カイメイ中心
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メイコ愛をこっそり謡う
長らく…お待ちくださった方がいる…と信じて!
お待たせして申し訳ないです。
ようやく終幕が見えましたので、再開させていただきます。
後朝を含みます。
お待たせして申し訳ないです。
ようやく終幕が見えましたので、再開させていただきます。
後朝を含みます。
夜は明け切らない。メイコは薄明の中でぼんやり重い瞼を持ち上げ、次にはっとする。身体を包む暖かさはやわらかな布団だけではない。
廻らされた腕の温もり。骨っぽく逞しい腕は、成人男性のそれだ。同じ部屋のベッドの中で、幼い日にしがみつくように回されていた腕と同じとは思えない。微笑みが零れた。
広い胸に、そっと額を押し当てる。カイトはまだ眠っているようだ。ん、と鼻にかかるような声が漏れて、一層メイコを抱き寄せた。
じわりと涙が浮かぶ。カイトが目覚める前で良かった、と思った。
後悔はあった。言うべきでないことを言ったかもしれない。カイトが望んでくれたのだとしても、姉としての態度を崩すべきでなかったのではないか。
母の姿が思い出されるのだ。母はまるで肖像画のようにメイコの前に座っている。不安げに見上げたメイコをどう見ているのかは、その面差しからは図れない。塗り潰された様な暗い眸の微笑で見降ろし、そして告げる。
「お前とカイトの間に繋がりはない。けれど永遠に姉と弟のまま」
季節も、部屋の様相も覚えがない。窓からの光も闇もなく、相対した母の姿しかメイコの記憶には残っていない。
「お前の父と母と同じ。結ばれることはない」
母が何を言わんとしているのか、幼かったメイコにはわからなかった。結ばれない。けれど姉と弟のまま。姉弟とは繋がりではないのだろうか。
思い悩み、メイコは至った。背を伸ばし、答える。
「じゃあ、私はずっと姉のままで、ずっとカイトを守ります」
父は言っていた。伯爵家は守るためにあるのだと。ならばメイコの守るものはカイトだと思っていた。永遠に姉弟であるなら、姉として守り続ければいい。
母の求めているものはわからなかったが、子供なりに単純に、出した結論だった。だが不興を買った。罵りの言葉や荒げられた声や怒りの表情やそれらは何も覚えていない。覚えてはいないが疎まれ続け、特に接点も持てないまま別れたのを考えれば、間違いはないだろうとメイコは思う。
身動ぎの衣擦れとカイトの拍動が薄明の中に微かに耳を打つ。抱き寄せられて鼻をくすぐる匂いが、幼い少年の甘い洗い髪とは違う成年のそれで、メイコは口許に小さく自嘲した。
この部屋に帰ってこられるとは思っていなかった。この腕に抱かれることなんてないと思っていた。けれどそれらを、ただの一度も望まなかった、というわけではなかった。
ごめんなさい、母さま。心にひっそりと、メイコは祈る。誓いと約束を違えることになる。
この腕の温もりをもう一度突き放すなんてメイコにはできない。目覚めたカイトを言い諭して、再び姉弟の関係に戻るなんてできるはずがない。ならば目覚めを待たずにベッドを抜け出してあの町に戻れば、とも思う。もう二度と淡い期待を抱かないよう修道院に入って、神に尽くせばいい。
けれど思えば体は固まり、動かなければと思うのに縋って離れられない。こんな、二心を抱いたまま神に尽くせるはずもない。
目覚めはまだ遠いのだろう。規則正しく上下する胸元に頬を寄せて、そっと囁いた。
「好きよ、カイト」
愛している。その言葉を噛み締めて、目を瞑った。
姉として。その誓いは違えても、もう一つはきっと違えない。
・・・
午後の空は灰白色。薄鈍色に光る雲に覆われて寒々しい。裏庭へ向かう道は、雪に埋もれるまま閉ざされていた。
雪を踏み一人、白い息を吐く。高地の山羊の毛を編んだマフラーに頬を埋め、メイコは目を細めた。遠目に、雪が降り積もるだけの空き地を眺める。
屋根や二階の床はあの夜に焼け落ち、残った壁や柱はすでに取り除かれている。煤けた土台も今は雪の中。眠るように埋められていた。
母がここで過ごした時間は短かったはずだ。普段の会話で母と呼ぶ人ではない、メイコの生みの母。メイコを身籠り、生み落とし、歌声だけを記憶に残してこの離れを、屋敷を去った。過ごした時間で言えば、本邸、あるいは嫁した後の侯爵家での方が長い。
メイコが気懸かりに思ったのは、もう一人の母が一番疎んだものが何だったのか、だ。火を放ち、何を消し去ってしまいたかったのだろう。マフラーに埋もれて、籠った息を吐く。ここに来たところで答えは得られないのだが、目にしておきたいという感傷もあった。
母が疎んだものが何であったにせよ、その意図はカイトを危険に曝し、メイコは害意から彼を守りきれなかった。片足をなくしたばかりでなく、一時期は命さえも危うかったのだと使用人の昔話に聞いて、心臓の凍る思いを味わったのはつい先日だ。そんな目には二度と会わせたくない。
突に。考え込んでいたメイコの背後から声がかかった。
「いけないお嬢様ね」
予期のない声音にびくりと肩が竦む。ゆっくりと振り返ると、そこにはミクがいた。
「お伴も連れずにお庭を散歩?」
ミクは翠の眸を綻ばせ、くすくすと笑う。メイコは呆れて息をついた。貴女に言われたくない、と呟きながら向き直る。
「今日は何のご用かしら、一人歩きの好きなお姫様」
正式の面会でなく、これまでに数度、両の手の指で足りるほど。彼女の深くを知るわけではない。だがメイコの知る限り、一度だって侍従を伴っていたことはない。そんなミクに淑女の嗜みを糺されたくはなかった。
けれど皮肉を含んだ問いにも、ミクは澄ましたものだ。
「とくに用事でもないけれど」
気が向いてからかいに来た程度だと平然と言う。真面目に切り返しを考えるのもばかばかしくなって、それはそれは、と投げ遣りに返した。暇を持て余してからかいに来るにしても、カイトのところでなく自分のところであるならばまだ応じようもある、と前向きに考えることにする。
溜息をついて、けれどミクはメイコの渋面にも素知らぬ振り。つい先程まで見渡されていた館のあった場所、今はぽっかりと空いた雪が降り積もるだけの広場に視線を向けた。
何もないことを確認するように一通り巡らせて、翠の双眸をメイコに戻す。
「運命を変えた場所を確かめに?」
メイコは肩越しにちらり振り返り、かぶりを振った。
「考え事がしたかっただけよ」
戻された翠は細められる。
「そのためだけにわざわざ侍従の監視をかいくぐって?」
口許を白い指先で隠すようにして、僅かに綻ばせる。軽やかな笑声もまるで珠の鈴を転がすよう。見目では本当に麗しい姫君なのにとつい息が漏れる。
「どうやったの?」
興味津々とばかりの問いに、肩を竦めた。こんなことを聞いてどうするのだろう、と思う。お転婆の参考にされてしまうのは、不本意だ。
「普通よ。窓から出ただけ」
メイコの部屋は二階だ。シーツを欄干にくくり、壁を伝って下りた。言いながら人差し指を立ててくるりと回し、指先を真っ直ぐに下す。
こともなげに言ったメイコに、意外にもミクが呆れた顔をした。
「あまり、普通にできることではないのではない?」
視線が指先に止まっている。それを追って自分の手に行き着き、メイコはふむと肯いた。二対の視線の注がれる手を握って、開く。
「こんな手だけど握力腕力には自信あるのよ。酒場で歌だけ歌ってたわけじゃないわ」
なみなみと湛えられたジョッキを両手に三つも四つも運ぶのも、メイコの仕事の内だった。それ以外にも子供の時分から活発な方であったし、二階の窓から抜け出すこともできないことではない。
怪訝そうに見詰めるミクに、それより、とメイコは返した。
「ここにいる、とよくわかったわね」
疑念や疑惑よりは不思議さで尋ねた問いだった。ミクは然も当然、と微笑む。
「聞いたら教えてくれたわ」
だがその答えが、不思議さを疑念に変えた。きっと引き留められるだろうから、万が一にもカイトに、できるなら使用人たちにも会いたくはないと、わざわざ窓から出てくる真似をしたのだ。
ミクは顧み、振り返る風を取る。
「庭師かしら? 向こうにいた人」
ちぐはぐな気分になる。問い詰める口調にならないよう注意を払い、メイコは小首を傾げて見せた。
「変ね」
敢えて強く質さないのは、ミクの諸々を鑑みてではない。
「私を見かけて声をかけないなんて」
背筋を粟立たせるような違和感のためだ。庭師でも、その息子でも遠目にでもメイコの姿を捉えたのなら、必ずその後を追ってくるはずだ。足の向いている先は明確だったのだから、彼らなら一層、メイコの一人歩きを放り置くはずがない。
仮にその時に何か行方を追えない理由があったのだとしても、客に案内もなくこんな裏庭に向かわせるのも如何にもおかしい。この辺りの雪除けがなされていないのは、彼らが一番よく知っている。だからミクの言葉は、きっと、嘘だ。
だが、だとしたら本当に。
どうやってミクはメイコの居場所を知ったのだろう。いや、そも。
ミクはどうやってこの屋敷に現れた。使用人の一人にも気付かれず、馬車を門扉に乗り入れることなどできはしない。馬車を使わずこの屋敷を訪ねるのは不可能だ。
メイコはミクを見る。ミクは確かにそこにいる。だが不意に脳裏を掠めるのだ。王妃が命を賭して生み落とした王女は、けれど程なくして亡くなったのではなかったか、と。
ミクはただ、わらう。
風が冷たい。凛々と冴えて、頬を撫でては身を竦ませる。僅かに身震いして、メイコはミクのあまりな薄着に気付いた。雪の中に防寒着もなく、室内着の様相の、纏う色は白。
「寒くないの?」
問いに答えず、ミクは軽く小首を傾げただけだった。空高くを風が吹き抜けていく。雲が流れていくのが見えるようだった。折り重なる鈍色、灰色。虎落笛が鳴り渡る。雪を降らせる雲が去りゆくのか、やって来るのか、判然とはしなかった。
「中へ……入りましょ?」
違和感はある。だが感情として、目の前の寒そうな服装の少女をそのままに置いておくことはできなかった。
首からマフラーを抜き、ミクへと渡す。肩に掛けてやると、可笑しそうに目を細められた。
「平気なのに。貴女の方が、肌を粟立たせてるじゃない」
鼻白んで白眼を向け、良いから、とメイコは押し切った。屋敷に戻って、女中頭に叱られて、それから温かい飲み物を頼んで、と目算する。勿論、優秀な年嵩の女中はメイコとミクの姿ひと目で、一番体の温まるお茶を用意してくれるだろうことも考えた。
叱られるのはそもそもの予定のうちだ。さすがのメイコも二階の窓へ上るのは難しい。屋敷の表から帰った時点で、見咎められるのは確実だった。それでも客をこの有り様で連れ帰ったのでは、やはり体面を諫められるだろう。メイコの所為ではないのに。
メイコの渋面に、けれどミクは小気味良さそうな表情だ。恨みがましい視線を向ける。
少し当たるように、肩に掛けたマフラーの前をぎゅっと閉めさせた。僅かに触れた肩は確かに、温かかった。
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