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カイメイ中心 * VOCALOID二次創作小説サイト * メイコ愛をこっそり謡う
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2012/01/17 (Tue) Comment(0)
深更。さらにふかまる。




 
 
カイトの足音は特徴的だから、すぐにわかる。革を張った固い靴の中に差し入れているのが作られた偽物だからというそれ以上に、やはりその左足は少し遅れて歩幅を踏むし、何よりステッキを突く音がある。大勢のステップが刻む三拍子の中にも、敏くその音を聞き分けて振り返ったメイコは、けれど姿を捉えるより先にその手に手を取られてしまった。
驚き瞠る。カイトが伴って行ったはずの女性を置いて一人で戻ってきてしまったことも、それを構わない様子にも驚いた。
驚き、次に湧いたのは不安だった。メイコの手を取り、帰ろう、と一言告げた辺り構わない不躾な様子は、咎めるべきことだ。紳士の振る舞いではない。
「どうしたの?」
平静を装って声音を少しきつくしたけれど、言葉の意味はその通りのものでしかなかった。何かあったのだろうか、と脳裏を掠めるのは火に包まれた館で見た左足の傷口だ。
「もう、帰ろう」
メイコの問いには答えず繰り返した声音が、まるで頑なな幼子のような聞かなさで、不安は却って増した。腕を引かれ、不満げな腕を断わって解く。また今度ねと宥めながら、気が気でなかった。
どうにか呑んでもらってリンから離れると、カイトはミクに一瞥を遣って踵を返す。足は強く踏んでいるようで、特に何かあったと言うのではないのかもしれない。痞えが少し降りた。
ホールを出てもメイコを引いて、カイトは振り返らない。手首を易々巡らせた手は力が強く、少し痛むくらいだった。
本当にどうしたの、と。
尋ねる言葉を呑む。告げられない出来事を敢えて聞き出して、それの手助けになれるとはもう、確かでない。カイトの掌はもうすっかり大きく、メイコの手よりもずっと確かにすべてを掴めるはずなのだ。
手を引き先を行く背ばかりを見詰めていたら、仄灯りばかりの廊下で足元が疎かになった。つ、と爪先を床にひっかけて、二歩三歩とたたらを踏む。カイトがつられて転びはしないかとはっとしたが、振り返り見た青い眸が案じたのは彼自身ではなかった。
ステッキを握ったままの左腕を、メイコの支えに差し出す。抱き寄せるように平衡を保って、ほっと一つ息をついた。目の前で肩から胸が緩やかに動く。いけない、と思って目を閉じた。
カイトは弟だ。血は繋がらなくとも。
彼自身が知ってしまっても、そのためにメイコを拒むのだとしても。メイコにはずっと、カイトは弟でなければならない。
「ごめん」
心底悔いた声音が耳元で囁いて、メイコは答えて頭を振った。胸を押して距離を取る。低く、その声が耳朶を打つと背が粟立つ。逃れるように身を離し、表情ばかりかろうじてとれる場所から微笑んだ。
「大丈夫」
本当に、と問うかのようにしばし、カイトは見詰め降ろしてきた。それをかいくぐるように躱し、先を歩き出す。うんと伸びた足はすぐに追いついてきて、メイコの横に並んだ。
掌を見せて差し出され、笑みを浮かべて頭を振った。小さかった頃と同じに眉根が寄せられたかもしれなかったが、灯明の少ない夜の廊下では判然としない。小さかった頃と同じに悲しげに訴える眼差しを送って遣されていても、きっとそれは気のせいだ。
その手が取るのは、姉の手であってはならない。カイトの幸せのために。メイコは頑なにそれを信じていた。
ポーチにまで出ると、家の馬車が回されてきていた。当主が乗るのだから、当然に家の印章の入った車だ。
馭者が踏み台を出すと、そしてまた当然にカイトはメイコに向け手を差し出してきた。
「ううん」
幾度目か。メイコはまた頭を振った。
「カイトが先よ」
手を開いて、示して促す。驚いたように青い眸が見開かれた。
いや、本当に驚いてだろう。はたはたと目を瞬かせ、カイトはメイコを見詰めた。きょとん、とした顔が背伸びを忘れたように無防備で、懐古の情をくすぐられる。
「足」
言い難く、苦味走りながら笑んだ。
「痛くない?」
思っても見なかったことのようだった。カイトはしばらくメイコを見詰めていた。馭者が掲げた明かりの中で、やがて青い眸が綻んだ。
「まるであべこべだよ」
然も可笑しそうで、型にはまらない態度を咎めるようで。
それでいて、心底に安堵した様子だった。カイトの気持ちが解れた風が見えて、メイコもまた自然と頬が緩む。
一つ所領を守る務めは易くないだろう。カイトが変わるのは無理からぬ。それでも変わらない部分で気休めになれると言うのなら、メイコは果たしたかった。
「あべこべで構わないの」
気取って、紳士の所作を真似て見せる。
「カイトを守るのが、私の役目だもの」
彼が変わろうとも、自身が変わろうとも。
参ったな、と呟きながら、カイトは肩を揺らして笑っていた。物珍しい光景だったのか、馭者がぽかんと口を開けていた。
梢に夜の鳥が鳴いていた。
 
 

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