カイメイ中心
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VOCALOID二次創作小説サイト
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メイコ愛をこっそり謡う
投稿の形式を変えました。
前の方も揃えてありますが、中身は変わってないです。
面食らった方がありましたらすみません。
本文を入れないと投稿できないので、注釈のなかったところには適当な文章が入れてありますが、特に意味はあるようなないような…
そんな程度です。
前の方も揃えてありますが、中身は変わってないです。
面食らった方がありましたらすみません。
本文を入れないと投稿できないので、注釈のなかったところには適当な文章が入れてありますが、特に意味はあるようなないような…
そんな程度です。
歌が聞こえる。懐かしい数え歌だ。カイトはきり、と唇を噛んだ。
青い眸の睨む窓の向こうには、降りやまない冷たい雨。カイト一人で佇む廊下は、まるで窓外と同じ雨が降るようにひんやりと静まり返っていた。
明るい歌声は年を経て、伸びやかに温もりを深めている。もしもこれがカイトに歌い聞かせているものであるなら、こんなにも冷やかな思いをしてはいないだろう。氷雨に打たれる窓の縁についた手を、きつく握りしめた。
歌声はメイコの部屋から聞こえてくる。彼女は幼い二人の来客を自室へと通しているのだ。そのこともカイトをひどく苛立たせた。
温かく火の焚かれた室内にはメイコの声。カイトのものだった歌声だ。それを。
奪われた、とカイトは感じている。誰にか。
あの双子にか。
それとも双子の紹介者にか。
ミクは双子を紹介する手紙に、二人とメイコとの繋がりを明確に記してきた。双子はそれを隠さないだろう、と書き、またメイコがきっと喜ぶだろうと書いてきたのだ。全くだ、と思う。
思いもかけず現れた弟妹を、メイコが喜ばないはずがない。腹違いの弟とはいえ、あれほどにカイトを慈しみ、可愛がってくれたのだ。同じように双子を愛しむだろうことは容易に想像ついていた。
「楽しそうですね」
かけられた声を、はっとして振り返る。三人の兄弟が集う部屋からカイトの方へと視線を戻し、白衣の青年技師がそこには立っていた。技師は人好きのする微笑を浮かべ、軽く会釈を遣してくる。
「ご自室を訪ねたんですが……いらっしゃらなかったので、家令さんに伺いました」
自宅を歩き回るのに別段、誰に知らせる必要もないが優秀な家令は、きちんと主の居場所を把握していたらしい。そしてその居場所を伝えたのも、技師がそれに値する信頼を、主から受けていると判断したからだろう。
技師は窓辺に立つ伯爵の姿を見詰め、おそらくは見分し、尋ねてきた。
「ここは寒いでしょう。痛みませんか」
傷痕の左足。意識を促されると重苦しい痛みが湧き上がってくる。
「大したことはないよ」
答えながら、視線が誘われるように閉め切られた部屋の扉に向く。同じ日に、同じ火を触れたメイコは、隔てられた温もりの中にいる。彼女の傷は痛まずにいるのだろうか。
この傷の痛みは、今は独りだけの。
「では……大したことがない、内に戻られた方が良いでしょうね。障りますよ」
鮮やかなエメラルドの眸が柔らかく細められる。その眸は、カイトがここにいる理由も聞いた、と雄弁に語っていた。
「室内に居られれば、古傷が痛まれるようなこともないでしょう。伯爵家のお屋敷は、やはり温かくてらっしゃいます」
メイコと再会した古い教会を思い起こす。技師の言うのも尤もと思える石造りの冷ややかな堂屋。また陽の陰暗い未舗装の路地裏を。あの場所から連れ出そうと手を伸べたのはカイトで、それを取ったのは確かにメイコだ。その点で言えばメイコは、カイトを選んだのだ。
僅かに溜飲を下げ、踵を返した。扉一枚を隔て、苛立ちを募らせていても益はない。自室へと足を向けた。
計るように距離をとり、ついてくる技師が含み笑うのも無理からぬことだ。彼の掌に踊った形にはなるのだろう。だが良い引き際を作ってもらったと思うことにする。
「しかし残念です。改めてお嬢様にご挨拶をと思っていたのですが」
ちらりと肩越しに顧みれば、言葉の通りに惜しそうな顔をしていた。どれほど定かなものかは知れないが。
「来客がなければ彼女も診てもらおうとも思っていたんだけれどね」
それは嘘ではない。もう古いものであるし、平気だからとメイコは笑ったけれど、やはり深い傷の痕だ。我慢強い彼女のことだから、痛くとも堪えているとも思われる。一度信の置ける者に診せて、確認を取っておきたかった。
そのカイトの言に、小さく苦笑するようだった。
「僕は技師です。医師ではありませんよ」
知っているよ、とカイトは答えた。けれどカイトはそこらの医師など信じてはいないのだ。
仕方なかったとはいえカイトの足を奪ったのは最終的には医師であったし、何より別れの日に、メイコから引き剥がした腕は医師のものだった。憎むに足る理由だと思っている。
「しかし……お嬢様はどうでしょうね」
得体の知れない技師を信じるだろうか。
けれどその言葉は同時に問い質してくるようだ。メイコはカイトの信じる者を信じるだろうか、と。
カイトの言葉を信じるだろうか。
カイトを、信じるだろうか。
立ち止まり、振り返った。背後では青年技師が穏やかに含み笑う。その向こうへ続く雨音冷たい廊下と、柔らかな歌声を零す閉ざされた扉。カイトは気が急かされるのを感じた。
メイコと実の弟妹になる双子を巡り逢わせたことは、本当に良かったのか。断り難いミクの申し出とはいえ、撥ね退けるべきではなかったのだろうか。
メイコが喜ぶだろうという一文に、惑わされた一面もある。喜ぶ顔が見たかった。たとえカイト自身に向けられるものでなくとも。
だが今、途方もなく後悔をしている。メイコに愛される弟という立ち位置。その立ち位置を奪われる。奪われる、という危機感を抱かせられる。
「旦那様?」
青年の声に意識を引き戻された。答えず、カイトは背を向けた。促すまでもなく追従してくるだろう技師には言葉をくれず、捻くれた妹の真意を考える。
二の舞にはならぬ、と告げた兄をミクは笑おうとしているのだろうか。だとすればその策は全く功を奏している。
カイトは掻き乱されている。自分が向くと決めた方向を見失ってしまいそうになり、全身で守ってくれた彼女にすべてを返すと誓った、それをかなぐり捨てるかとさえ考えている。カイトは頭を振った。彼女は姉で、自分は弟だ。
閉ざされた扉からかすかに漏れ聞こえる歌声と、はしゃぐような少女の声、少年の声。耳を閉ざすように自室へと足を速めた。
自室は火が焚かれ、心地よく温められていた。痛みは未だにずくずくと左足を苛んでいる。カイトは暖炉際の揺り椅子に腰をおろし、深く背を沈めた。後ろから入ってきた技師が扉を閉ざし、静かに問い訊ねてきた。
「望みのものは手に入りませんでしたか?」
純粋な疑問を口にしたかのような問い。けれどカイトにはそれは思いもよらない問いだった。
「どうして?」
メイコはカイトの手を取り、この屋敷に帰ってきた。それこそをカイトは望んでいたはずだ。少なくとも青年技師はそう心得ているはずだ。
問いに青年は、いえ、と少しばかり口籠る風を見せ、けれど疑心に凝ったカイトを信じさせた繕わぬ物言いで簡潔に答えた。
「満たされぬ、といったご様子に伺えます」
藍青の眸をちろりと向け、カイトは答えなかった。
たとえ実の妹、弟として双子が現れようとも、一人目の弟としての立場は変わらないはずだ。弟として誰よりも傍近く、メイコの望みのままに、彼女を守る。
それが望みだと、自分自身に強く言い聞かせる。そうしなければまた失くしてしまう。あの日、引き剥がされた温もりを。
「……彼女は俺の手を取って、帰ってきた。そのあとを満たすも満たさぬもないよ。俺が彼女を満たせるかどうかだ」
すると技師はエメラルドの眸を瞬かせた。然も意外そうにカイトを見詰め、臆面もなく口にする。ただそのまま、意外だ、と。
「満たされることを望んでらっしゃるのだと思っていましたから」
は、とカイトは口角を上げた。人を見る目に長けた青年技師も、見違うことがあるものだと笑ってみせる。
けれどそれはカイト自身への偽り言でもあった。カイト自身、よく自覚している。
メイコに変わらぬままを望んでいる。十年前と同じに、自分だけに歌を。自分だけに微笑みを。自分だけにその温もりを。
「だとして、それを表してどうなる?」
望めばメイコはくれるだろう。やさしい歌も、温かな微笑みも、甘やかな温もりも。
だがそれを与えられるカイトは変わりすぎてしまっている。歌声を聞きながら膝を枕に借りて、無邪気に眠ることはもうできない。
「だから……満たすことで繋ぎ留めようと?」
メイコがこの屋敷にあってもいいと思ってくれているうちは、カイトは傍にいることができる。自分だけにでなくともいい。歌も、微笑みも、温もりも、せめて触れられる傍らにあるのなら、そこに何者かが介在することも堪えられるはずなのだ。投げやりに肯定したカイトを、技師がエメラルドの眸で見詰めてくる。
信頼する技師においてただ一つ、彼のその双眸が、カイトには少し疎ましかった。選りにも選って、妹の眸の色合いによく似ているのだ。苦手とは言わないが、どうにも扱い難い片親違いの妹、ミクに。
王宮の深窓に閉ざされた彼女のことなど、知りもしないだろう技師が、興味深そうにカイトを見詰めてきた。そうしてまた、同じ色味から好奇心たっぷりの、妹の眸を思い起こさせる。問い訊ねられている気分になるのだ。
二の舞にはならない、のではなかったの、と。そしてまた。
「もう一つ気になっていたのですが……」
エメラルドの眸の白衣の青年技師が温和に小首を傾げる。窓の外、しとしとと降りやまない雨はいよいよ冷たく、やがて霙になろうとしていた。
「『姉さん』と呼ぶことはやめてしまったのですか?」
彼の卓越した観察眼を、カイトはよく心得ていた。カイトが伯爵位を継ぐ者であろうとも、伯爵になろうとも気に留める素振りすらなく私見を言い放つこともだ。媚びて利を得ようとすることなく、構えて敵意を見せるでもなく、あっけらかんと問うてくる様は好ましいものでさえあった。
カイトは青い天涯の色の眸で技師を見据えた。鮮やかなエメラルドには単純に疑問であるように見えた。だが利発な彼が、彼自身の言葉の意味を理解していないはずがない。
カイトは再三、答えなかった。しかし自分の中では確認してしまっていた。
メイコには愛しい姉であり続けることを望みながら、カイト自身はすでに彼女を姉と呼べなくなっている。声が聞こえるようだった。
雨音に重なりながら、軽やかな少女の声が笑う。二の舞になるおつもり、と。
カイトはかぶりを振った。声を、言葉を振り払う。
「呼んでも、呼ばなくとも……彼女と俺の関係は変えられないだろう……?」
呟いて確かめ、けれど雨音は静かに、響き続けた。
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