カイメイ中心
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メイコ愛をこっそり謡う
初出:Pixiv
ゆっくり休みなよ、と言った言葉を簡単に受け取るとはカイトも思っていなかったが、メイコはやはり素直に休みはしなかった。食事をとり、カイトの買ってきた薬を飲むと、防音設備のあるボイスルームに篭ってしまったのだ。せめてトレーニングくらいは、ということだろう。
呆れともどかしさとで、引き止めたいと強く思わないはずはなかったが、カイトはメイコを知っている。こと歌にかけて、彼女を止めることのできる言葉はない。
仕方なく、カイトはせめて今のうちにと、まず昨晩のスタジオスタッフに電話をかけた。事情を話し、メイコの泥酔のわけを開発チームの人間に伝えてもらうためだ。
男性スタッフはまずメイコの様子を聞いて安堵し、それから謝罪をしてきた。
「愚痴でもさ、ちょっと言ってもらって気を楽にしてもらいたかったんだよ。だけどメイコちゃん、誰のことも悪く言わないまんま呑むわ呑むわで…」
カイトはギリリと奥歯を噛んだ。誰のどんな悪口を言わせたかったのかはわからない。けれどメイコが促されて悪口なんて、言うはずがない。
怒鳴りたくなるのを必死で押さえ、カイトはその話を開発チームの方に回してくれるよう頼んだ。カイトの言葉足らずで、メイコの評価を下げたくないのだと伝えたつもりだったが、なぜかうまく伝わらなかったようだった。
「え? 君ら本当に危ないの?!」
カイトは受話器を当てたまま、首を傾げていた。君ら。複数形だというなら、メイコと、カイトも加えられていると言うことだろう。
「何の話ですか?」
カイトが尋ねると、電話口の声は戸惑った様子だった。
「え、何? つまりその話、ってメイコちゃんしか知らない、ってこと? だからカイトくんには伏せてるの?」
話が見えない。どういうことだと問いつめると、スタジオスタッフは迷いながらも教えてくれた。自身に関わることを知らない、と言うのはやはり良いことのように思えないからと。そしてそれから一つだけ依頼をしてきた。
「まあ確実にバレるだろうけどさ。メイコちゃんには僕が言ったって言わないどいてよ」
嫌われたくないんだよ。含み笑う風に、急いている気と合わせて苛立つが、押さえる。カイトの苛立ちを察したか、スタジオスタッフは簡潔に昨日のスタジオでの小さないざこざを話してくれた。
簡単に言えば、同じスタジオですれ違ったミュージシャンが、メイコに絡んできたのだという。業界には既に、彼女らの後継の話は出回っている。
『今は売れていても、直に後輩に株を奪われる』
あざ笑ったミュージシャンに、けれどメイコは反応を返さなかったのだそうだ。代わりに今、カイトがぶん殴ってやりたい気持ちに駆られているわけだが。
「そうなったら旧型だな、とか言われても聞いてもない感じだったメイコちゃんがさ、怖いくらい怒ったのはカイトくん、君のこと言われたときだよ」
思考がすうっと冷えていくようだった。その様子が、まざまざと思い浮かぶ。カイトのことを優しいと言ったメイコだけれど、カイトにしてみればメイコの方がずっと優しい。
「後継が出たら…その、『失敗作』…ってこれはそいつが言ってたそのままなんだけどさ、『失敗作の男性型の方が先に廃棄だな』って言うの聞いたら、メイコちゃんほんと怒っちゃって」
ただ、男性スタッフが恐ろしいと思ったのは、メイコがミュージシャンに手を挙げる様子を見せたりしたからではなかったそうだ。メイコは決して手を挙げなかった。
ただ、低くうなるような声音で言ったのだ。
『あんたがカイトを語るな。失敗作だなんて二度と言ったら、あんたの声、握り潰してやる』
喉ではなく、声を。それはメイコらしい発想だ。
メイコの魂は声だ。声で歌い、歌で生きる。声を奪うと言う言葉は、メイコの殺意の宣言だったんだろう。
「カイトくん?」
揺さぶり起こされるように声をかけられるまで、カイトは呆然としていた。カイトのために激昂して、それを押し殺そうと酔いつぶれるほどに酒を呑んだのか。
メイコが、カイトに言うなと口止めしたのは負担に思わせたくなかったからだろう。あるいはカイトにこの話題そのものを聞かせたくなかったのかもしれない。
「大丈夫? 今度の話で状況、マズくなるんだったらほんと、僕らで会社にハナシ通すよ?」
回線の向こうの声は、心底からカイトを気遣っている。そしてメイコを。
大丈夫です、とカイトは答えた。
「ありがとうございます。でも、すぐ廃盤とかそんな話は聞いてないし、メイコも聞いてないと思います」
電話の向こうの男性スタッフはまだ心配そうだったけれど、カイトは礼を言って受話器を置いた。直接開発チームに聞いてみる、と言ったのが効いたようだった。何かあれば力になる、と最後まで言ってくれた。
そして、カイトはもう一つの電話番号を押した。
---続
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