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カイメイ中心 * VOCALOID二次創作小説サイト * メイコ愛をこっそり謡う
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2024/11/23 (Sat)
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2012/02/02 (Thu) Comment(0)
後朝。
寝所で戯れてます。





 
 
室内は朝の光に包まれていた。天蓋の降ろされた幕の中で目覚め、逡巡する。十年来の景色ではない。寝惚けているのかとも思いながら、カイトは辺りを慎重に確かめた。そして、思い至る。
寝惚けているには違いない。目に映るのはこの十年より以前に親しんだ景色だった。ただ、相違点はある。
「おはよう」
温もりが懐にある。彼女の腕に抱き包まれて眠った日は、遠い昔のことだ。少し掠れた声にメイコが苦笑して、ん、と一つ咳払いをした。
「カイトは平気?」
榛色の眸の眼差しがまた温かい。細い体に回した腕に少し力を込めた。
「うん、おはよう」
寝起きの冴えなさはあるが、不調はない。大丈夫、と頷くより雄弁な挨拶と、合わせて唇を寄せる。頬に、額に、唇に。カイトが口付けると、メイコはくすぐったそうに身を捩った。
胡桃色の髪をそっと撫ぜて、指先にその柔らかさを感じる。薄い布地越しに椎骨の凹凸を感じる背を撫で下ろすと、昨晩の姿態が思い起こされた。同じようにメイコも思い出したのかもしれない。頬を赤らめて、するりとカイトの腕を抜けだした。
暖炉の火は夜半に燃え尽きている。外気よりは暖かいだろうが、メイコは薄い夜の下着一枚の姿だ。咎めるような視線を向けたが、顧みられる様子はない。カイトの剥き出しの肩に布団を掛け直し、降ろされていた天蓋の幕を捲ってベッドを降りた。
白い光が眸を射す。眩しさに、カイトは数度瞬いた。
「誰か呼べばいいよ」
伯爵家の娘がする必要のないことだ。
カイトも寝姿を見られるのは嫌だし、義足を履くのを待ってもらうことになるが、そのくらいはゆっくりしても構わないはずだ。拗ねたように言い咎めたカイトを顧み、メイコはくすくすと笑った。
「やあよ」
カーテンに手がかかり、勢いをつけて開かれた。淡い黎明の光が薄着の肢体を浮かび上がらせる。いかにも寒そうではないか、と思う。
「恥ずかしいじゃない」
なぜ、とカイトは問おうとした。今以てメイコにとって、この関係は秘すべきものなのかと。
カイトは既に、どう周知させるかを考えているというのに。
問い質そうとした時、こんこんと扉が鳴った。起床の時刻を知らせに来た女中頭のノックに、メイコの視線が向く。床に落とされていた夜着を拾い上げ袖を通し、扉まで歩み寄って行った。
床の中ではあるが、声を張れば届く。下手な言い訳をされる前に、いっそカイトが自身で答えようか、そう思った。けれど。
メイコは顔を覗かせるほどだけ開けて、告げた。
「カイトが寝てるの。入らないで」
いくつかの遣り取りの後に、後で呼ぶから、と言ってまた扉を閉めた。踵を返し、暖炉へと向かう。火種を受け取っていたらしい。逡巡ない所作の後、赤く火がともった。
そしてメイコは枕許に戻ってくると、ベッドの縁に腰かけた。軽やかな体重の分、そちらへと軋んで傾斜する。半身を捩ってそっと手を伸ばしてきた。指先がカイトの頬にかかる髪を蟀谷から耳許へ梳いて除ける。その手を取って口付けると、まろい肩がくすくすと揺れた。
「部屋が暖まるまでよ? お寝坊さん」
カイトは見上げながらその表情を窺った。指先をカイトに遊ばれながら、メイコは眸を細める。明けていく朝の光の中に、その輪郭は細くきらきらと光っていた。
「恥ずかしい、のじゃなかったの」
質すと、榛色の眸はきょとんとしたようにカイトを見詰め、数度、瞬いた。姉弟で男女の仲になっていると思われるのは困る、と、それがカイトにとってであるにせよ、考えていたはずだ。恥ずかしい、のもそれが理由の言葉と思っていた。
けれどメイコは然も当然、と言う。
「見られるのはね。でも隠すのは意味がないでしょ?」
カイトの瞠る眸に、不思議そうに、小首を傾げる。
「昔からいる人には特に。全部知られているんだもの。隠し事なんてしても意味がないわ」
カイトは言葉もない。思っても見なかったことだった。そのカイトの様子をこそ、メイコは意外に思ったようだった。不可解そうに眉をひそめ、じっと見詰めてくる。
「当り前よ。思わなかった? カイトが生まれるより、私が生まれるより以前からこの家に仕えてくれてたのんだもの。知らないはずがないわ」
兄弟として過ごす二人に血の繋がりのないことも、すべて。秘密を秘密として口外しなかっただけだ。
言われてみればすとんと納得できる。なぜ思い至らなかったのかが不思議なほどだ。カイト自身はその理由に気付いていた。
メイコが姿を消していつしか、彼らをヒトと扱うことをなくしていた。仕える者ではなく、使われるものとして扱っていた。それは重症のメイコを物として運べと命じた母と同じ思考で、そうと気付いて、愕然とした。
虚を衝かれたカイトをどう見たか、メイコは宥めるように笑んで見せた。眉尻を下げながら笑みを作り、今は触れているばかりのカイトの手に指を絡める。
「ヤマモモを採りたい、ってお願いした時にね」
すぐに思い出した。メイコが屋敷に戻って程なくの頃のことだ。甘味に対する嗜好などなくして久しかったが、美味しいと言ったものを覚えていてくれたことが嬉しかった。
「変わらずのお転婆ですね、っていうようなことを言われたの。その時は気付かなかったけれど、あれはそう言うことだったんだわ」
そう言うこと、の内訳が明らかでない。カイトが怪訝な眼差しを向けると、メイコは悪戯めかして笑った。
「昔から、カイトの喜ぶ顔見たさに木に上っていましたね、ってそう言うこと。私がカイトのことを好きなのも、きっと知られていたのよ」
榛の柔らかな色合いが綻ぶ。絡められた指先がからかうようにぎゅ、ぎゅ、と繰り返して握ってきた。
言われてみれば思い当たる節はある。口を挟んできそうな親類一切を排すため、八方に手を尽くしていたカイトを物言いたげに見ていた家令も、気付いていたのかもしれない。その行為が既に、姉を慕う弟のものでないと。
「そんな人たちに、昔も抱きあって寝ていましたね、なんて笑われるのは恥ずかしいわよ」
知られるのは仕方がない。けれど実際に目の前に立たれて、微笑ましいような視線を向けられるのは訳が違う。苦笑交じりに言われて、カイトは頷くしかなかった。
メイコ、と名を呼んで指の絡められた手を引いた。細い体躯は抗わずカイトの隣に倒れ込む。短い胡桃色の髪が、シーツに撒いた糸のように広がった。
「もう。起きる時間でしょう?」
ねめつける眸は仕草ばかりで、刺さる厳しさはない。むしろ明るく、柔らかかった。
手を伸ばす。指の背で、そっと頬を撫でた。右の頬。
「やだ、もう。明るいんだからあんまり見ないで」
顔を伏せて隠れるようにしてはにかんだ。笑顔が胸を衝く。カイトは堪らなくなって腕を回し、メイコを抱き寄せた。
使用人たちがいかに考えるかなど、この関係を受け入れるのかなど、顧みたことはなかった。メイコを連れ帰った日に家令が言ったように、彼らは主に諾う他はない。批判も非難もさせるつもりはなく、けれどそれらが口の端にも上らなかったとしても、感情が従わないことはあるのだ。
だからメイコは生きている。母の目論見は功を奏さなかった。
「どうしたのよ」
抱きしめて言葉もないカイトを、さすがに訝ったようだ。メイコが懐で身を捩り、何とか視線を上げようと試みている。
「メイコ、好きだよ。愛してる」
何か一つ間違えば、彼女はここにはいなかった。それが今更に怖ろしい。
「何、もう……」
メイコはカイトの懐で赤面している。抱きしめて、その体の細さや柔らかさ、温かさを感じて、それでも足りない。
もしここに、それらすべてがなかったとしたら、メイコがいなかったとしたら。
それはきっと世界の終りと同義なんだろう。

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