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カイメイ中心 * VOCALOID二次創作小説サイト * メイコ愛をこっそり謡う
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2024/11/23 (Sat)
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2011/12/19 (Mon) Comment(0)
あの子の好きだったもの。




 
 
奥の庭にヤマモモの木が植わっているのを思い出したのは、ふとした時だった。お転婆だった幼い頃はカイトと一緒にその木に登り、実を籠いっぱいに摘んできたものだった。カイトに大事があったらと叱られたのも、今では眩しいほどの思い出だ。
罰として与えられた厨房での仕事が、後に雇われた酒場で役に立ったのも不思議な縁であったかもしれない。今の立場を考えればそこに立入るのは憚られるが、どうにかこっそりとでも為せないかとメイコは考えた。
籠いっぱいのヤマモモの実を使って作ったプディングを、頬張って食べていた笑顔が思い描かれる。子供らしさで甘いお菓子が好きだっただけとも考えられるが、その辺りは厨房係に尋ねればいいだろう。今の彼の好みもわかるはずだ。
ジャムにするのも良いかもしれない。甘すぎなければ軽食にも丁度いい。
廊下に出ると、年若い下女がいたので声をかけた。理由を話し籠を頼んだら、ひどく困惑された。
ああしまったかな、と気まずく思い、頬を掻いた。それを通りかかった女中頭に見咎められ、叱られた。
「まず、困った顔をなさるのはおやめなさい。いつでも毅然と。軽んじられる隙を作らない」
「ハイ…」
「おわかりでしょうが、貴女様がなさりたいと仰ったそれは、淑女のなさる行為ではありません。慎んでください」
「ハイ…」
母からの懲罰の監督を引き受けていたこの女中に、メイコは未だに頭が上がらない。今は一応はメイコが使役する立場であるのに、頭が上がらないとはおかしな話だが、毅然としろと言われた傍から毅然としづらいのだ。
殊勝に頷くばかりのメイコに、女中頭は深々と息をついた。
「相変わらずのお転婆ぶりでございますね。今度は旦那様のために何をご所望ですか」
メイコは驚きに榛色を瞬いた。呆れて笑う女中頭には、誰のためのヤマモモかとは言っていないのだ。
「わからないとお思いですか? この十年でのお変りようは、もう皆が察しておりますよ」
おかしくないか、とメイコは思った。変わりよう、と言うわりに女中頭は相変わらずと笑う。まるで何も変わらず昔のままだと言っているようだ。
けれど確かに、とメイコは思い直す。伯爵家の淑女としてはこの十年など、ないも同然だ。マナーも嗜みも、一から学び直さなければならないだろう。考えると、少し落ち込む。
カイトの迷惑にしかなっていないのではないだろうか。その落ち込みをどう取ったか、女中頭は下女に蔓籠を持ってくるよう命じた。
そして驚くメイコを嗜める。
「今後このようなことをお命じになる時には、年若いのを捉まえるのはおやめ下さいませ」
意図を理解し、メイコは破顔した。つい、また頬を掻いてしまう。睨まれて、首を竦めた。今度は呆れて溜息をつかれた。
女中頭と下女に伴われて庭に出た。曇り空は薄く明るく、風が湿っぽい枯れた匂いを運んでくる。冬支度の季節だな、と毎年は一日かけてひと冬分の薪を積んでいたのを思い出した。あすこではメイコもきちんと人手だったのだ。
風邪を召されては大変ですからとショールを掛けられ、かえって差し出してきた相手が気になってしまう。つい尋ねてから、また叱られるかなと思った。
母は従わせた侍女を顧みる姿など見せたことがない。伯爵家の淑女としてはそれがあるべき姿なのだろうとは、メイコも思うのだ。けれど。
「寒いと思えばショールも上着も好きにしたらいいとは、旦那様に許されていますよ」
言われて二つ、安堵する。今は特に寒いと思っていないのだということと、カイトが下の者を気遣っていること。
それからいくつか屋敷のことを尋ねた。この十年に変わったこと、変わらないこと。下女や女中や侍女の中には嫁いで辞めた者も何人かあったし、男女に関わらず家族の増えた者もあった。亡くなった者の名を聞いた時には胸苦しさを感じた。
「カイトが迎えに来てくれた時、人が違ったからもしかして、とは思ってたんだけど…そっか」
メイコに馬の扱いを教えてくれた老齢の馭者だった。言葉少なだが、言葉の扱えない馬と話す方法を教えてくれた人だ。今の筆頭の馭者は、彼の息子が務めているという。
ただそれらは使用人たちの話で、特にメイコの気にかかっている話には触れられなかった。女中頭も話題になるのを避けている節がある。それを主家の権威で問い詰めたいとは、メイコには思えなかった。
遊歩道の半ばで、霜除けを施している庭師に会った。隣には息子が伴っていた。
帽子を取って挨拶をしてきた庭師とその息子に挨拶を返す。ヤマモモはまだあるかとメイコが尋ねると、あると言う。思わず顔が綻んだ。女中頭が梯子をと言うと、庭師が頷いて答えた。
「畏まりまして」
庭師が梯子を取りに行く間、息子は所在なさげに待っていた。割合すぐに、庭師は戻ってきた。
十年間を一部屋にうずくまって過ごした庭師の息子は衰えが激しく、今は父親である庭師の仕事に半分ほどついて回っているらしい。妻子も呼び寄せたが、息子が父と呼んでくれないのが心苦しい、と言う。
「…申し訳ありません。それがきっと罰なのに」
自嘲に歪んだ笑みを零した庭師の息子に、メイコは呟いた。
「良かった」
何事をか、と不思議そうな顔をするのが背後にわかる気がする。メイコは小さく小さく笑い、本心を吐露した。
「あのとき貴方を殺してしまわなくて。カイトが貴方を憎んでいたなら、きっと私、貴方を殺してた」
庭師も息子も立ち止まるほど驚いたし、メイコの後ろを歩く二人も息を飲むのが聞こえた。主の背後にあってないものほどに振舞う訓練をした熟達の女中頭までもが、だ。
立ち止り振り返り、メイコは苦笑した。人間らしい優しさを期待したかもしれない彼らには、本当に申し訳ないと思う。
「ごめんね。でも本当なの。カイトが怪我をしたのだけ、赦せない。そのことをカイトが恨んでるなら、私は貴方を赦せなかった」
カイトのためには、彼らが必要だ。家を整える優秀な使用人は、貴族としての財貨になる。それをメイコのために奪わせるわけにはいかない。もしもカイトが彼自身のために憎むなら、メイコが代わって手を汚しても構わないが、逆を許すわけにはいかなかった。
「でもカイト、私のことだけなんだもの」
呟いて、緩やかな秋風に揺れる胡桃色の髪を頬でとどめる。欠いた指先もメイコ自身は気にならない。カイトの恥にならないかが心配なだけだ。
そしてメイコは四人を見据えた。眼差しを鋭くしたわけではない。ただ、見た。
「不思議なのよ。どうしてこの家、いつから、カイトしかいないの?」
家、はもちろん家屋の意味ではない。
榛色がひたと見詰める。庭師と、その息子と、女中頭と、下女と。一つは気まずげに逸らされ、一つはおびえ伏せられ、一つは揺らぎながらも踏みとどまるように見詰め返し、もう一つはおろおろとさまよった。
ああ皆知っているんだ、とメイコは思った。十年閉じこもっていた庭師の息子はともかくも、務める場の違うこの顔触れでこの一様の反応ならば、一通りと見て間違いはないだろう。一つ、溜息をつく。
一通りのことが起こり、一通りの人間が知っている。今はそれだけで充分だ。ゴメン、と踵を返した。
「詮の無いことを言ったわ。それにね、そう、言いたかったのは、親のない子を作らないで済んで良かった、ってそれだったの」
それもまた嘘ではない。歩き出しながら、笑う。
「生きてればどうとでもなるわ」
その声の明るさに、従者たちは慌てて歩を踏み出した。違わぬ記憶の道をたどりゆく。すいと伸びた背を追いながら従う者たちは再確認していた。やはり爵位の娘なのだ、と。
ヤマモモの木の下にたどり着き、自分で摘みたいと言ったメイコに、従者たちはやはり苦い顔をした。ハイ、と目を伏せ頷き引き下がる。
ならば下で籠を掲げていて下さい、と苦笑した庭師に言われた。メイコが目を輝かせると女中頭はもちろん、それさえも渋い顔をしていた。それが彼女の仕事だからだ。
「なんだかお嬢様になった気分だわ」
呟くと、まずは自覚からですか、と目を細められた。思わずまた首を竦めた。
籠いっぱいのヤマモモに礼を言うと、もったいない、と頭を垂れて庭師と息子は仕事に戻っていった。ようございましたね、と笑った女中頭には、メイコが余程嬉しそうに見えたのだろう。手籠などは下々の持つものだと、取り上げようとはしなかった。
女中頭や下女とヤマモモの調理方法を話しながら庭を館に戻っていくと、車停めに見慣れない馬車が止まっていた。もっともメイコの見慣れた馬車など、この家のものだけだ。つまり客と言うことだろう。誰かわかるかと二人に尋ねると、女中頭が難しい顔をした。
言い難そうな口から出てきた名は侯爵家のものだった。答えを聞いている間に馬車から客が下りてきて、メイコは女中頭の渋い顔の訳を知った。なるほど、と納得した。
ロータスピンクの淡く咲く花のような長い髪を掻き上げたのは、年頃の女性だった。勝気そうに切れ上がった眦の、端整な美貌の持ち主。気の抜けるようで、呟きが落ちていた。
「なんだ、カイトにも良いひとがいるんじゃない」
安堵と、胸の痛みと両方混ぜて合わせ、ねえ、と振り返り笑う。だが女中頭はまだ、何とも言い難そうにメイコを見返してきた。おや、と思った。
首を傾げ、そのわけを質そうとしたメイコの耳に、かつりと硬い靴音が響く。花の髪の女性が、傍に歩み寄って来ていたのだ。ターコイズブルーの眸が鋭くメイコを見据えてくる。
頭の天辺から爪先まで、ターコイズの眸は舐めるように一巡する。不躾な人だなあ、と心中に思ったメイコは、ただ呆気にとられた顔をしておいた。
女性の従者が後ろに控え、さて形も整ったしどちらが声をかけるか、やはり屋敷の住人として遜るべきか、とメイコが考えたその時だった。玄関が開いてカイトが現れた。
刹那。本当に瞬く間だった。
夏の天涯の青が僅かに陰った。それなのに眉もひそめないなんて、と小さくだけ、メイコは思った。
カイトは即座に頬笑みを作り、玄関から続くスロープを下りて来る。客をリードするために女性の横に立つと思っていたのに、メイコの傍らに立った。左側、少し後ろ。すぐに手を取れる位置だ。メイコは目を瞠った。
驚き見上げたメイコにカイトは笑みを向け、彼女の名をルカと紹介した。やはり侯爵家のご令嬢であるらしい。
メイコがこくりと頷き、ルカの名を認識したとみて、改めて向き直る。広げられた右腕が、メイコの背に触れるか触れないかの位置に包み込むようにとどまった。
「彼女は、メイコ。私の…大切な人です、フロイライン」
つきり、と胸が痛んだ。姉と呼ばれないことにも、言葉を捜すような間にも。そのせいで、ルカの驚愕に見開かれた眼差しはいっとき、見逃した。
動揺を堪え、メイコは逡巡する。思考がぐるりと駆け廻って、ふと行き着いた。礼を。
見付けた答えの後に、手の中の籠に気付いた。あ、と声に出したわけではないが、カイトにくすりと笑われた。
「持ってるよ」
ありがとう、と笑み返し、メイコは籠を渡した。
一分の隙もないように。ターコイズの眸を見詰め返し微笑んで、淑女の一礼をした。次の客にはカイトが恥なく『姉』と言ってくれるように願いながら。
礼を重んじ名乗ったメイコに、礼で返したルカがひどく険のある視線を向けていた。誤解をしているのだろうなと、メイコは思っていた。

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