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カイメイ中心 * VOCALOID二次創作小説サイト * メイコ愛をこっそり謡う
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2024/11/23 (Sat)
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2012/01/25 (Wed) Comment(0)
これにて第二部、了。




 
 
メイコは窓辺に寄って立っていた。暖められた室内との温度差で、窓は仄白く景色を遮っている。掌を当てるとひんやりと冷たい。白く曇った窓辺に、臨む榛色の眸を少し細めた。
掌を横に滑らせて景色を広げる。一つ、溜息をついた。雪がまた、降り始めていた。
ふと襟口に指を差し入れた。軽やかな金属音が鳴り、細い鎖の連なりが指にかかる。取り出されたのは男物の指輪だった。伯爵家の印章が刻まれている。
今も強く望んでいる、とカイトが本意を示すために人伝ながら贈ったものだ。その思いを、メイコは疑わない。
カイトは確かに、メイコを望んでいたのだろう。
ノックが響く。振り返り見る。
「どうぞ」
ドアを押し開けたのはカイトだった。メイコは目を細め、頬を緩め、出迎える。覗かせた顔の強張りに、気付かなかったわけではない。
決した意の強さのために頬を強張らせたまま、カイトは静かに扉を閉ざした。二人の部屋。暖炉に火は燃え、メイコは窓辺に立っている。
「寒くはないの?」
自分が離れたばかりの窓辺に敢えて立つ姿に、カイトはかかる疑念を感じていた。だがそれが疑念に過ぎず、あるいは自分の独りよがりな寂しさであることにも気付いていた。
「少しね」
メイコはカイトの気持ちがくつろがないだろうかと、表情を柔らかくした。もう一度窓辺を、その向こうを見遣る。
「でも雪がきれいだったから」
真実ではない。だが嘘でもない。
何とはなしに寄った窓辺から見える庭に、雪が静かに降り積もる。それをただ美しいと思える安穏を、メイコはもらっているのだと思った。カイトに。
榛色の微笑む眼差しを見詰め、僅かばかり、カイトは決意を揺らがせる。今以てやはり、向けられる情は親愛のそれに思えたし、そして何よりここに流れる空気は心地が良かった。
なくしたくはない。
だが先達てのミクとの遣り取りが頭をもたげる。この腕の中に囲わなければ、奪われるのではないかという危惧が胸を突く。カイトは息を詰め、足を歩ませた。
隣り合って立つ、カイトが何か思いを詰めているのをメイコは感じた。先刻の、そして今。つい意識が先立ってしまう。カイトは一人の男性で、伯爵だ。
「本当に」
曇るガラスを撫でて透かし見、カイトが呟いた。
「きっと……全部を埋めるね」
白く。
真白くすべてを。雪が。
メイコは頷いた。
「そうね」
意識しないようにしていた。肩の位置がこんなにも違う。かすかに触れ合って、はっと互いに顧みた。
メイコの肩が細くまろやかなのをカイトは感じ、榛色の眸を見下ろした。カイトの肩が骨ばって逞しいのをメイコは思い、青い眸を見上げた。
眼差しが交わされ、二人共に逃げ場をなくす。偽り、隠しきることができなくなっていた。誰より、自分自身に。
「あの館はもう取り壊してしまったよ。ほとんど焼けていたし」
カイトが告げた。メイコは肯いた。
「そうね。母さまは、もっと早くにそうしたかったのでしょうね」
困ったように笑う顔を見ながらカイトは、知っていたのと呟いた。
「私の母さまが、私を生んだ場所でしょう?」
苦く悔いるような表情を、メイコは見上げた。預かり知らぬ昔のことだから、と告げた。
雪が景色を埋めていく。暖炉には火が爆ぜ、だがそれ以外の音はない。閉ざされた扉の向こう、廊下を歩く使用人たちの足音が忍び込む隙はなく、窓の外は雪が音を吸い込んだようにしんとしていた。
「俺は……伯爵の家の子ではないよ」
告げられて、メイコはただ頷いた。
「知っているわ」
カイトは驚いて瞠りその横顔を見詰め、メイコは雪に埋もれ行く庭を見詰めていた。
「それでも貴方が伯爵。この家の主よ」
静かな、すべてを受け入れた声音。諦めたかのようにカイトには聞こえた。
カイトは激した。どうして、と愚にもつかぬ問いをする。
どうしてメイコが自分のものを諦めてしまうのか、どうしてすべてをカイトに譲ってしまうのか。どうして言ってくれなかったのか。カイト自身、何についてを質したいのか、判然としていなかった。
メイコはそれらのどれにも答えず、静かにかぶりを振った。
どうしてと言われても困ってしまう。爵位や、この家の全てが自分のものだと思ったことはない。仮にそうだったとしても、そのすべてを譲ることにどうしても何もない。
カイトの表情が歪む。メイコ自身に何か望んでほしいと思っていたからだ。何かを望んでくれるなら、そのすべてをあげるのに、と。
「貴女は俺に全部くれた。だけど俺は貴女に何もしてあげられていない」
カイトは手を伸ばす。触れるメイコの頬には火傷の跡が残っている。
頬に当てられた手に手を重ね、メイコは心地よく目を細めた。大きくなった掌は頬を覆って余りあり、指先が胡桃色の髪の中に差し入れられる。少しこそばゆかった。
「そんなことはないわ。貴方は私にたくさんくれた。私のすべては貴方だもの」
望むものをと言われても、ほしいものはすべてここにある。目の前に。手の中になくとも良いのだ。ただそこにあるなら。
「俺は伯爵にはなれない。すべてを捨ててでも、貴女を守りたいと思ってしまう。貴女だけが、大切なんだ」
身を切る悲痛さで、カイトは告げた。メイコは赦さないだろうと思っていた。身を呈してカイトを守り、この家の全てを委ねてくれたのだ。
だから、榛色の眸の縁から零れた滴に、青色は大きく瞠られた。
「困ったわね」
カイトの掌に頬を預けたまま、メイコは呟いた。涙の零れ落ちてしまったことには気付いている。すべてを込めて、困ってしまっていた。
「そんなことが理由ではないの。この家が要らないと言うならそれでもいいし……それでも、私は貴方のものなのよ」
カイトは茫然とメイコを見下ろした。榛色の眸は泣き笑いに青い眸を見上げる。メイコは困って困って、決して言うつもりのなかったことをついに告げた。
「ずっとね、カイトが好きだったの」
幼い時には幼いなりに。恋であったかと言われればはっきりとは頷きがたい。それでも弟ではないと知っている少年が大切で、その笑顔のためならどんなことも厭わずにできた。姉としてを誓ってもその義務感ではなく、ただカイトが好きで、大切で、愛しかったから。
この年にもなれば、理論立てて理解もする。姉としての義務感や、肉親としての情はカモフラージュになるだろうと目算していた。平静でいられたのは、自身を偽る気など更々なかったからだ。
カイトを愛している。その気持ちを伝えるつもりも叶える気もなかった。その代り。
「だから、私のすべてはカイトのためで良かったのよ」
カイトの気持ちが姉を思う領分を越えてしまったと言うなら、それはメイコにとって誤算だ。
カイトの端正な面差しが歪む。追いかけ続けてきたものに手が届いた、と思っていた。けれどそれは顧み、差し伸べられた手だったのだ。彼女自身はまだ先にいる。そんな気がした。
詰め寄り、両手を廻らせる。力任せに抱き寄せた。
手放されたステッキが足元に倒れ、大きな音を立てる。メイコの胸元に、指輪を通した鎖が揺れた。
「カ、イトっ!」
抱き寄せられ顔を肩口に押し付けられて、メイコは苦しそうに声を上げた。広い懐で、胸を押して離れようとする。けれど離すはずがない。
「どうして」
先程とは違い、情感のない声でカイトは告げた。
「貴女が、俺を好いてくれているなら何も障りはないだろう」
ずっとほしかった。大切だった。傍にいてほしかった。けれど。
「離して!」
強く拒絶を感じ、はっと手が緩んだ。僅かにできた隙にメイコは顔を上げ、真っ直ぐに見詰めてくる。その視線の強さに、あ、と声が漏れた。カイトの怯んだのを見て微笑み、メイコはすり抜けて背を向けた。
「それでも、私は貴方に私以外の人を望んでもらいたい」
それはカイトには絶望を突きつける宣告だった。メイコにとっては、カイトがそれほどに思い入れてしまったことが計算外だった。あるいは向けられた背に項垂れ、あるいは背を向けて弱り果てていた。
そうっと手を伸ばす。カイトは指先でメイコの襟足に触れた。胡桃色の髪は短く整えられている。
メイコは指先で胸元の指輪に軽く触れた。硬質の丸みを撫で、それをそっと握る。
「ルカ。あのコはどう? 少し捻くれているけど、頭のいい子よ?」
尚も紡がれる言葉に、張り詰めた糸が切れた。カイトは向けられる背をそのまま抱きしめた。
「嫌だ」
今度は決して離さないと力を込める。
「貴女が良い。貴女でなくちゃ嫌だ……!」
「ちょっと……カイト……!」
身を捩る。けれど腕は解けない。力いっぱいにメイコの身体を抱きしめながら、それでもカイトはその肩を震わせていた。
首を捻って背中で俯く様子を窺い、メイコは深く息をついた。
「だって……実際難しいでしょう?」
現状、否定のしようなく二人は姉弟だ。誰か、あるいは何がしかがカイトの出生を露見させない限り、婚姻を結ぶことはかなわない。婚姻にこだわらないとしても、姉弟でそのような仲だと噂でも立てば、カイトの伯爵としての名に瑕疵が付く。
「それに、やっぱりね……」
手を持ち上げて見せた。見る都度に誇らしい気分になる。けれどそれはきっとメイコだけのこと。
「綺麗な人の方が……」
伸ばされた手を後ろから、更に伸ばした手でつかんで引いた。びくりと肩を跳ね、半身で振り返ったメイコの腰を抱く。離さぬまま、カイトは引いた手を口許に持っていった。驚き瞠る目の前で口付ける。
「俺のためじゃないか……」
罪悪感はあった。自分のために消えない傷を残してしまったのだと。
けれど、優越感もあったのだ。
「俺のための傷だ……!」
短い薬指の先を口に含む。その身を賭しても構わないほど想ってくれた証しだと、暗い優越感を抱いていた。
メイコは半身で見上げ、見開いていた眸を苦笑させる。放す気のない腕の中で身を捩って振り返り、自由な方の手でそっと目元を撫でた。
「泣き虫は相変わらずなの?」
メイコの指先に、青い眸からかろうじて零れなかった滴が乗る。小さく肩を揺らすと、潤んだ天涯の青がひどく子供っぽく顔をしかめた。
「貴女が、悪い」
そもそも先に泣いたのはそっちじゃないかとふてくされる。メイコの指に自分のそれをからめた。
榛色の眸は見上げてくる。
「ね、本当に私でいいの?」
尚も言うから、わざとらしく眉をひそめた。
「何度、言わせるの?」
怒っているのとは違うと理解しながら、メイコは首を竦めた。カイトが構わないと言っても、やはり益になるようには思えない。
「ん……ごめんね……」
謝ると眉間のしわが解かれた。見上げなくてはならないほどに伸びた背が屈められ、でもいいよ、と言った。そう思わせてきたのは与えられる深い情に気付かなかった、自身の責なのだろう。カイトはそう思う。耳元に唇を寄せた。
「貴女が……メイコだけが好きだよ」
囁くと、ふ、と涙が零れた。今度はカイトではない。メイコの涙だった。覗き込んで、カイトは笑った。
きまり悪そうに背けられてしまったので、額を合わせ上向くよう促す。青い髪と胡桃色の髪と混ざり合って、榛の眸がちらりと見上げた。
そうしてそっと、二人は唇を重ねた。
窓の外では雪が降り続いていた。


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