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カイメイ中心 * VOCALOID二次創作小説サイト * メイコ愛をこっそり謡う
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2024/11/23 (Sat)
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2011/09/07 (Wed) Comment(0)
初出:Pixiv





ドアの前に立って、ノックを迷う。軽く拳を作り、持ち上げて、下ろし、持ち上げて。
繰り返して三回。ようやく決心をつけて、コンコンと二つ、兄の部屋のドアを叩いた。ノックを響かせれば応答は早い。
「んー、どした?」
我も個性も強い兄弟たちだ。ノックの音一つで、ドアの向こうに立つ相手もわかる。戸を叩いたのが弟のレンと気付いてドアを開けた兄のカイトは、海の色のような青い眸を軽く見開き、それから、どうしようもないと言わんばかりに苦笑した。
然もありなん。レン自身でさえ、不本意極まりない有り様だ。パジャマ姿で枕を抱え、背後には布団一式。説明の必要はないだろう。
だがレンが一つだけ主張しておきたいのは、何もレン自身が望んでのことじゃない。14歳という設定年齢をもらっておきながら、何を好き好んで兄の部屋に一泊を頼みに来なければならないのだ。
それというのもほとんどが目の前のこの優男のせい。本当はたぶんきっと客観的に見れば、彼のせいばかりではない、という話にもなるんだろう。けれどレンは概ね、目の前のこの青い男に当たるつもりだった。
「メイコ姉のところには女どもが全員で押し掛けてる」
状況説明しながらのレンを布団ごと招き入れ、カイトが眉尻を下げてははと笑った。自覚はあるらしかった。
「だろうね」
床に散らばした主に音楽雑誌をまとめながら答える。この長兄は兄弟の紹介記事や、楽曲に対する評を見るのが好きらしく、買いあさって集めているのだ。キリがないからせめてスクラップブックくらい作りなさい、と姉には叱られている。
その姉と兄、だ。レンとしては姉のせいとは思いたくないが、『姉と兄』こそがこの現状の最大要因なのだ。
雑誌を部屋の隅にまとめ、カイトが尋ねてきた。
「向こうは? いくらなんでも布団二組は入んないでしょ」
部屋の大きさには別段、長女特権はない。メイコの部屋は他の兄弟とも同じように、カイトの部屋の大きさと変わりない。メイコのベッドの隣に布団をもうひと組敷けばそれが限界だろう。
音楽雑誌をよけて作ったスペースに布団を敷きながらレンは答えた。
「二人ずつで寝る、ってさ。誰がメイコ姉の布団に入るかでめちゃくちゃもめて、この時間になった」
カイトのベッドの上には読みかけらしい文庫本が、しおりをはさんで置いてある。眠り仕度を整えて布団の上にごろごろと、睡眠前の読書を楽しんでいたというところだろう。
カイトの口から乾いた笑いが零れ落ちた。目にしていなくとも思い浮かぶだろう。それをレンは実際に見てしまったのだ。
ミクとリンの真剣ジャンケン三本勝負。けれど。
「それ見てたルカが、すげーおっかなかった」
兄弟順、という弱みはある。だが諾々とそれに諾うルカではない。それでもルカがジャンケン勝負に参加できなかったのは、単純に体格差だ。
成人女性のメイコとルカ、未成年のミクとリン。この四人が二つの布団に分かれるならば、当然のように成人と未成年の組み合わせになる。
「お姉ちゃんとルカちゃんがおんなじ布団に入ったら狭くなっちゃうよ?」
「そうそ。ルカちゃんとめー姉は分かれる方が合理的」
言われてしまえばルカに反論の余地はない。きりきりと歯噛みしながら、ルカは二人の勝負の行方を見守っていた。
「しかもそのおっかねえルカをバックにしてんのに、お構いなしでジャンケン大会なリンとミク姉も怖かった」
般若も裸足で逃げ出しそうな負のオーラを背負ったルカを背景に、火のつきそうな熱意で繰り返される相子の数は数十を超える。夜明けまでに決着つくのかなこれ、とレンの意識が遠退きかけた頃、リンが高々とチョキを掲げて勝利を宣言した。
そして寝具を下まで運ぶから手伝えと命じられ、ついでに長兄からも情報収集よろしくと斥候さながら送り出されたのだ。
「女って怖ぇえ」
敷き終えた布団に胡坐をかいて座り、レンは深く深く溜息をついた。普段から姉の、妹が増えてからは姉妹の勢いに押されがちなレンだけれど、今日ほど振り回される日もそうはない。というかこんな日常が続いたのでは軽々と壊れてしまう。
レンの寝床が出来上がったのを見届け、自分のベッドに座り直したカイトは、けれど何を思ったかにやりと笑った。
「でもバナナケーキ旨かったよ。めーちゃんも喜んでたし」
人畜無害な優男の風体をしている兄だけれど、こういうところで時折、ひどく食えない一面を見せる。
バナナケーキは今日の晩のデザートにレンが焼いたものだ。二人に。カイトの言い含むとおり、祝福の気持ちがなかったはずがない。
今日がカイトとメイコの、二人の何か記念日だったわけではない。今日、記念の日になったのだ。
交際が兄弟にばれた記念日。
食事も甘味も一から十まで全部ネギ、もしくはミカンなミクとリンにどうしても賛成できないレンは、せめて自分の持つレシピの中で一番自信のあるものを贈った。もっとも、ネギ八割、しかも長ネギのハンバーグや、ミカンポタージュのスープなどベクトルを誤ったかのような全力フルコースには、もしかしたら祝福だけでなく意趣返しもあったかもしれない。どうしてもっと早くに教えてくれなかったのか、という。
「けど俺は一番おっかねえの、ってそのメイコ姉だと思ってた」
何かと力加減を誤る妹たちをたしなめる役割の長姉も、さすがに今日は苦笑しながらフルコースを口に運んでいた。
メイコがやり込められているところなんて、今日までレンには想像できなかった光景だ。けれど今頃、おそらくはミクとリンに特に質問攻めにされているだろう。それこそ馴れ初めから現在に至るまで、根掘り葉掘りと。
「まあ…誤解だった、ってことだね」
何事でもないように、カイトは答える。少しむっとして、レンはベッドに腰掛けた余裕顔を睨みつけた。
けれどカイトは風に吹かれたほども感じた様子はない。くすりと笑い、一つ、言った。
「めーちゃんはね、とても可愛いひとなんだよ」
その言葉はレンの琴線にとても触れた。
イライラとする方向に。
「惚気かよ」
レンは毒づいているというのに目の前のこの青いのは、そうだよ、なんてぬけぬけと言い放つ。幾らおっかない女性陣の要請だからと言って、こんな不愉快な思いをするとわかっている場所に来るんじゃなかったと、レンは心の底から後悔した。
「レン」
苛々と。
顔をそむけたレンをカイトが呼んだ。
「ミクも、リンも…まあ、ルカも。女の子っていうのはそうなんだよ」
ミクにも、リンにも、ルカには特に。やり込められているカイトのセリフとも思えない。胡乱な眼差しを差し向けると、青い眸を細めて兄が笑っていた。
そう、兄なのだ。普段妹たちにどれほどやり込めていようと、目の前のこの男は、兄なのだ。レンよりもずっと長く起動していて、兄弟のことだってレンよりずっと知っている。
「男がみんなそう思わなきゃいけないって言うんじゃないけどね。俺は…少なくとも俺は、そう思ってるよ」
悔しい、と思う。
レンだっておっかない姉たちや妹が、おっかないだけじゃないなんていうことはわかっている。だけどおっかない以外の彼女たちが『可愛い』なんて表現は、レンには浮かんでこない。少なくともそんな風にさらっとなんて、言えない。
レンは俯いて呟いた。
「カイ兄は…卑怯だ」
目に映る自分の手足が、頼りなく細い。胡坐をかいた足首をギュッとつかんで。
結構真剣に悩んで言ったのに、視界の外からは肩の力の抜ける声音が返ってきた。
「褒め言葉?」
「違ぇよ!」
睨んでも、青い眸は飄々と笑うばかりだ。多分はぐらかされたんだろうな、とレンは思った。
なんで隠すのだろう、と思う。妹にアイスを食べられただとか、アイスの盗み食いを姉に見つかって仕置きを受けただとか、なんだってそんな情けない姿ばかりさらしているのだ。『弟』としたらやはり、『兄』には格好いい姿でいてもらいたいものなのだ。
全く情けないだけの人物なら諦めもつくが、カイトは時々、偶に、端々では、それなりなのだ。
「レン」
答えず、視線を返すと青い眸が細められた。
「ありがとな」
レンは目を瞠った。何が、と答える声が震える。本当はわかっていた。
二人がつきあっていることを、レンはもうずっと前から知っていた。以前にその話題が出た時に、気が付いた。
「黙っててくれて、さ」
照れくさくて、俯いた。レンが気が付いたことに、カイトは気付いていないと思っていたのだ。ミクやリンに言おうか言うまいか、悩んで悩み抜いていたのも見通されていたかと思うと照れくさくて、腹立たしい。
ミクやリンが仕切りと二人の仲に期待しているのを知りながら、レンはずっと黙っていた。カイトとメイコが伏せていることを選んだなら、レンが吹聴するわけにはいかないと思ったのだ。
俯き、昼間を少し思い出す。
「でも俺がうまいことあの二人に言えてたら、違ってたのかもって思った」
思い出していたのは、見たこともないほどに羞恥とアルコールで真っ赤になったメイコだ。自分が巧く立ち回っていたら、声が裏返るほど恥ずかしい告白を、姉にさせることもなかったかもしれないと思うと悔やまれる。あれは天地がひっくり返るくらい、レンの中のいろいろなものがひっくり返された瞬間だった。
カイトが緩やかに頭を振った。
「それでもやっぱり、めーちゃんは自分で言いたかったと思うよ」
レンはカイトをねめつけた。
「カイ兄じゃないのかよ、言うの」
ははは、と声を上げる。その声にはやはり兄の余裕があって腹立たしい。
「めーちゃんの性格、知ってるだろ? 黙ってるだけのこともずっと気にしてたんだよ。『ごめん』だけはきっとずっと言いたかったんだ」
そう言えば、と思い返す。確かにそれだけは、酔わずに言ったのだった。
レンは膝を抱えて、姉の横顔を思い返す。凛と前を見据える紅茶色の眸。
思い返せば以前、誰だかに慣用句の説明を求めた時、彼女の名を出されたのだった。竹を割ったような性格、だ。
嘘を付けなくて、隠し事もうまくなくて。
「それは…ちょっとやだった」
呟くと、カイトが首を傾げた。
「なんか気ぃ使われてる、って。だって、よそよそしいじゃんか。俺たち、全員とも兄弟だ、って言ってくれたのメイコ姉とカイ兄なのに」
嘘も隠し事も下手なメイコが必死で隠していることも、カイトが平然とはぐらかしていることも、ただその点についてはレンは不服だった。
「『ごめん』なんていらなかったんだ。カイ兄もメイコ姉もどうせ、これからだって変わんないだろ?」
そう思ったから、気付いたのだ。姉と兄の関係を始めて疑った時、『恋人同士』である二人を想像してみたら、何も変わらなかったのだ。その時、目の前にあった光景と。
そして今日も、だ。
キッチンが主に姉妹で賑わう間、カイトとメイコはソファに隣り合って座って、何かを話していたようだった。ソファはキッチンに背を向けているから、表情はわからない。生地をかき混ぜる手を止めて耳を澄ますと、少し単語が拾えるくらいだった。
醒めてきたかと言うようなことをカイトが聞いていた。ごめん、とメイコが答えていた。いいよ、と返したカイトの声はきっと穏やかに笑っていた。
カイトの頭が俯いていたように見えたから、多分雑誌かなんか読んでいたのだろう。背中から計れる二人の距離はいつもと変わりなくて、レンは既視感を覚えたのがもどかしかった。
今はもう恋人同士として振る舞ってもいいのに。あるいは昨日より以前は恋人同士であることを隠していたはずなのに。
兄も姉も、これからだってレンやリンやミクたち、弟妹に気を使ってきっと恋人らしさなんて微塵も見せない。
変わらない、その事には安心したけれど、同時にとても悔しかった。
「俺たちが知ってるとか知らないとか関係なしに、二人とも俺たちの前じゃ姉さんと兄さんだろ? でも、俺は、そんなの」
「レン」
穏やかな声に遮られ、レンは顔を上げた。カイトがベッドを下り、布団の上に一歩乗った。大きな掌がすっと伸びてくる。
「考えすぎ」
跳ねっ返り気味の前髪をくしゃくしゃと撫でられた。
「俺は別にめーちゃんと二人だけで暮らしたいわけじゃないよ」
それは、とレンは答えようとした。そこまで言おうと思ったわけじゃない。
だがカイトは人差し指を唇にあて、レンの言葉をさえぎった。
「お姉ちゃんしてるめーちゃんも大好きだし、俺自身だってお兄ちゃんを楽しんでる。気は使ってるのかもしれないけど…それは、気を使う、っていうよりは気配りとか、みんなのこと考えてるとか、そんなだよ」
レンはつい、そっぽを向く。穏やかに笑うカイトから逃げるように顔を背けた。
だから、卑怯だと言うんだ。今まさに涙腺決壊寸前の顔、こんな兄に見せるのは悔しすぎる。
「めーちゃんも、俺も、どうやったらミクやリンやレンやルカと楽しくやってけるか、そんなくらいしか考えてないよ」
悔しさを紛らわせようと、メイコ姉はもっといろいろ考えてそうだけど、と皮肉ってやった。きっとそのくらいは許される。
涙をごまかして、レンは舌を出して見せてやった。
そんなこと言われたらお言葉に甘えちゃうよ。そう言って笑ったカイトに、また苛立たされただけだったけれど。
 
   ・・・
 
あくびを噛み殺しながらレンが階段を下りていくと、洗面所にはメイコの姿があった。今日は仕事があるから、既にユニフォームの紅いセパレートだ。だが少し気になったのはちらりと鏡に映って見えたその表情。苦虫を噛み潰したようなとはこのことか。
レンが小首を傾げている間に、首元までファスナーを上げ、エプロンをかける。シンプルな色遣いはメイコの愛用だ。
振り返ってレンに気が付いたらしい。にこやかに笑う。
「おはよう、レン」
レンはもちろん挨拶を返す。
「おはよう、メイコ姉」
なんとなく、つい先日のカイトとの会話を思い出していた。姉と、兄で、恋人同士。隠すわけじゃないけれど気は使うよ、と言った兄が言い添えた一言を。
『お言葉に甘えちゃうよ』
顔を洗って、歯を磨いて、リビングに行くとメイコが朝食の準備を始めている。カイトはそれを手伝いながら冷凍庫をあさって拳骨を食らい、そんな二人を横目に、食卓を拭きながらミクとリンが囁き合っていた。
「めー姉とカイト兄、なんか全然変わらないよね…」
「ほんと…今まで通り…」
不服そうな二人に、レンは迷う。言うか、言うまいか。
そこへリビングの扉が開いた。末の妹だ。
「おはようございます」
口々に返る挨拶の合間、ルカの視線が鋭くなるのをレンは察した。ああそうか。
得心する。気付いたのだ。さすがルカ。
「あれってやっぱそういう意味なんだ…」
呟きを、拾ったのがルカだけだったのは幸いだ。
「…レン兄さまも気付かれましたか」
レンはこくりと頷いた。そして一つ提案を。
「今度さ、一緒にメイコ姉に習おうぜ」
右に拳を握って見せる。ルカもこくりと頷いた。右にはもちろん拳。
下から二人、弟と妹。笑みと決意を交わし合う。
 
「「あの青いの、ぶっ飛ばす」」
 
 
-了-

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