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カイメイ中心 * VOCALOID二次創作小説サイト * メイコ愛をこっそり謡う
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2012/01/22 (Sun) Comment(0)
いいこのときはとてもいいこ
だけどわるいこのときはぞっとする
(谷川俊太郎訳 マザー・グースのうた より)




 
 
白い息を吐き、ポーチからスロープを上る。雪道の馬車を丁寧に走らせてくれた馭者がドアも開けてくれて、メイコはつい、礼を言った。
ありがとう、と告げると、馭者はぱちぱちと瞬いた。後ろに従う侍女の視線が鋭くなるのを感じ、メイコは首を竦める。諫言の上げられる前に、と足を速めて玄関ホールへと進んだ。
ドアが閉められて外気が遮断されると、暖められた空気が体を包む。ほっと息が漏れた。ホールやそこから続く廊下も、火を置いているわけではないのだが暖かい。
出迎えてくれた女中頭にコートを脱ぐ手も止められながら、慣れないのだから仕方ないのだと言い訳する。声には出さない。
代わりに、半日気にかかっていたことを尋ねた。
「カイト……どうしてる?」
言い合いをしてしまったのだ。何に不安を感じているのか、ミクや、リンやレンを迎えるべきではない、と言われた。愛着が湧かないのは理解できるが、メイコの意志まで遮られたのでは辟易する。少しきつい口調で言い返してしまった。
事柄については間違いでなかったと今でも思うが、言い様というものがあったはずだ。朝餉の食堂にも顔を見せず、謝ることも、今日は迎えるのではなく侯爵家を訪ねるのだと伝えることもできないままだった。リンとレンと他愛無い会話を楽しんでいても、傷付いた様子をかすかに見せたカイトの表情が脳裏を離れなかった。
コートを引き取って、女中頭は僅かに躊躇う様子もあったが、他意を含まず答えた。
「お客様を迎えていらっしゃいます」
歩が乱れた。かかるものを覚える。
ルカ、と考え、すぐに打ち消す。ルカは部屋にいる、とリンが言っていた。嘘でもって隠す意義も見えない。
知っている人物とは限らないのだが、メイコは単純に思い巡らせていた。ミクか、それとも。
あてずっぽうであったのだがその考えは間違っていなかった。自室に向かうにもカイトの部屋へ行くにも通る階段の下、降りてくる青年に行き会った。
青年は踊り場に立ち止り、道を譲る仕草を見せた。丁寧に頭を垂れ、けれどその慇懃な様子にメイコは蟠るものを感じる。違和感を覚えるのだ。
「二人で話させて」
女中頭と侍女長に告げた。ならぬものはならぬと遠慮のない物言いは熟知している。けれどメイコは顧み、告げた。
「お願い」
視線を捉えての言葉に、二人は諾々と礼を尽す。それぞれに深々と頭を下げ、女中頭はクローゼットへと廊下を進み、侍女長は引き返して裏手の階段へと向かった。メイコに先んじて正面の階段を使うわけにはいかないと言うことだ。律儀さに内心で苦笑して、改めて段上の青年に向き直る。
ゆっくりと階段を上り、踊り場で向き合った。初めて会った頃には知らなかった彼の素性も、今は知っている。随分とカイトの信頼を得ている、彼は義足の技師だ。
「ご無沙汰をしております」
にこやかな挨拶に、何と返すか戸惑った。だが思い返して得心する。彼は初めからメイコを伯爵家の者として扱っていた。
「そうね。話すのは、久しぶりね」
場末の酒場の、みすぼらしい娘にも変わらない慇懃な物腰だったのだ。今敢えて貴族令嬢然として装う必要もないと、改めて視線を置く。青年技師は初めて会った時と同じく鳥打帽をかぶり、その表情は捉え難い。
幾度か屋敷内ですれ違ってはいた。正式に則って紹介はされていないが、カイトから話も聞いている。技師だが医術にも通じていて、その技量は充分に高い。
随分と信用しているのだな、とカイトの横顔に思った。信を置いている、と敢えて言わないところが特に。
「今日もカイトに呼ばれて?」
彼を信頼しているらしいカイトには申し訳ないと思ったが、メイコはあまり心を開きたくはないと感じた。どうしても違和感が拭えない。
「でなくば、私のような者が伯爵さまのお屋敷に上がることはかないません」
帽子のつば陰に視線は伏せられる。口許は緩やかに弧を描いているが、それが却って真意を隠しているように見えた。そうかしら、とメイコは首を傾げて見せた。
「カイトのことだもの。用事があれば勝手に訪ねて構わない、くらい言っていそうだわ」
翠緑の石英のような眸が細められた。口許は変わらずに穏やかだが、それが彼の内心を表しているようには、メイコには思えない。穏やかに笑みながら、青年は臆さずに言葉を返してくる。
「僭越ながら、保護が過ぎるのでは。貴女には慈しむべき弟様も、一人の男性で、伯爵でしょう」
今度はメイコが半眼を伏せる番だった。
「痛いところを突かれたわね」
軽やかな声音がくすくすと笑声を零す。
「痛んだご様子もお見受けできませんが」
本音なのだけれど、と小さく溜息をついた。彼の論は全面的に正しく、そしてそればかりでない。そればかりでない点で、メイコには非常に耳に痛い。
一人の男性で、伯爵。その言葉はじわり、胸に影を落とす。まるで杯に落とされた無色の毒のように。
乱される気持ちを抑え、メイコは青年を見た。
「全く」
諦観のように呟く。奇妙なことだ、と思う。
「そのもの言い、良く似た人を知っているわ。最近知り合ったの」
眸の緑、柔和な面差しの微笑み。彼女もまた、にこやかにけれど毒のような言葉を注ぎ込む。
「ミク。知っている?」
知っているはずがない。知り合う縁がない。カイトを介せばあり得なくはないが、それにしてはミクに対する警戒が、彼に対しては薄い。
青年は不思議そうに、けれど相変わらず薄い笑みを浮かべている。
「どなたですか?」
然もありなん。知り合いだったとて、簡単に肯定が返ってくるとも思っていない。まさか実は双子の兄弟ですと言うわけでもないだろう。リンとレンとを思い浮かべる。
瓜二つの双子も、けれど個々に一人の人間だ。目の前の青年と、ミクとはなぜかそうと感じない。全くの赤の他人か、さもなくば。
「……気のせいね。ごめんなさい」
丸きり同じ人物であるような。
メイコは心中にかぶりを振った。幼子に語る寝物語でもあるまいし、二姿の人間などいるはずがない。悪魔も神の使いも精霊も、物語の中にしか知らないメイコは、それらの存在を信用してはいなかった。
「どういたしまして」
答える白皙の頬の青年が、仮にそのような類のものだったとして、意図が見えなければ応じようもない。妙に人間離れしない話だな、とメイコは思った。
ミクやこの青年が人間だったとして、人間でなかったとして。どちらにしても変わらずに、振り回されないよう考えなければならない。
深窓に飽いた姫君の遊び相手にはなっても、玩具にさせるわけにはいかない。胡乱な青年技師も優秀さを信じるのは構わないが、その信頼の足元を掬わせることはできない。
「それでは失礼を」
去りゆく背を確かめながら、苦い笑みを零す。過保護な姉と思われようが、姉としてでなくば繋がりは示せないのだ。
振り返り、踊り場から上階へ。部屋へと向かう。
重い一枚板の扉が開かれて、広がる景色に安心を感じるほどには、慣れ親しんでしまった。メイコの帰宅を知らされて、暖炉には火が焚かれている。火を整えていた女中が深々と頭を下げるのを労って、退出を許した。
一人きりの部屋、何とはなし窓辺に寄った。
雪が降り始めていた。

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