カイメイ中心
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メイコ愛をこっそり謡う
初出:Pixiv
昼食後、カイトは自室のベッドに寝転びながら天井を見詰めていた。海の色の眸を細め、深く深く息を吐く。
天井に向かって、伸ばしてみた手の爪先を彩るのも藍のように青い青だ。けれどその先に思い描くのは、青に染まった指先で触れたいのは鮮やかな、赤。紅、緋色の柔らかな温もりを想像に描いて、カイトはぐっと拳を握った。
「はあ…」
昼食前の様子がおかしかったメイコは、そのあとはいたって普通だった。
昼食はサラダとパスタ。それにスープ。リン渾身のミカンドレッシングに舌鼓を打ちながら、それぞれの新曲や撮影予定のPVや、他愛ない会話で賑やかした。賑やかす弟妹たちの話を聞きながら、楽しそうにパスタを口にはこんでいた。
後片付けは一緒にした。ルカも一緒で三人で、だったが。メイコはルカの新曲の話を聞きながら、さりげなく一つ二つアドバイスをしていた。カイトは立ち入ることもなく、何となくそれを聞いていた。
メイコに初めて、好き、を告げたのはこのキッチンだった。雪の夜で、ミクの発売前の話だ。
あの頃のメイコは可愛かった。弟妹が増えていって、メイコは頼れるお姉さんの顔をするようになって、綺麗になったし、格好良くなった。そして時折それが外れるときのギャップが、ますます可愛くなった。
結論、メイコは可愛い。
「あー…もー…」
カイトはうめいて、両手でわしわしと髪をかき回した。まとまらない。初めからわかりきっている結論を出すために悩んでいるのではないのだ。
嘘がつけない代わりに、メイコは一人で黙って抱え込む。昔からだ。ほとんど未開拓の市場をひとりで切り開いた強さが、手のひらを返して周りに寄りかかれないメイコの弱さになっている。
「独り」
メイコを紹介されるまではカイトもひとりだった。
MEIKOというボーカロイドがいることは知っていた。カイトはラボで独唱で練習をしながら、いつかそのヒトと歌うんだと想像していた。
「けど、違う」
一人、は、独り、ではない。
メイコと出会って知った。初めから一人であれば、独りの淋しさはわからない。メイコのいないこの家で、彼女の帰りを待っていた時間は時折、ひどく淋しかった。ラボにいたときの、ボーカロイドは自分一人だけという淋しさなんて比べ物にならなかった。
確かにメイコは孤高であっただろう。兄弟の中で誰よりも先に世に出て、ひとりきりの歌でボーカロイドの歩ける道を敷いていたのだ。
「それが淋しかった…? 独唱…」
カイトの発売が決まってから。あの歌を一緒に歌ってから。
合唱と対義になる独唱を、メイコは知ったかもしれないけれど、それ以前にはどうだろう。一人と独りを比べる手掛かりがあったのだろうか。
「ダメ。むり」
カイトは反動をつけてベッドから起き上がった。わからないことが多すぎる。情報を集めて、裏を取ってと工作をしなければ、これは結論に至らないだろう。ピースを欠いたパズルが完成するはずはない。
取り敢えず、ミクの言っていたあの曲が気になる。会社のデータベースを覗けば何かあるかもしれない。メイコひとりで歌った音がないと言うなら、歌ったという記録だけか、カイトではない誰かと歌った音ならあるのかもしれないのだ。悔しいけれど。
方向性を確認して、カイトは部屋を出た。ボイスルームに向かう。
この家は会社から兄弟に与えられた支給品だ。メイコが一通り業績としての成功を収め、カイトの発売や、ミクたちに繋がる新エンジンの開発が決まったために、文字通りの『ホーム』として与えられた。カイトがメイコに出会った日、彼女も初めてこの家に越してきたのだ。
キミのお陰、と笑ったメイコを覚えている。あなたのお陰だよ、と思ったのに返せなくて真っ赤になったのも。あの頃は、初心だった。
黒歴史地雷を自分で踏み抜いて、悶え死にしそうになった。頭をぶんぶんと振って気を取り直し、ボイスルームへ。
設えられたボイスルームには自分の声を確認するため程度の簡単な録音機材や、会社のライブラリー、データベースにアクセスするための通信機材が一通り揃っている。自分の声を聞いて確かめることも、自分以外の声を聞いて学ぶことも重要だからだ。
もっとも、ネット回線を通じてアクセスするそれを、勉強だけに使っている者は兄弟には、皆無だ。一応はパスのあるロックがかかっているのだが、そんなものは軽々突破。それぞれに好きなところに遊びに行っている。
弟妹たちにはあまりアングラなところには近寄らないよう、ウィルスを拾ってこないよう言い聞かせているが、行動的な妹二人がそうそう聞いているとも思えない。レンがとばっちりで拾ってこないよう、メイコと手を分けて一応見ている。
けれどカイトは結局、ボイスルームではなくリビングに行くはめになった。地階への階段の前にルカがいたのだ。ルカはカイトを振り返り、表現し難い顔をした。
心中を推し量るなら、うっわなんでここにいるの。
「っていうかだだ漏れじゃない? 心の声だだ漏れじゃない?」
「だだ漏れはあなたですわ」
たしなめられた。咳払い一つ、気を取り直す。
「ルカは今からトレーニング? その楽譜、あの曲だね。今頑張ってるんだ、ってミクから聞いたよ」
そつはなかったはずだ。ルカの返答はいくつか予想していたし、対応のバリエーションは複数用意してあった。
けれどターコイズの眸の光がすうっと鋭くなり、ただ、それだけならば想定になくもなかったのだ。ただ、涼やかなアルトの紡いだ言葉だけが想像の埒外だった。
「青いヒトには関係ありませんわ」
下りる沈黙。カイトは思わず目を見開いた。ルカが指摘したように真っ青な眸。人間離れしていて無機質、だの、人工的、だのと言われたことはあったけれど、青いことが悪いことのように言われたのは初めてだ。
「あ、青いのは悪くない…よ?」
ルカの眸のターコイズだって、青に連なる色ではないか。けれどその冴えたブルーが嫣然と微笑んだ。
「おk。青は、敵だ」
下克上を宣言し、ルカは踵を返した。ふわりと鴇色の髪が翻る。たんたんと、整然としたリズムを保って、ルカは地階に去っていった。
カイトは呆然と見送って、我に返り、頭を抱えて仰け反った。
「コッチもか!」
メイコの不審な様子が気掛かりだというのに、ルカはルカで謎の交戦宣言をしてくる。そもそもなぜルカに敵視されているのか、カイトにはわからない。全く心当たりがない。
この有様ではボイスルームを共用することはできないだろう。差し当たっては、青いヒト呼称を吹き込んだだろう弟妹を叱りつけなければならない。
そう思ってカイトはリビングに向かった。
---続
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