カイメイ中心
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メイコ愛をこっそり謡う
初出:Pixiv
日が沈んで、雨はいつしか雪になっていた。閉め切ったカーテンと窓の向こう、しんしんと降っている。
夕飯はメイコがハンバーグを作ってくれた。カイトのホワイトシチューを少し煮詰めて味を足し、ソースにする。カイトが、美味しい、と言うと、よかった、とメイコが笑った。
後片付けは二人でした。メイコは自分がやると言ったけれど、カイトが譲らなかった。
洗って、流して、拭いて。言葉は少なだった。
最後の一枚、洗剤を流し落とされた平皿を受け取ってカイトは、聞いたよ、と言った。それだけで通じるだろうと思った。
「何を」
メイコはそう言ったけれど、それは多分ごまかしているんだろうとカイトは思った。
「ありがとう」
メイコは少し俯いて何も答えない。答えなかったから、やっぱりわかっているんだと確信した。
「俺のために怒ってくれたのってすごい嬉しい。けど、無茶しないで」
拭き終えた皿を上の戸棚に仕舞い、カイトはメイコに向き直る。視線を受けて、メイコは逃げなかった。
カイトを、真っ直ぐに見上げてきた。
「…買いかぶりすぎ。カイトのためだけじゃない」
それは嘘じゃないだろう。カイトもそう思う。
メイコにとって、それは確かに嘘じゃない。
「でも、俺のこと言われなければ怒ったりしなかったでしょ」
多分、唇を噛んで言葉を飲んだだろうと思う。そのあとに、アルコールに縋ったりもしなかったはずだ。いや、もしかしたらアルコールに縋るまねはしたかもしれない。
「今日、先生たちにも聞いたんだ」
メイコがはっと目を見開いた。紅茶色の眸が潤み、ゆがむ。
「試供版の記憶、あるんだって?」
苦しげに瞑った眸に、伸べられる指はまだ、ない。伸ばしかけた指を、カイトは拳に握り込んだ。
深く吸い込んだ息を吐いて、メイコはもう一度カイトを見詰め直した。青い眸を見詰め、メイコは軽く頭を振る。
「記憶、って言うほどじゃないわ。感覚的なものがあるだけ」
限られた発音と、限られた日数。歌えない息苦しさと歌えなくなる恐怖。
カイトには想像するだけで恐ろしくなるそれらに押しつぶされて、逃避行動に走ったことがカイトの知らない過去にもあったらしい。
『歌いたいのに歌えないやつの気持ちなんかわからないんだろ』
それを口走った過去の自分を殴りたくなる。
メイコにはわかっていた。だからこそ、自分を許せなかっただろう。自分の知る苦しみを味わうカイトを思いやれなかったことが。
あのとき、カイトを傷付けたと思った、そのことも今回のことに繋がっているはずだ。電話の向こう、開発チームのメンバーは思わしげに言っていた。
『君がいるようになってからそんな素振りは見せなかったし、楽観してたんだけどねえ。やっぱり不安はあったかな』
それを聞いて、カイトの心中は複雑だった。一人で抱えていただろう不安に気付いてあげられなかったことを歯がゆく思うのと同時に、嬉しかったのだ。
メイコの心の中に、少なからず自分が居たことが。
「お酒もいいけどさ、つらくなったら俺のところに来てよ。俺は、メイコのために作られたんだ」
この声はメイコの声に合わせるために。この魂はメイコの魂に添わせるために。
自分が温もるための距離はもう要らない。今はメイコのための距離が欲しかった。
「どうしてもお酒がいいなら、たまになら、いいよ。でも介抱ぐらいさせて。メイコのために何もできないの、つらいんだよ」
答えはなく、紅茶色の眸は驚きに瞠られてカイトを見詰めている。
カイトはじっと待った。メイコの望む距離なら、どんなものでもきっと受け入れる。メイコが弟としてのカイトを望むなら、姉を支える良い弟になる。男として見てくれなくても構わない。覚悟は決めていた。
やがて紅茶色の眸が揺らぎ、唇がかすかに震えた。
「私…の、ために作られたから…?」
震えた声が紡いだ言葉は、答えでなく問いかけだった。
「そう…だよ…?」
曇る眼差しを見ていると、断言が揺らいでいく。
カイトの訝しげな答えを聞いて、メイコは小さく、頭を振った。
「構わなくていいから」
白い指先をそっとカイトの頬に伸べ、指の背で撫でると清廉なほどに哀しく笑った。
「カイトの声はちゃんとカイトのものだから。いつかわかってくれる人が現れるから。私のためじゃなくて、カイトはちゃんとカイトのために歌って…!」
つまる嗚咽を噛み殺すように、零れる涙を堪えるように、かろうじて言い切ってメイコは唇を結んだ。
メイコがそれを望むなら、それに応えると決めていた。それがメイコの望みなら、カイトが一人で歌うことを望むというなら必ず応える。だけど。
メイコが唇を噛んでる。それは、メイコが何かを堪えているときの癖だ。
「メイコ、何がつらいの? それは俺じゃどうにもならないことなの?」
尋ねるカイトにメイコは答える。何も、と。
カイトは哀しくなって眉根を寄せた。そんなに頑なにされてしまうと、決意が揺らいでしまう。
カイトのためにでいいと言うなら、メイコを抱きしめたい。口付けたい。男として、女性であるメイコを愛したい。
「ねえメイコ!」
お願いだから、と。このままではメイコが離れていってしまう気がした。
メイコの願いでもそれだけは嫌で、だから。
両肩を強く掴んだ。
「ばかいと…」
呟きとともに眦から涙がこぼれ落ちた。
「も、ほんとバカ…」
ぽろぽろと涙は流れ落ちる。泣かせてしまった罪悪感が即座に沸き上がり、それでも。
震える細い肩は手放せなかった。
「メイ、コ…」
泣き止んで、と思う。他のことならともかくも、今、彼女を泣かせているのは明らかにカイト自身なのだ。
「あんたが私を女として見てないのなんて知ってるから…だからもぅ、構わないで」
白いセーターに隠れた腕の細さを知っている。その腕が必死でカイトの両手を払おうと押してくるのだ。
「あんたは…優しすぎるの。優しすぎて私…だめになるっ…!」
ただでも敢えない抵抗が、泣き濡れて力が入らないのか圧力はほとんど感じない。男勝りに快活と知られる彼女が、カイトの腕の中で縋るようにして泣いている。
男勝りも快活も確かに彼女だけれど、カイトに言わせれば強がりで意地っ張り。昼間もきっと、カイトにも気付かせず一人で泣いていたんだろう。防音設備の整ったボイスルームで。
「もう無理なの…カイトが、私のこと好きじゃなくてもいいから、とか、そう作られたからだって…わかってるのに知らないフリ、とか…」
呆然とした。
メイコの吐露する言葉の意味が、じわじわとしみ込んでくる。しみ込んでくるそれを噛み砕くだに可笑しくて、カイトは口元に上がる笑みを噛み殺しきれない。こんなにも傍にいて、きっとなんだって知っていると思っていたのに。
こんな大事なところですれ違っていた。
「ねえ、メイコ」
卑怯かな、とは思うけど勝率が十割になった賭けにカイトはカードを切った。
すれ違いにまだ気付かないメイコが、カイトの変な笑い顔を不可解そうに見上げてきた。力の入らない細腕の拒絶を意にも介さず、強く抱き寄せる。メイコの息を呑むのが耳元に聞こえてくすぐったい。
細くしなやかな背に回した左腕に力を入れて絶対に逃さないよう、右手で胡桃色の髪に隠れた丸い耳朶を探り出す。低く、そっと囁いた。
「俺はメイコのために作られた。だから、どうしようもないほどメイコを愛してる」
カイトが望んだ距離。
「たったひとりだけ。君が好きだよ、メイコ」
覗き込んだ紅茶色の眸は見開かれ、呆然と濡れている。あふれる涙を指先で拭って、眦に口付けた。
苦い涙の味。ずっと抱えていた、メイコの苦悩の味なんだろう。カイトは苦笑した。
「なんで、女として見てない、なんて思ったの」
カイトにはずっと女性だった。ただひとりの女性だった。
急に縮まった距離にまだ理解が追いついてないのかメイコは困惑顔で、けれど紅茶色の眸はもう泣いてはいなかった。
「だって…」
かすかに頬を染め、答える。
「ずっとそんな風じゃなかったし…第一! 昨日だって本当に、普通に介抱のつもりで脱がしてたでしょ?!」
女性を前にした男性の反応とは思えなかった、と言うことらしい。忍耐強さが裏目に出るなんて、とカイトは溜息ついた。
「昨日、って言うならさ…俺の方が絶対嫌われてると思ったよ? なんであんなに拒否するかなあ…」
離して触んないで構わないでのフルコースは、相当に心をえぐられた。だと言うのに、メイコは顔を赤くして更に言う。
「き、気付きなさいよ! ばかいと!」
耳まで真っ赤にした愛しい人はとても可愛いけれど、心に当るものはさっぱり見付からない。首を傾げると、ペチリと頬を叩かれた。
「好きなひとに酒臭い息かがれたい女がいるわけないでしょ! 昨日はも…は、吐いちゃってたし…」
また涙目になっているけれど、これはさっきとは違う涙だ。恥ずかしさで真っ赤になった『女のコ』な顔が可愛くて、愛しくなってしまってたまらなくて、メイコは眉を逆立てて怒っているのにカイトはつい笑み崩れてしまう。
何、笑ってるのよ。そんな風に怒られても笑みが消えない。
「そんなことで揺らぐ俺の愛じゃないよ」
自信満々、言い切るとまたペチリと頬をはたかれた。恥ずかしい、とそっぽを向く横顔はやっぱり耳まで赤い。
けれどそれは揺るがし難い事実だとカイトは思う。清濁も合わせてメイコなら、その全部愛せなければ意味がない。
長所も欠点も、全部を好きになる自信があるし、あるいはもう既に好きになっているんじゃないかと思う。
「メイコは?」
カイトが尋ねると、怪訝そうな眼差しが返ってきた。
「メイコは、俺がまたアイス食べ過ぎてお腹こわしても愛してくれる?」
途端に顔がしかめられた。寄せられた眉根、険しく吊り上がった眦。唇は今にも、えー、と嫌悪の声を洩らしそうだ。
「私は長所なら伸ばさせるし、欠点なら直させる方が愛情だと思うわ」
だからもうお腹こわすほどアイス食べさせなんてしない、と言う。ああそれはいかにもメイコらしい。カイトのへにゃりとした表情を、メイコは何か思い違ったのかもしれない。
「だ、だから私だってもうちゃんと二度と飲み過ぎたりしないわよ!」
いいのに、と笑うカイトに、絶対、もう二度と、とメイコは頭を振った。
でもきっとそれは本当になる、とカイトは思った。今後、メイコが我を忘れたいくらい、つらかったり、哀しかったり、苦しかったりするときには傍にいてあげる。抱きしめてあげられる距離で、メイコが縋ってくれる距離で守るんだ、とカイトは強く心に決めた。
「ね、メイコ」
呼んで、じっと見詰める。気付いたらしいメイコが見詰め返してくる。
「キス、していい?」
カイトの可愛い恋人は、ほんわりと頬を染めてこくりと頷いた。
初めてのキスは触れ合わせるだけ。近付いたときと同じにゆっくりと離れ、目を合わせてくすくすと笑い合う。
愛しい、花の咲くような笑顔。ようやく触れられた。
二度目のキスは確認も要らなくて、互いに深く重ね合わせた。
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