カイメイ中心
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VOCALOID二次創作小説サイト
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メイコ愛をこっそり謡う
ついにメイコもカイトも出てきません。
ミクとリンとレンです。
ミクとリンとレンです。
リンとレンは走る。手を繋いだまま廊下を走る。毛足の長い、ふかふかの絨毯が敷かれた廊下。
リンとレンはこの廊下を知っている。14年住んでいる屋敷の廊下だ。幾度も走り抜けた。
リンとレンは手を繋いでいる。手を繋いだまま歩幅を合わせるなんて、リンとレンには容易いことだ。リンとレンは双子だからだ。
同じ向日葵のような金の髪、同じ冬の朝のような浅いスカイブルー。衣服を取り変え、髪形を取りかえれば乳母も見違うほどそっくりの顔立ち。くすり、と笑えば左右対称の笑顔が出来上がる。
二人で手を伸ばし、ドアを開けると、ラウンジには柔らかな長い緑の髪を二つに結んだ少女。リンとレンは声を揃えた。
「「ミク!」」
ソプラノとボーイソプラノの重なりを返り見、微笑んだ人物をリンとレンは知っている。知っているからこそ、二人は彼女をミクと呼ぶ。ミクは向き直り、白絹のドレスをつまんだ。
ふわりとした礼に礼を返す。リンは女性の、レンは男性の礼をするから左右対称にはならず、左右で一式になる。
顔を上げるとエメラルドの眸がにこりと笑う。スカイブルーも応えて笑い、リンはラウンジテーブルにお茶とお菓子を用意していた女中に言った。
「ねえ、給仕はいらないわ」
レンも同じように見遣って言った。
「俺たちでもてなすよ。いいだろ?」
女中は思わしげだったが、深く頭を垂れて答えた。はい、お嬢様、若旦那様。
ラウンジに三人きりになって、それぞれに席を取った。大きな明かり取りの窓がしつらえられ、ラウンジには暖かな陽光だけが入ってくる。冬を迎えようとする季節の冷たい風は、別世界の出来事のようだ。
芳しい香りを確かめ、ひと口、含む。こくりと飲み下してミクが二人に問いかけた。
「変わりはあった?」
リンが笑う。レンも笑う。声は立てず、表情にだけ。
ミクが尋ねているのは、リンとレンのことではない。二人にはこの家にもう一人、きょうだいがある。五つ歳の離れた姉で、ルカと言う名だ。
ルカは最近、ある伯爵にご執心だ。紹介した、とミクが教えてくれた。二人の声が揃う。
「「あったあった」」
四日前だ。ルカが件の伯爵の家から帰って来て以来、いつにも増して憤激に駆られている。
「すごいよ! 人に当たるし、ものに当たるし!」
弾むリンの声はけれどやはり笑っている。
「花瓶を払い落したりして、それなのに早く片付けろとか怒鳴って侍女たちを困らせてるんだ」
敢えて落ち着けたレンの声にも、隠しきれないのは好奇と歓喜。
「「おかげですごく楽だった」」
ルカに付き添った侍女から、伯爵家での様子はつぶさに聞くことが出来た。心配そうに一言、聞けばよかったのだ。姉様は、どうしたの。
その侍女によると、伯爵の家には先客があったらしい。それがまず、ルカの気に障ってしまった。女性との約束を二人も重ねるなんて不義理だと、侍女はルカをフォローしたが、彼女も知っているはずだ。
ルカは伯爵家への訪問に、約束を取りつけない。ルカがいつ行くかわからない状況にしておくことで、他の女性との接触を牽制しているつもりだったらしい。もし伯爵家を訪ねたルカの前に、女性の姿があろうものなら上位の権を使って言えばいい。無礼者、と。ルカはそう思っていたらしいのだ。
けれど伯爵は上手だった。
「大切なひとです、って紹介したんだって」
うっとりとこがれる声は、リンだ。
「くっついて立って、背中を抱いたんだ」
含むように笑うのは、レンだ。
その時のルカの心中は想像して余りある。激情であることには間違いないが、自分たちには経験がないという点で、きっと想像の上をいくだろうと二人は思う。
しかもこれまで一度足りともルカをもてなしたことのなかった伯爵が、それなのにルカを軽食に誘ってきたらしい。勿論その先客らしい女性も一緒に。ルカにとってこれほどの屈辱はないだろう。
「どんな人、って聞いたら困った顔をしていたよ」
レンの声にリンも頷く。
「すごく迷って、少し淑女らしからぬ方でした、って言ったの」
リンにレンも頷く。そこから先の侍女との会話はリンだった。
少女は噂話が大好きなものだ。そう決まっている。そう決めつけられている。だからレンが訊くより、リンが好奇心いっぱいの顔で訊く方が、ずっと自然に侍女の口が緩むのだ。
だって女の子なんだから仕方ない。そう思って。
侍女が話したのはまず第一印象。そして面体の話だった。顔形と言う点では、さすがに比べられてはルカがかわいそうだと言う。
先客の女性の顔には瑕があったらしい。
「しかもね、籠を抱えていたんだって!」
「ヤマモモが入ってたらしいよ。あれを摘んだんだとしたら信じられないってさ」
リンとレンはくすくすと笑う。ミクは淑やかに頬を緩めるだけだ。
「変な人だよね」
レンが言い、リンが頷く。
「すごく面白そう!」
双子は思い描く。まだ見ぬその人を。
けれど侍女の話しぶりでは傷跡に目が行ってしまって、本来の顔立ちに覚えが至っていない。
「本当、聞いてみたかったなあ!」
「俺も。聞いてみたかった!」
双子の声が上擦った。
「「その人の顔に、見覚えはなかったか!!」」
たとえば額縁の中に飾られた肖像画。
リンとレンが七つの歳に他界した母親が残した、たった一枚だ。それも普段は表立っては飾られず、誰も使わない部屋にひっそりとかけられている。リンとレンはこっそりと忍び込み、幾度も眺めてみた。
そしてたとえば目の前の、二人。
髪の色は胡桃色、眸は榛色。あまり共通項にはならないようだ。ならば目の形、鼻の形、唇。頬の線や耳や何でも。
同じ母親から譲り受けた何かひとつくらいは、ないのか。
「見た人に、尋ねたかったのになあ」
「でもきっと覚えてないよ。見てきたのがミクだったらなあ」
幾らでも尋ねるのに。リンとレンは声を重ねた。
双子の話す間、ゆっくりとお茶を飲んでいたミクがカップを下ろした。琥珀色の揺らめきは、半分ほど嵩を減らしている。
「それよりもずっと良い方法があるわ」
エメラルドの眸が笑う。リンとレンは首を傾げた。
「自分の目で確かめることよ」
スカイブルーの眸が瞠られる。浅い青の光を彩るのは好奇と歓喜。良いの、と聞くとミクが笑った。
「私が紹介状を書くわ。貴方達のお姉さまに」
それから、私のお兄様に。
件の伯爵はミクの兄だ。そう。彼にも会ってみたかった。
ミクと出会ったのは4年前だ。十のとき。二人で手を繋いでいたダンスホールで出逢った。
つまらなさそうに見えた、とミクから声をかけてきてくれた。つまらない、と二人で口を揃えると、じゃあこの景色を面白くしてあげる、とミクは話し出した。
ホールの端と端にいる男性と、女性。実は恋人同士。
隅の方、あまり目立たないところで今、踊っている男女。本当は、きょうだい。
ぞくりとした。
「人って面白いでしょ?」
二つ上。のちに王族と知る彼女が、リンとレンの世界を変えた。
籠のように窮屈に感じていた家の中、目を凝らしてみたらたくさんの人間がいる。まず面白いと思う人間を見付けるのが良いと言ったミクの言葉に従い、見付けたのがルカだった。
必死で、それなのに報われないと感じていて、だから焦って、必死になって。何かにつけて疎ましげに睨んでくるターコイズの眸が嫌いで、逃げて避けていたけれど、理由を知ったらひどく楽しくなった。
以来たくさんのアドバイスをくれたミクの、リンとレンの世界を変えた人の一番のお気に入りだから、会いたかった。どんな人間なのか知りたかったのだ。
「「楽しみだなあ!」」
会ってみたかった二人にいっぺんに会える。会ったら何を話そうか、リンとレンはわくわくと言い合った。
けれどふと、気付く。
「あ、だけど話さない方がいいことってあるの?」
リンが呟き、ミクを見た。ミクが自分で話そうと思っていること。彼女のお気に入りを驚かそうと秘密にしていること。
それらがあるのなら自分たちが話さない方がいいだろう。そう思ってレンもミクを見た。
けれどミクは二人ににっこりと微笑みを返してきた。
「大丈夫。お姉さまには何でも、話してくると良いわ。だってお母様のご遺志だったのでしょ?」
ミクに太鼓判を押され、リンとレンはいよいよと沸き立った。何度も話したことなのに、どんな人だろう、と声が弾む。
母に似ている人だろうか。額縁の中で微笑む母はリンとレンに何も語りかけてはこない。記憶の中の母は病床から、うつうつと呟くだけだ。
父と、父の血を継ぐルカは同じ疎ましげな視線を向けてくる。まだ見ぬもう一人の姉はどうだろう。母と同じ目を向けてくるのだろうか。
リンはレンを見て笑う。
レンはリンを見て笑う。
双子が笑う。
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