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カイメイ中心 * VOCALOID二次創作小説サイト * メイコ愛をこっそり謡う
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2012/01/17 (Tue) Comment(0)
巡る歌う鏡面の向こう側。




 
 
背けられた眼差しが振り返ることはなかった。踵を返した背は人波に消える。振り払われた手は行き場を求め彷徨うことすらできなかった。
力なく落ちる。ルカは落ちた手を固く握り締めた。
聡明怜悧な伯爵が衆目に思い至らぬはずがない。それほどまでにルカを疎んじて、あるいは軽んじているのだと思った。
歯噛みをする。誰も。皆が自分を疎んでいるのは知っている。けれどルカはここにいるのだ。存在をなきものにはできない。
踵を返した。伯爵の去った方向に背を向け、人波を割る。苛立ちに靴音を高くすれば道筋は自ずと割れた。皆ルカを知っている。侯爵家の望まれない長子。
憐れむような眼差しを隠してフットマンが開けるドアを通り抜ける。下らないパーティなどにこれ以上いられない。
下らない。今夜のパーティはすべて、あの双子の差し金なのだ。生意気な弟妹が、生意気で小憎らしいミクのために画策した。ミクをあの女に引き合わせるために。
長い廊下は仄暗い。煌々と照らされるダンスホールとは対照的だ。ルカの憤慨した様子に、驚き慌ててついてきた侍女が明かりを持って先に立つ。忌々しく、ルカは毒づいた。
「遅いわ」
踵を鳴らして歩く。廊下は暗いばかりでなく寒かった。晒した腕を抱くように組んで、ルカは足を速めた。追い立てるように侍女を追い、部屋へと急ぐ。
自室は、ここだけはずっと変わらずにルカの居場所だ。父親の手も、血の繋がりのない形だけの母の影も及ばない。
けれどいずれは追い立てられてしまう。
「着替えるわ。寝間着を用意して」
命じると慌てて畏まる。侍女の様子を視界の端に収めながら、苛々とベッドに歩み寄った。サイドボードにランプの灯が点されている。揺れる仄明かりを見ながら、ルカは自分のアドバンテージを一つずつ確かめた。
何としてもあの伯爵の家を手に入れる。ルカの家にするのだ。
ノックの音がして顧みると、寝間着を言いつけた侍女だった。遅い、ともう一度忠告しようとしたところで、気付く。衣類の一つも持っていない。ルカは柳葉のような眉を逆立て睨んだ。
「何をしているの!」
鋭く響いた声に侍女はひっと首を竦めた。けれどそして、その後ろから鷹揚な声がかかる。
「ごめんなさい。僕が頼んだんだ」
現れたのは弟だった。レンはにこりと笑い、冬の浅い空色の眸がルカを見た。
「夜だし……失礼かとは思ったんだけど、どうしても姉様と話がしたくて」
忌々しく目を細め、不機嫌を隠さない。彼らがルカを姉と思っていないことは知っている。あえて姉と呼ぶ時は、きっと裏がある時だ。
そして気付き、訝った。訪ねてきた弟は、一人きりだ。十四にもなって手を繋ぎ一緒にいる双子が。
なぜ片割れを置いて訪ね来たのか、ルカは探るように向き直った。
「リンはミクといるよ」
答えるレンは笑っている。けれど表情だけだ。
「メイコは帰ったよ。弟の伯爵が連れて帰った」
振り払われた手が思い起こされて、頬がかっと熱くなる。どれだけの衆目があったか。目の前で笑うレンもすでにそのことを知っているのだろう。
「だから、何?」
虚勢だ。だが無様を曝すより余程いい。
レンの口角がまた少し、上がる。
「うん、だから。そのことで姉様と話したい、って思って」
理解した。ルカは抑揚を殺しながら声帯を震わせる。
「私からお前たちには何一つだってないわ。つまり会話にならないの」
その内心は知れている。ルカは顎を引き、腕を抱いた。彼らがルカをからかい、はしゃぐことを遊びのようにしているのは知っているのだ。思うほどに苛立ちは募り、抑えは利かなくなる。
「お話し合いにはならないのよっ!」
冬空の色の眸が薄く細められる。笑みが消えて、それは少なからずルカの憤激に対する反応であるように見えた。
けれどそれは見誤りだった。
「リンは関係ないよ。これは俺とあんたとの話し合いだ」
『お前たち』。その一語に対する反応だった。ルカは軽く瞠った。弟の素顔を見た、と思った。
ルカとレンとが押し黙ると、室内は静寂に支配される。窓外の夜に風はなく、賑わうダンスホールの喧騒もこの部屋には届かない。
いつもにこにことして如才なく、双子の姉とも紛うような愛らしさを振りまいていた弟。それが上辺であることなどとうに承知していたが、では内実はどうなのかと言えば預かり知らないところだった。ルカは彼を知らない。知る必要もなかった。
レンは強かだった。双子の姉に執着があり、強かさをそのために発揮しようとする。今、知ったことだ。
「閉めて頂戴。寒いわ」
侍女に向けて掌を振り、追い払う仕草をした。慌てて畏まって退出し、室内にはレンとルカだけが残る。
「歓待はしないわ。何?」
背を向けて窓辺に向かう。壁には黒く二人の影が、暖炉の火に煽られていた。
レンは侍女の去るのを見送り、閉じられたドアから三歩ほどで留まった。
「伯爵。ミクを睨みつけてメイコを連れていったよ」
低く笑う音が声音に混じる。
「よっぽど大切みたいだ。まるで愛人を囲いこむ様子だった」
苛立ちに振り返る。ルカが睨みつけた少年の白い面差しは、反面だけを炉に赤く照らされていた。
「だから何よ! 実際がどうあったって、何某かが明かさなければあの二人は姉と弟なのよ! 妻の座は空くのよ!」
大仰に振り返り声を上げたルカに、そうだね、とレンは一つ頷いた。
「全くだ。言う通りだよ。だけど」
何かが窓の外で羽搏いた。枝葉は揺れ、舞い散る音がする。
「あの人は、メイコがいる限りは誰も娶らない。断言できる」
ざわりざわりと風が吹き、ボーイソプラノに雑音となって重なった。秀麗な少年の顔が愉悦を噛むように歪む。
レンが口角を上げて笑った。
「メイコがいる限り、あんたの望むものは手に入らないよ!」
ターコイズの眸を瞠り、ルカは見詰めた。暖炉の火が爆ぜる。大きな石造りの暖炉に温められて部屋は暖かかったが、ルカの背には悪寒が這い上っていった。
年弱な少年の妄言と笑うのは容易かった。けれどルカはそれをしなかった。レンの断言を飲む足る確信がある。強く意識をした。
人はそれを妄信と言うのかもしれない。色をなくした唇を震わせたルカを、見透かしてレンが目を細めた。
闇夜に鳥が鳴く。
あれは虎鶫だったのだろうか。
鵲か。

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