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カイメイ中心 * VOCALOID二次創作小説サイト * メイコ愛をこっそり謡う
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2024/11/23 (Sat)
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2012/01/13 (Fri) Comment(0)
さて舞台に役者は揃いたる。





 
 
ホールは煌々と照らされ、夜の帳に包まれる時刻と思えないほどに明るい。煌びやかに輝くダンスホールの端で、メイコは渋面を浮かべていた。
見回せば着飾った紳士淑女たち。シルクのなめらかな光沢や、金や銀や希少な石で身を飾り、澄ました談笑が交わされる。場違いだ、と思わずにはいられない。伯爵の娘という地位が確かだった十のころにも、メイコには縁遠かった。今はいっそう不似合いに思える。
「大丈夫?」
気遣って、隣にはカイトがいてくれる。ホールを巡るウェイターの銀盆から、飲み物のグラスを取る手はよく慣れていた。
貴族の交流の場であるのだから、伯爵であるカイトが親しんでいることに不思議はない。だがひどく不慣れで、不釣り合いなメイコ自身との距離を、遠く感じてしまうのは否めない。ありがとう、と答えて強く、指先を意識してグラスを受け取った。
手と腕は長手袋で覆われている。上等のシルクで、ただでも不調法の指先は滑ってしまうのだ。傷跡を隠す手袋は、深紅のドレスとそろえてカイトが用意してくれた。似合わないわと笑ったら、気にすることないのにと言ってくれた。
「傷……気にすることなんてないんだ」
ひどく哀しげな眼をした、カイトこそが気にしているんだろう。彼を助けるために負った傷だと。
気にしてなんてないわ、とメイコは答えた。誇りにも思うくらいだ。この傷と引き換えに大切な弟を守れたのなら。
だから気にしているのはメイコではない。いや気にするのは、と言った方が正しい。予想通りに先程からちらちらと、不躾な視線が人波の合間から送られてきている。化粧だって随分念入りにしてもらったのだが、それでも頬にまで及ぶ傷は目を引くのだろう。
悪い方に。
見上げると、青い眸が涼しい微笑を返してくる。略装がよく似合っていた。その隣にいれば尚更だ。カイトがおかしなものを連れている、と思われることだけが我慢ならなかった。
「それにしてもあの双子……呼び付けておいて愛想がないな」
少し不機嫌にひそめられた声に苦笑する。彼らが招待者でなければ、メイコもどうにかして辞退していただろう。
「主催なんだもの。挨拶をする人もたくさんいるんでしょ」
無責任なフォローをして、はたと気付く。それはカイトも同じことだ。
「貴方も。知り合いの方がいるなら、私のことはいいから行ってきたら」
カイトが傍を離れるならば、珍奇なものを見る目も気にならなくなる。メイコ一人に向けられるなら、煩わしいだけで話は済むのだ。
だからと思ったのだが、カイトは小さく眉をひそめた。
「駄目だよ」
場を見失わない静かな声音だったが、強い口調だった。どうしてと首を傾げると、何かあったらことだと言う。
「何か、なんてあるはずないわ」
性質の悪い冗句だと思わず笑ってしまったのだが、カイトは真剣だったようだ。口調がまた少し強くなった。
「笑いごとじゃないよ」
窘められ、心中項垂れた。確かにメイコが悪目立ちをすれば、一人でいたとしてもその素性は簡単に知られるだろう。カイトに累が及ぶのは目に見えている。
「そうね。考え無しだったわ」
謝ったのだが、見上げた表情は晴れなかった。そのわけを乗せかけた口を、カイトは噤んだ。
人波を縫って、明らかにこちらを目指している数人があったのだ。カイトが目を遣った先へ、メイコも向いた。
三人。メイコにも既知だった。先を行く少年と少女。双子はリンとレンだ。そして一番後ろから不機嫌そうに、ひどく不本意そうな表情を覗かせてついてくるのは姉のルカ。侯爵家の兄弟たちだった。
「メイコ姉様!」
こちらが気付いたことを察し、リンが声を上げた。駆けるように軽やかな急ぎ足で寄ってくる。メイコの胸元に抱きつき飛び込んできて、明るく笑った。
「ようこそ!」
自分の家にも招待をしたい、と言っていたリンだから、念願かなったと言うことなのだろう。招待状にも今の笑顔を思わせるような手紙が添えられていた。体裁を守りながらも興奮を抑えられないような文面を見てしまっては、体面が悪いから行けないとは返せなかったのだ。
「招待ありがとう、リン」
奇麗に飾った髪を乱さないよう頭を撫でる。不器用な指がたどる感触に、ふふふ、と笑声が零れた。少し細められた眸が悪戯っぽく、まだ何かを潜ませている。そんな風に思えた。
「リン?」
問い尋ねようとしたのだが、ちょうど追いついたレンとルカに遮られた。積極的に妨げられたわけではないけれど、リンが二人を振り返ってしまったので、結果としてメイコの疑問は宙に浮いてしまったのだ。
双子は二人並び、改めてメイコとカイトを歓待した。
「「ようこそ、我が家へ」」
双子は笑う。ルカが後ろで申し訳程度に会釈をした。彼女と双子とは母親が違うと言う。血の繋がりのないメイコを、弟妹が姉と仰ぐのは心中複雑なのだろうかと見た。
「お招きいただきましてありがとう」
「ありがとう」
メイコに倣うのはカイトだ。彼も彼でリンとレンに思うところがあるらしい。如才なく振る舞ってはいるが、距離を置こうとするような意識を感じてしまう。
困った『弟』だ、とメイコは思う。いつまでもそう『姉』にばかり拘っていられたのでは、困る。
「ねえルカ姉様」
レンが姉を呼んだ。
「せっかくだから伯爵とお話してきたらどうかな」
片割れの提案に、リンは両手を合わせる。弾む声音で同意した。
「とてもいい考えだと思うわ! ルカお姉様だってそう思うでしょう?」
ルカの表情に刹那、微かに激昂するような素振りが浮かんだ。けれどすぐさま打ち消された。彼女なりに場を慮ったのだろう。
無邪気を装う眸が笑う。それでもその笑顔が底抜けに明るいのは、リンに悪意がないからだ。利己的に振る舞うことを、リンは悪しとは思っていない。
ルカは逡巡したようだった。弟妹の態度は如何にも侮っている。レンにしてもリンにしても、メイコからカイトを引き離す目的にルカを使おうとしているのは明らかだ。良いように扱われるのは腹立たしい。だが彼女の目的にもその提案は適っているのだ。迷いはしても、すぐに益を選んだ。
「是非、ご案内をさせていただきたいわ。伯爵」
艶然と笑む。やはり綺麗なひとだとメイコは思った。
だがカイトは頭を振った。
「彼女は不慣れなんだよ」
離れるわけにはいかない、と。
メイコをだしにした、やんわりとした拒絶だ。咎めるような視線を向けたが顧みない。穏和に装った蒼眸で、双子を睨んでいる。
「大丈夫ですよ、伯爵」
レンが、笑う。
「そうよ。私も、レンもいるのだもの」
リンも、笑う。
メイコは見上げた。反駁をだろう、口を開きかけたカイトに向かって呼びかける。
「ねえ、良かったじゃない。一緒に他の方へご挨拶もしてくれば?」
はっとして顧みた。青色の眸が揺らいだのを、メイコはその時はっきりと認めた。
虚を衝かれた、表情だと思う。
「ああ、なら行ってくるよ」
驚きを自覚するより早くカイトがそう答えたから、ただメイコの心中に深く残っただけだった。それでも確かに、青色の眸はその時、泣きそうに揺らいでいたのだ。
男は女の手を取って隣に立つ。正しい姿だと思えた。
カイト。背に呼ぶ名も出かかったが、口に含んだだけで飲み込んだ。ルカのエスコートに立つ姿は、この隣に立つよりもずっと映えるとそう思えた。
「あの二人がうまくいったら、メイコ姉さまと私たちも本当に兄弟ね」
リンが明るく描き出す。思い描くのも容易な未来に、メイコは無理に微笑んだ。
「ええ、本当ね」
それは望ましい未来のはずだ。メイコ自身にとっても。
「どうしたの?」
レンが覗きこんでくる。
「やっぱり、不安? 顔色が悪いよ」
彼が言うのは弟が傍を離れることに関してだ、と思う。それ以外であるはずがないとメイコは思い込む。
「何か飲むものを取ってきてあげようか」
そしてレンは片割れに向かって手を伸べた。
「行こう、リン」
その違和感に。
気付かなかったわけではない。それでも首を捻ることをしなかったのは、そんな間もなかったからだ。
手を繋ぎあった双子の背が人波に消える。それを見送る間さえもなかった。
「こんばんは」
その声は違わずメイコに向けられていた。あまやかな少女の声音。振り返り見る。そこにはその声の通りに少女が立っていた。
「初めまして」
少女の言葉の通り、メイコは彼女を知らなかった。だが彼女は確かにメイコを認識して話しかけてきているし、だからメイコは彼女が誰なのかを察することができた。
「初めまして」
メイコの答えに、ミクは微笑んだ。
「驚かないのね」
碧玉のような眸が細められる。想像を超えた美しい少女だった。白絹のドレスに身を包み、この世のものかも疑わしいような清廉な微笑を浮かべている。
「驚いているけど……そう見えないのならよかったわ」
半ばは嘘だった。予想していなかった出来事ではあるけれど、話に聞いていた人物が目の前に現れたことで焦っていたり、心を掻き乱されているという事実はない。元々手の内の読み合いなど得手ではない。予想通りのことが起きる方が却って意外なくらいだ。
ふうんと肯いて、ミクはくすくす笑声を零す。私も驚いているわと接いだ口許が三日月に撓められた。
「聞いて想像していたより、ずっとひどい有様ね。カボチャみたい」
目を丸くした。リンとレンに何かを聞いたか、それとも彼女が伝授した常套手段なのか。
どちらにしても気に入らない。
初対面から人の神経を逆撫でしようという性根が気に入らない。メイコはにこり、笑みを返した。
「ネギみたいな小娘に言われたくはないわ」
緑の眸が見開かれる。意表を突いた返答ではあったようだ。さて怒るだろうか喚くだろうか。ことによっては得手ではない腹の探り合いもしなければならない。リンとレンのように簡単にはいかないだろう。
だがメイコの用心に反して、瞠られた眸は細められ、開かれた唇が紡いだのは罵声でなく大きな笑い声だった。
「あはははっ」
突然のことで、気が触れたのかと思った。衆目が集まるのも気にせず、ミクはぴたりと笑いやめ、メイコを見据えた。白く細い指先で指し示すのは彼女自身だ。
「私が『誰か』を知っていてその答え?」
緑の眸の奥の妖しい光を見据え返す。メイコの声に澱みはない。
「ええ、勿論」
権威を笠に人を傷付けても許される、など認め難い。袖すり合うだけの他人ならばともかくも、彼女はカイトを介して決して浅からぬ縁なのだ。
ちょん、と手にハサミの真似をして見せて、ミクは笑う。
「気に入らない実がなるならば、枝ごと刈り取ってしまうのも良いわ。ほかの実も、落ちてしまうけれど」
彼女が何を含み示しているか、わからないはずがない。まさか、とは思う。
「自ら鋏を持って畑に出るなんて、気に入らないどころかお気に入りのように見えるわよ。オヒメサマ」
彼女がメイコをどうしたいのでも構わないが、カイトにはきっと触れさせない。手に拳をひそやかに握る。
メイコの意志を透かし見るように、ミクは、わらう。
「そんなにも伯爵が大切?」
翠の眸が、紅茶色を覗き込む。
「あの嘘吐きの弟が」
血の気が引くようだった。あるいは昇った血が思考を奪うのか。
挑発だとわかっている。それでも抑えられない。
「カイトは嘘吐きなんかじゃない!」
得手ではないのだ。舌戦など。
わらうミクに有利を取られているのがわかっても、許せなかった。激昂するメイコを、見詰める白いかんばせはまるで花のようだ。白い花。花軸に毒を持つ。
「嘘を吐いていない? そうかもしれないわ。でも教えてくれないでしょう? 貴女のために何をしたのか」
背筋を悪寒が這い上る。メイコはこくりと息を呑んだ。
ミクの言葉は思ってもみなかった言葉ではない。ずっと思っていた言葉だ。メイコが心の奥底に、ずっと沈めてきた言葉だった。
あの伯爵家にはカイトしかいない。十年振りの家がメイコにとって居心地のいい場所であるのは、疎む者がいないからだ。どうして。
異を唱える者は誰もいない。親類縁者一切に渡って一人もいない。なぜ。
系図をたどってみれば、遠縁は僅かばかり残っているらしいが、近親は絶えていた。十年。メイコという個人には長く、けれど一つの家筋が絶えるにはあまりに短い。
「信じていたいだけでしょう? 大切な弟のまま、変わらないままだと」
胸を圧されるようだ。胸骨がきりきりする。思わないわけではない。
まさかカイトが、と。
「うるさいわ」
メイコはミクを睨んだ。理も論もない。
「うるさい。黙れ。カイトに触れるな」
目が潤む。彼女が誰なのか、知っている。だからこそ、これ以上は訳知り顔で語られたくなかった。
手袋に包まれた手を強く握りしめた。涙目が睨んだミクはもう笑ってはいなかった。
「怖いでしょう? 大切なひとが自分のために罪を犯したと思うのは」
裏切りのような冷やかさと憎しみのような激しさで暴かれる。それでもメイコは奥歯を噛んで、声を震わせなかった。
「カイトは私が守るの」
ミクは僅かばかり目を瞠ったかもしれない。不意に喧騒が飛び込んできた。
メイコは自分のいる場所に気付いた。侯爵家のダンスホール。はっとして見渡せば煌びやかに着飾った人の波。
見回していた目を戻すと、目の前には美しい少女の姿がある。艶やかな翡翠色の長い髪を二つに結んだ、白いドレスの少女は微笑んでいた。
「ねえ」
ミクは可愛らしげに小首を傾げる。
「私、貴女ともっとお話ししたいわ。養育係を引き受けてはもらえない?」
にこにこと微笑まれて、メイコは思わず瞬いた。首筋に浮いた冷や汗も、腕が引き攣りそうなほど握りしめた拳の意味もわからない。目の前の少女を見ている限りは。
呆気にとられたまま、メイコは首肯した。双子がやがて戻ってきて、リンがひどく羨んだ。
「じゃあ一緒にね」
困って取り纏めると、二人は喜んだ。リンとミクだ。レンは澄ましていて、よくわからない。
だが年相応に背伸びして取り澄ましたレンよりも、ミクのことの方がメイコにはわからなかった。彼女は本当は誰なのだろう、と。

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