忍者ブログ
カイメイ中心 * VOCALOID二次創作小説サイト * メイコ愛をこっそり謡う
[35]  [34]  [33]  [32]  [31]  [30]  [29]  [28]  [27]  [26]  [25
2024/11/23 (Sat)
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2011/09/07 (Wed) Comment(0)
初出:Pixiv





ノックをしたが、ドアの向こうから愛しいメゾソプラノのいらえはない。こそりとドアを開けて窺うと、部屋はもぬけの殻だった。机の上に赤いマグが、午後の陽を浴びている。
カイトはドアを閉め、二階への階段を見た。午前中に兄弟みんなで洗濯をしたのだった。目一杯の陽光を浴びて、今頃気持ちよく乾いているだろう。一つ、息をついた。
二階に上がると、廊下の向こうにベランダへ続く引き戸がある。ガラス戸で、洗濯物を取り込むメイコの姿がよく見えた。
春はまだ浅い。冬の名残りの風は冷たいのか、メイコは細い肩にショールを羽織っていた。
足音をひそめずに歩み寄る。引き戸を開けると、メイコはゆっくりと振り返った。
「手伝ってくれるの?」
「当然」
六人分の洗濯物は膨大だ。ひとりで取り込むつもりだったメイコの考えの方が信じられない。
「初めから呼べば良かったのに」
メイコがくすりと笑った。
「ミクやリンとレンと楽しそうだったから」
ぴくりと手が止まり、もう一度ハンガーに伸ばし直す。見られていたなんて、気付かなかった。
「四人とも呼べば良いんだよ。そんなときは」
呆れた溜息をつき、カイトは言った。拗ねた声音を出したはずなのに、メイコはくすくすと笑うばっかりだ。
「楽しそうだったから、って言ったでしょ?」
「めーちゃんに呼ばれたら、俺らみんな喜んで手伝いにきてたよ」
あの会話の続きはしなかったろうが、多分ここでわいわいと騒いだはずだ。思いっきり楽しく。けれど。
「ひとりで…考えたいこともあったのよ」
それは何、と聞くべきだと思った。思って口を開きかけたけれど、遮られた。
「カイト」
呼ばれたことに、少し驚いた。声をかけようとしていたから尚更だったかもしれない。
物干竿にかかったハンガーに手を伸ばすメイコは、カイトよりも頭一つ分と少し背の低い。自然上向き、紅茶色の眸に午後の陽光が射し込んでいた。温かな眸の色に、琥珀がきらめく。赤い爪先の白い指が一つ二つと洗濯バサミを外していくのを、見詰めてしまいそうになった。
「ルカと喧嘩しちゃダメよ」
ぽいぽいと、洗濯物をつまんではカゴに放っていた手が、思わず止まった。あの会話が、筒抜けだったのだろうか。
ボーカロイドたちは総じて耳が良い。巧く歌うために、音を聞く器官を鋭敏に作られているのだ。だがその分、この家の壁も厚く造られている。この家を用意した開発者たちは、ちゃんと考えてくれたのだ。
「聞いてたの?」
ぎしぎしと軋む気分の動きで振り返ると、ミクの特注ネギ柄パジャマをかごに入れながら、メイコが溜息をついた。
「やっぱり」
しまった、とカイトは思った。引っかけだった。
「単語まではわからなかったけど、カイトの大きい声がしたからドアを開けたの。そしたら廊下には誰もいないし、リビングを覗いたら四人揃ってるし。ルカと揉めて、カイトが三人に相談に行ったんだ、って思ったのよ」
鋭い。
「いや、でも、ルカの声は聞いてないわけでしょ?」
そこにルカがいたとは限らない、と逃げ道を作ろうとすると、紅茶色の眸が半眼で睨みつけてきた。
「背中が丸かった」
「はい?」
カイトはこてんと首を傾げた。端的すぎて捉えられない。目を瞬かせていると、三人の横に正座をしていたカイトの背が丸かった、とメイコは言う。
「カイトがああやって背中丸めてるとき、って気弱なお兄ちゃんのポーズじゃない。今、カイトが気弱になるようなことって、ルカのことしか思いつかないわ」
それ以外にもあるんだけどな、とカイトは思ったけれど、言わなかった。むうっと眉根を寄せた表情で、メイコは洗濯物の取り込みを再開する。
「私に相談できないで三人のところに行く、っていうのもルカのことだからでしょ? ルカと巧くいってないってわかったら、私が気にすると思ってるんでしょ」
これ以上ないほどバレていた。逃げ躱すことを諦め、カイトも洗濯物へ姿勢を戻す。
「事実でしょ? めーちゃんが気にしないはずない」
色とりどりのハンカチを、ぱちぱちと洗濯バサミから外してカゴへぽい。
「気にしないわけないでしょ? ちゃんと伝える、って言ったんだから」
メイコは次のハンガーに手を伸ばす。リンのミカン柄パジャマとレンのバナナパジャマが並んでぶら下がっている。リンがほしがって、レンは別に要らないと言ったのに、リンが揃いでと押し切ったのだ。押し切られた割に、レンもちゃんと着ているのだけれど。
「気にしてほしくなかったんだよ。めーちゃんが自分で言ったこと守らないはずないし、目一杯伝えてくれたんでしょ?」
カイトも次のハンガーに行く。カイトのアンダーシャツがずらり。大事な商売道具なのだから数は仕方ない。
「伝わらなかったんだったら、約束守れてないじゃない」
ミカン柄のオレンジパジャマと、バナナ柄の黄色いパジャマが折り重なって放り込まれる。もう二つ目のカゴがいっぱいで、カイトは足で三つ目のカゴを引き寄せた。
「行儀が悪い」
メイコが睨む。カイトは首を竦めた。
「約束は守ってるでしょ? 目一杯伝えてるんだから…っていうか伝え過ぎなんじゃないの?」
洗濯物に、視線を戻していたメイコがカイトを見た。
「何それ」
カイトもメイコに顔を向けた。眉をひそめた怪訝そうな顔。本当にわかっていないらしい。
「だから、あんまり伝えないでいいようなことも伝えたんじゃないの?」
手は止めないようにする。メイコの手は止まってはいない。ちらちらと、それぞれにたまに手元に目はやるけれど、もう何を掴んでいてもどうでも良くなっていた。
「あんまり伝えないで良いようなこと、って何よ。私は別に、カイトが秘密にしてるようなことバラしたりなんて…」
「俺が、そこの青いヒト邪魔ーって掃除中のリンに掃除機で吸われたとか、青いやつうるせえ、ってレンにツッコミ食らってヘコんだとか、青いヒトがいると思ったらやっぱりお兄ちゃんだった、ってミクに笑顔で声かけられてものすっごくヘコんでたとか言ったんじゃないの?!」
ぱちぱちと洗濯バサミをはずした洗濯物をまとめて投げ入れる。メイコの顔がかっと赤くなった。
「じゃあ、本当にめーちゃんのせいなの!」
呆れた。まさかと思っていたのに、本当に元凶はメイコだったようだ。
「私は褒めたのよ? 悪口とか…カイトが青いとはいったけど、青いからどうだとかは言ってないわよ!」
メイコは真っ赤になりながら、洗濯物をはずしている。ああそうだろう、とカイトは思った。メイコは悪口のつもりで言ったわけじゃない。
「めーちゃんが悪口いわないのは知ってるよ! でも俺の昔のこととかポロポロ言っちゃうじゃん! 世の中の全員のヒトが、めーちゃんみたいに好意的に受け取るとは限らないでしょ!」
メイコに恨みがましい視線を向け、手が届く洗濯物を纏めて掴む。逆手でぱちぱちと洗濯バサミを弾いていく。
「ルカは妹じゃない! そんな風に他人みたいにいわないで!」
紅茶色の眸はカイトを睨む。バスタオルを引き下ろし、ばっさばっさとカゴに投げ入れていた。
「その妹に『青いヒト』呼ばわりされた俺の気持ちにもなって!」
カイトもバスタオルの上に手の中の洗濯物を投げつけて次へ。メイコが憤慨したように、ぶら下がっていたカイトのズボンを掴んだ。部屋着のスウェットだ。
「青さは悪くないでしょ!」
「悪くないよ!」
何を諭そうとしていたのか、そろそろ思い出さなければと思ったときに、カラカラと音がした。振り返ると、緑、黄色、黄色の頭が三つ、ドアの隙間からのぞいている。
平静を取り戻して、メイコが首を傾げた。
「どうしたの?」
その声音はついさっきまで子供のようにムキになっていた声音じゃない。大事な弟妹に向ける、姉の声、だ。
「えっと…」
ミクは躊躇したように口籠った。けれど。
「答え合わせ! もしくはヒント下さい!」
リンがスカイブルーの眸を輝かせ、尋ねてきた。その後ろではレンが片手で額を押さえている。ミクが驚いてリンを見、カイトもはっとした。
「そうだよ! それも聞いてない!」
この際だから便乗だ。ここまで正攻法で来られたら、嘘をつけないメイコでは躱せない。
カイトが海色の眸で、教えてもらうぞ、と強気を示すと、リンのスカイブルーは期待に輝き、淡いエメラルドもじいっとメイコに向けられた。レンは申し訳なさそうに、それでも知りたい欲求を隠しきれず見ていた。
「俺よりもめーちゃんを知ってるやつ、って誰なの?!」
問いつめると、メイコの表情が険しくなった。カイトをちらと一瞥し、深く溜息をつく。
ミクを見、リンを見、レンを見た。レンの喉がこくりと鳴る。紅茶色の眸がすうっと細められた。
「レオンとローラ。それにミリアム」
春まだ浅く、日は傾きかけていた。紅茶色に斜めから光が入り、琥珀に輝く。ミクが呆然と呟いた。
「え」
ミクもリンもレンも呆然とした顔をして、カイトは驚いた顔で内心、やられた、と思っていた。メイコは憮然としたような声でさらに続ける。
「だから、レオンとローラとミリアム。私より先に発売されていたんだから、カイトのいない間の私のことを知っているのは当たり前でしょ?」
目を細め、見詰めるカイトからふいとそらせた。
「三人には本当にお世話になったのよ」
なあんだ、とリンが唇を尖らせた。忘れていた俺たちが失礼だ、とレンがたしなめる。カイトは手の中に残る洗濯物をぎゅっと握りしめた。
「めーちゃんの…」
声が震えた。最初にメイコが、次には心配そうにミクが、そして鬱陶しそうにレンが、きょとんとリンがカイトを振り返った。
俯くと、声だけでなく肩まで震えた。握った拳がきつくなり、そして。
「めーちゃんのバカー!」
思わず怒鳴っていた。怒鳴り、ベランダを飛び出し、カイトは階段を階下へ駆け抜けた。
「レオンなんて男じゃないか! 俺よりめーちゃんにくわしい野郎なんて! 女性だって許せないのに!」
確実に、カイトが知らない昔の話だ。カイトに隠したい昔の話だ。
憮然とした声音。あれは嘘を付けないメイコが、嘘をつかずにはぐらかすときの声音だ。
しかもカイトを気にしていた。弟妹たちにならきっと言えてしまったのだろう。カイトがいるから言えなかったのだ。
それに気まずそうな顔をしていた。あれは、メイコが隠し事がバレていると気付いて、まだ隠しているときの顔だ。
子供みたいに。
仕方ないのだということはカイトも充分に承知している。メイコはカイトよりも先に生まれ、ひとりで歌ってきたのだ。
それでも過去を隠されたことは悔しいし、確実に自分の知らないメイコを知っている存在を、引き合いに出されたことも悔しかった。隠し事が下手なところはメイコの美徳だと思っていたし、思うけれども、今はそれが恨めしかった。
嘘ならもっと巧くつけばいい。カイトは思いっきりの勢いでリビングのドアを開けた。メイコのコレクションを空けてやる。
普段は自棄アイスだけれど、これはもう自棄酒だ。そう決意して入ったリビングには、ルカがいた。
ルカはカイトを振り返り、そのターコイズの眸で凝視した。


---続
 

拍手[0回]

PR


この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
忍者ブログ [PR]