カイメイ中心
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メイコ愛をこっそり謡う
モチーフとかイメージとか、何か混ざってます。
これ曲違わない?と思った時は、「そんなにも好きか^ω^」と受け止めていただけると嬉しいです。
これ曲違わない?と思った時は、「そんなにも好きか^ω^」と受け止めていただけると嬉しいです。
鈍色の雲が空を覆う午後、メイコは自室で写本をしていた。
書くにしても読むにしても、文字から離れていた時間の長さは大きい。勘を取り戻すついでに写した本を院に贈れば恩返しにもなる、と思ったのだ。
姉として弟の手助けになりたいと思う気持ちは強い。けれど十の頃に留まったままの知識では、伯爵の隣にはいても役立たずだ。姉さんは好きにくつろいでいてくれたらいい、とカイトは言ってくれるけれど、メイコは厚意のまま客分の位置に甘んじ続けるつもりはなかった。
ふと手が止まり、ひとつ息を吐く。インクが滲みを作らないようにと、慌ててペンを立てた。
窓の外には冷たい風が吹いている。既に霜も降りるようになって、庭は冬枯れの様相。火事の日を思い出させる。
メイコが屋敷に戻ってからすでにひと月近く、経とうとしている。すぐに帰ることになるだろうという予想は外れてしまった。隙間風の吹き込むあの屋根裏の部屋は、もう誰か新しい住人を得ただろうか。
本を借りたいと言ったら、喜んで、と貸してくれたカイトはにこやかだった。柔和な表情の似合う温和な面差しは、変わらない鮮やかな天涯の青と相まって少年の日を髣髴とさせる。それなのに。
メイコは椅子を引いて立ちあがった。写本のために借りた本や、紙や、文具一式を乗せた机を指先で撫でる。メイコはなぜか、今のカイトにひどく距離を感じていた。
メイコが屋敷を出た経緯を鑑みれば、この部屋が十年このままであったとは考え難い。呼び戻す姉のためにと、カイトが用立てたのだろう。その厚意は『姉』に向けられたものだ、とメイコは思うのだ。
けれど今、『弟』であるはずのカイトが遠い。きょうだい、とはこんなにも距離のあるものだったろうか。
そこまで考えて、メイコの唇に苦い笑みが浮かんだ。
「まあ、仕方ないかな…」
十年。この手の中で守れるほど、カイトはもう小さくはない。今度は守るために、と言えるほど大きくなったのだ。
片や自分はと言えば、この指先が示しているのだろうと思う。天板の木目を撫でた指を掌に握りこんだ。この手はきっと、掬いあげたものも隙間から零してしまう。
そっと目を伏せ思い返した青色の眸は、偽りない本心だったのだろう言葉を強く示していた。繕うことを忘れたように真剣で、根は変わっていないのだろうと思えた。少し嘘が巧くなっただけ、と呟いてメイコは小さく笑った。
願わくば、『姉』でない誰かにその言葉をかけられるように。
不意に厚い樫の扉を叩く音が響いた。返り見、メイコは応じる。
礼をして入ってきたのは、メイコの身の回りを預かっている侍女だった。礼節や仕来りに細かく、幼い頃はどちらかと言えば苦手だった人物だ。何かあったか問うと、客が、と答えた。
メイコは首を傾げた。カイトにならばともかくも、メイコに客のある道理がない。知人と言えば下町の住人たちしかなく、彼らが伯爵の屋敷を訪ねてくるはずがないからだ。だが困惑するメイコに、侍女はますます困惑するような名を告げた。
客の名は、耳に覚えのある侯爵家のものだった。けれどルカではないと言う。そして侍女は紹介状を差し出した。
「私に? カイトでなく?」
確認を取ると、カイトには別に紹介状があり、すでに渡されていると返答があった。言の通りに、宛名はメイコになっている。伯爵家の名が同列に並んでいるのがこそばゆい。
裏に返しても差し出し人の名はなく、代わりに緑の封蝋に、印章はシロツメクサ。
「…誰?」
どなた、と言うのが正しいかと。鋭く正してから、侍女は答えた。
「やんごとない方です」
簡素にして明確。だがそれゆえに重要なところが秘されている。仕える者は口数少ない方が良い、と言っていたのは父だったか母だったか。多弁で明らかな人々と過ごしてきたせいで、このやりとりが少し、億劫になる。
「侯爵より上、の認識で良い?」
侍女は答えなかった。沈黙は肯定だろう。差し出されたナイフを取って封を開けると、優美な筆致。貴女に友人を紹介したいという簡素な文面だが、言葉選びが女性と思わせる。文末に、ミク、という名が記されていた。
友人以前に私は貴女を知らないわ、と見知らぬミクに心の中で毒づいて、メイコはナイフを侍女に返した。いかがされますか、と尋ねてくる。
「カイトは何て? この家の主はカイトでしょ?」
引き出しに手紙をしまい、かけたことのない鍵をかけた。鍵はペン立ての中へ。やんごとない方からの、名を伏せた手紙だというのだからこのくらいの用心は要るだろう。
「お嬢様のご随意に、と」
カイトの方にどんな紹介があったのかはわからない。だがやはりメイコへの客なのだということだろう。侯爵家の息女と息男。どんな気取った会話をしなければならないのか、気が滅入るようでもある。先達てのルカとの軽食も、カイトのフォローがなければひどい有り様だったろうと思うのだ。
お姉さんが袖にされた意趣返しかしら。ふと思って、苦笑が浮かぶ。変に勘ぐってしまって、こんなのは自分らしくもない。
腑に落ちないところはあるが、会ってみなければ始まらないだろう。
「せいぜい失礼のないようにするわ」
メイコが軽く肩を竦めると侍女は、お客様はラウンジに、と答えた。
身嗜みがふと気にかかり、おかしなところはない、と尋ねる。そうすると、そのようなことをお尋ねになる以外はどこも、と返された。近寄りがたかった侍女が目許を緩めているのがくすぐったくて、十年はこんな変化もくれるのだ、と胸が小さく温もった。
・・・
ラウンジに待つ客人と対面したメイコは、変に肩透かしを食った気分になってしまった。あるいは身構えていた分だけ拍子抜け、と言うか。
待ち構えていたのはいかにも少年と少女と言う歳の頃の、目にも明らかな双子だった。陽だまりのような金色の髪。澄んだスカイブルーの眸は、先日出逢った姉のルカとのつながりを思わせる。
そのルカが、いかにも貴族然とした高慢さと、隙なく洗練された仕草を持っていたから、その弟妹にも同じような人物像を思い描いていた。けれどメイコの顔を見るなり目を輝かせて笑った双子は、ルカのどこか近寄りがたい物腰とはまるで違う。
初めまして、と弾んだ声が重なる。リンと名乗った少女が淑女の礼を。レンと名乗りながら、少年は紳士の礼を。侯爵家の躾を物語る品の良い仕草だ。
リンとレン。紹介状にあった名だ。挨拶を返してメイコが名乗ると、知っている、とレンが笑った。
頷いてリンが笑った。
「だから、貴女に会いに来たんだもの」
然もありなん。
知らなければ会いに来るはずがない。こちらが彼らを知らないのだから、双子がメイコを知らなければ、互いを引き寄せるものは何もなくなってしまう。
だがメイコにはわからない。なぜ彼らを紹介してきたのが、既知の姉のルカでなく、メイコにとって見ず知らずの『ミク』なのだ。
心中にだけ首を捻っていると、双子がじっと見詰めてきた。気も漫ろと思われたなら本意じゃない。そう弁解しようとしたのだが、どうやら違う。
「聞いてた通りだ」
「本当、これじゃ確かに気付かないかも」
天辺のスカイブルーが四つ。無邪気な二対の眸がすうっと三日月に撓められ、笑った。
「「すごい傷!」」
明るく人懐こい、子供らしさの中に薄ら寒さを感じる。メイコはわずかに眉をひそめた。
双子の背後で、そしてメイコの後ろで、従者たちが息を呑む。年頃の女性の面体を論うのは、当然ながら礼を失した行為だ。腹を立てても仕方がないと、従者たちの視線がこっそりメイコを窺っている。
けれどメイコは顔の傷跡を指摘された不愉快さよりは、彼らがそのことでこちらの冷静さを乱そうとしているようで気になった。少女と少年がそんな姑息さで場の有利を持とうとすることが、ひどく不快だった。
レンが笑う。
「ねえ、お姉さん。俺たち貴女とお話しに来たんだ」
リンが笑う。
「三人だけでお話したいなあ。ね、お姉さん」
スカイブルーの眸は無邪気にか、無邪気を装ってか明るくメイコを見詰めている。初対面の相手には不躾な提案だ。撥ねつけてしまうことは簡単だったし、実際、双子の侍従はその点で嗜めようと、メイコの侍女は咎めようとしていた。
深く息をつく。社交の席に不慣れな主に変わり、場の有利を取ろうとする侍女を片手を揚げて遮った。
「構わないわよ」
そして背を振り返り、侍女に下がるように伝えた。ついでに双子の侍従たちも休んでもらえるよう、手配を命じる。
不満はあっただろうが、さすがに見せはしない。侍女は客分を伴って辞去していった。
扉が閉ざされるとラウンジに三人きり。大きな明かり取りの窓から入る冬の陽脚はそれでも暗く、まして曇り空。赤く燃える暖炉のおかげで室内は暖かいが、目に映る寒々しさはぬぐえなかった。
「「ありがとう、お姉さん!」」
明るく重なる声にも今は含みを感じる。まったく、前言撤回だ、と思う。敵意がわかり易かった分だけ、まだルカの方が可愛げがあったというものだ。
メイコは一つ息をつくと、ついと歩を寄せた。秘匿された密室が好都合なのは、こちらも同じこと。元より丁々発止の高尚な会話など得手ではない。力技で主導権を取らせてもらおうと考えた。
少女と少年の眼前に立ち、身長差で以て見下ろした。成長途上であろう双子よりは、幾らばかりか勝っている。
「こら、悪がき」
軽く握って作った拳を翳すと、二つの頭に一つずつ。こん、こん、と落とした。
「無神経だか、計算ずくだか知らないけど、他人の傷をそういう笑い方するものじゃないわ」
見下ろした眸が丸く見開かれた。ぱっと頭を抑え、見る見るうちに敵意に染まっていく。
力を込めたわけではない。痛みよりは、握ったと思っていた主導権を取られたことに対する驚きだろう。まだ充分に可愛いものだと頬を緩める。
仔犬が逆毛を立てるようにリンが、そしてレンが唸った。
「レンに何するのよ!」
「リンに何するんだよ!」
意外、というわけではないが、意表を突かれたのは確かだった。手を取り合う少女と少年を見る目が、好ましさを伴って変わる。へえ、と思いながらメイコはくすくすと、意地悪く笑った。
「先に悪口を言った、あんたたちが悪い。ほら、悪いことをしたらなんて言う? それとも侯爵様はそんなことも知らないの?」
口角を上げて見下ろすと、スカイブルーの眸が気圧されるように怯んだ。それでも圧し負けまいと口を結ぶ様子はいじらしい。皮肉なもので、子供らしさを武器にすることを忘れた分だけ子供っぽい。そんなお子様に、敢えて負けるつもりはメイコにはなかった。
我ながら意地が悪い、と思いながら、うん?と首を傾げて促した。やがて上からかかる視線の圧力に負けて、双子が上目使いに項垂れる。
「「ごめんなさい……」」
榛色がつい、緩んだ。すっと手を伸ばすと、びくりとすくんで警戒する。その様子がやはり犬の仔のようで微笑みを誘う。陽だまり色の髪の毛をさらりと撫でると、恐る恐ると見上げてきた。
「正解。よくできたわね」
同じ色の髪の毛も、撫でてみるとリンはさらさらと柔らかく、レンは少し硬質だ。同じ眸のスカイブルーも、リンは素直にきらきらと輝かせてメイコを見、レンは少し居心地悪そうに逸らされた。
「私も手を上げてしまってごめんなさい」
膝を屈め目線を合わせると、スカイブルーは大きく見開かれた。リンも、レンも、目を丸くしたままじっとメイコを見詰めてくる。
メイコにも覚えのあることだ。いつも自分から大人に視線を合わせようと背伸びをしているから、相手の方から下がってくるとひどく驚いてしまう。同時に、同じ目線で過ごせる相手が大切で仕方なくなってしまうのだ。
カイト。鮮やかな天涯の青色の眸が脳裏によみがえる。彼がメイコを想うのも、その頃の記憶が深くに根ざしているからに違いない。
現状から離れてしまいそうな思考を追いやって、メイコはリンとレンに笑みかけた。立ち上がり、席を促す。
「かけて。私で良ければお茶を淹れるわ。あまり巧くはないけれど」
ワゴンに乗せられた高価な茶器や、良質の茶葉はこの最近で縁を持ったものだ。一通りの所作は心得ているが、葉の味をきちんと出せるとはとても思えない。
「葉はなあに?」
促した席にはつかず、リンが寄ってきた。見上げてきた眸の明るさには、つい先程の底の抜けたような無神経さは見えなかった。
「その葉なら、五分くらいで丁度いいよ」
メイコの答えた茶葉に合わせて告げたのはレンだった。数歩距離を置いて、まだメイコを窺っているようだ。
「ありがとう。よく知っているわね」
レンの警戒を素知らぬ風に笑いかけると、ぷいと視線を逸らせてしまった。結い上げた陽だまり色の髪の間から覗く耳が、ほのかに赤くなっていたのは見なかった振りをしてあげようと思う。
「ミクが会いに来てくれる時はね、私たちが淹れるの」
視線を呼び戻すように答えたのはリンだった。気にかかっていた名が出てきて、メイコはつい、鸚鵡返しに呟いた。ミク。
返した砂時計の砂が落ちるのを見詰めながら、緑の封をされた手紙を思い返す。侯爵よりも上と言えば、公爵か王族かと言うことになる。
「おい、リン」
レンが咎めるようにリンを見た。
「なあに、レン。いいじゃない」
短い会話ではあるが、レンは存在を伏せるべきと判断しているのだろう。それほどまでに相手は高貴の出か。
だがそうなると不思議なのは、『ミク』はどうしてメイコを知っているかだ。貴族たちの社会において、メイコの存在などあってないようなもの。
可能性としてカイトの口から伝わったことは考えられるが、敢えてミクが双子を紹介してくる理由にはならない。ましてそれならばなぜ、カイト自身から紹介がなかったのだろう。
カイトがメイコには伏せておきたがっていたのか。ルカのように。
砂がさらさらと流れ落ちていく。リンが、笑う。
「貴女のこともミクが教えてくれたの。ミクは何だって知ってるのよ」
構わないという風に話し続けるリンに、レンが歯噛みをしている。諍いさせてしまうのは本意ではないな、とメイコは心中に苦笑しながら、それでも大人の厭らしさで情報を引き出す言葉を口にする。
「そう、随分すごい人なのね」
リンがふふふっと唇に色を乗せて笑った。バラの木の下で打ち明ける秘密のように、声をひそめて囁く。
「だってミクは、王女様だもの…!」
砂が、落ち切っていた。
メイコは驚き、リンを振り返る。え、と呟き見遣ると、少女のスカイブルーの眸は得意げに輝いていた。
「驚いた? でも本当よ」
弾むリンの声に、レンが顔をしかめていた。疑われることに対する警戒か、不用心なリンへの不服か。
気にかけながらも、メイコは心中に首を捻っていた。
「王女様がお友達? 驚いたわ」
誇らしげなリンから視線をそらす言い訳に、ポットを手に取りカップへと傾けた。注ぎ入れると、揺れる琥珀色が水面を作り、湯気とともに芳香が立ち上る。
晴天に降る雷のように、突に示された雲の上の存在に驚きはある。けれどそれ以上に疑問を感じたのは、その事実だ。
当代に息女があったとは、メイコは知らない。生まれて程なく、亡くなった王女があったらしいことは国民総てのひとりとして知っている。死人が生きている例として自分があるとは言え、王家でそれが成されるのだろうか。
しかもこれが事実なら、雲上人のとんでもない内情を知ってしまったことになる。メイコの手には余る話題だ。
けれどまた。本当に事実なら、ミクがメイコの存在を知っているわけもわかる。やはりカイトを通じてだろう。そしてカイトが彼女の存在を伏せたがったわけも。
そしてあるいは。カイトとの間に感じる距離も、それが一因だろうかと思う。メイコにばかり理由があるのではなく。だがそうであるなら、余計に如何ともしがたい。メイコの努められる範囲を超えてしまう。
考え込んでしまうのを、メイコは無理に切り替えた。目の前の見上げる視線に笑んで見せ、敢えて冗談めかして問い尋ねる。
「でも私のことを聞いて、どうして会いたいなんて思ったの? そんなに面白い噂話だった?」
カイトが伏せておきたいという話題なら、無用な詮索はしたくない。そもそもこちらが本題だし、逸らせば乗ってくるだろう。
小首を傾げて微笑んだメイコを、スカイブルーの眸が見上げてくる。一方は疑いなく、一方は見定めるように。レンはまだ疑心を含んでいるようだったが、弾むリンの声を遮ることはしなかった。
「レンとね、ずっと話していたの。もうひとりのお姉さまに会ってみたい、って!」
揺れる水面に滴が落ちる。榛色の眸が見詰めたカップの中に、静かに広がる水輪を追うように丸く見開かれた。
「『メイコ』っていう名前だけは知っていたんだ。母様がずっと言っていたから」
つい先刻。『お姉さん』を強調した物言いをした双子の誘いを思い返す。これを言わんとしていたのだ。
ポットを持つ手が震えた。遠い記憶の中、母の覚えは歌声しかない。カイトに歌って聞かせた数え歌だけが母の記憶で、その他のものを得ることはないだろうと、もうずっと昔に諦めていた。
リンを振り返る。少し釣り上った眸の大きさだろうか、鼻筋だろうか。母の面影とこんなところで出逢うなんて。
思ってもみなかった。
「本当に……?」
疑ってではない。メイコはポットを置き、床に膝をついて傍らのリンを覗き込んだ。
少し動揺したように、リンは後退った。
「……本当よ、ずっと言っていたの。メイコに会いたい、って」
「本当だよ、ずっと言ってた。もうじき会える、って」
胸骨の奥がずくりと痛む。きっとあの火事でメイコが死んでしまったのだと信じていたのだろう。
「言っていた、って……じゃあ母さまは、もう」
リンが、そしてレンも。
こくりと頷いた。
「そう……」
父と母の事情については、義理の母、カイトの母親から聞いていた。子供心に胸が痛み、だが諦めも付いた。彼らが望んでメイコをもうけたらしいことは、理解ができたからだ。だからカイトの母を母と呼ぶことにも抵抗はなかった。
それでも唐突に現れた母の面影に、示された愛情には胸が熱くなる。鼻の奥がつんとして、矢庭にリンを抱きしめた。
リンは驚いたようだった。振り払おうとしかけ、それに合わせてレンが駆け寄ってくる。けれどリンは気付いたらしかった。
彼女を抱きしめた腕の震えに。
「泣いているの?」
リンに問われて、メイコはかぶりを振った。妹の小さな肩に縋るなんて見っとも無いと思いながらも堪えきれず、嬉しいのよ、と涙声を律して誤魔化した。
「ありがとう。会いに来てくれて」
母さまのことを教えてくれて。
漸う、涙を払って笑みを向けると、リンとレンは窺い合うように視線を交わしていた。こんな姉ではがっかりされたかもしれないと、メイコは苦笑する。
「じゃあ、ね、リンとレンは聞いたことがある? 母さまの数え歌」
ひとつ単衣の更紗を纏い。メイコの唯一の母の記憶だ。これくらいしか、メイコが示せるものはない。
レンが僅かに眉をひそめる仕草で答えた。
「あんまり覚えてないよ。母様は時々しか歌ってくれなかった」
「お母様はいつも、メイコは良くしているだろうかって言いながら、歌を呟いてらしたの」
そう、と頷いてまた胸が痛む。病床の気弱さゆえだろうか、きっと母はメイコの不憫を思うあまりこの妹と弟にあまり構っていなかったのだろう。
「それなら、私が教えてあげるわ。そのくらいしかできない姉だけど、それだけならできるもの」
にこりと微笑み、リンの陽だまり色の髪を撫でた。驚いたようで、リンも、振り返った先のレンもスカイブルーの眸を瞬かせている。
いいの、とリンが表情を明るくし、レンはメイコの真意を訝っているようだった。憐れんでいるのではないかと。
メイコは自分が憐れだとは思わない。誰かを憐れむことができるほど、優れてもいないと思う。だから行方知れずの長子を思うあまり下の子を思いやれなかった母のことも、母の愛情を感じられずに過ごしてきた妹のことも弟のことも、メイコは憐れだとは思わない。思うには彼らを知らなさすぎる。
ただ、知らないながらにも妹と弟を愛しいと思うだけだ。好奇心いっぱいのリンも、そんなリンを守ろうと警戒しいしいのレンも可愛らしい。
ずっと昔、幼かった頃カイトにそうしていたように数え歌を歌って聞かせ、メイコはいつでも来て構わないと二人に約束をした。
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