で響いた。そして。
かちゃりとノブが回り、ドアが開く。
「もう…ミイラ取りがミイラは兄譲りね! ミクとリンは上に残ってる洗濯カゴ持って来て。カイトは持ってっちゃったそれ早く返して!」
洗濯物カゴを抱えたメイコだった。その後ろでレンはもう一つのカゴを抱え、ミクとリンは折り重なって掴み損ねた何かに手を伸ばして。三人ともが、同じことを言いたげな顔をしていた。
「あーあ…」
がっかりと、リンが代表して呟く。何のことだと言うようにメイコはリンを振り返り、カイトは深い息をはいた。
「めーちゃん」
呼ぶと怪訝そうに眉をひそめ、メイコがカイトをもう一度、返り見る。その紅茶色の眸の鋭さが、自分の一言で崩れるのだろうなと思うとつい苦笑がこぼれた。
「バレちゃった。でも俺のせいじゃないよ?」
「は?」
心底不思議そうに首を傾げるメイコは、予想通り、可愛らしかった。
---続
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