カイメイ中心
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メイコ愛をこっそり謡う
初出:Pixiv
初音ミクの滞在を打診されてから三日。カイトの気持ちに合わせるかのように空も晴れない。昼日中だと言うのにくすんだ色の雲に覆われて、寒風が頬を撫でる。数日分の食料品を買って帰る道すがらだ。
一応、家事は二人の分担制の約束だ。けれど現状、家にいる時間の圧倒的に長いカイトが、必然的に家事担当になっている。
それが不満だとはカイトは思わない。メイコのために何かできることは嬉しいし、隙を見てはカイトから家事当番を取り返そうとするメイコとの攻防は楽しい。
不満があるとすれば、歌えないことだ。カイトもボーカロイドだから、歌えないことは苦しい。特に、メイコと歌いたい。
『KAITO』は『MEIKO』と歌うためにプログラムされた。あの声の響きにこの声を添わせたい、そう思うことは本能のようなものだとカイトは知っている。
それを知ってか知らずか、メイコは時々ボイストレーニングにカイトを呼んでくれる。手伝って、と言いながらパートをくれる。一人でやるより楽しいから、と。
ただ。
「カイトと合わせるの、やっぱり気持ちいいわ」
花の咲くように笑って、そんなことを言われた日にはその愛しい笑顔が直視できなくなる。同意を求められても、答える声が曖昧になる。
そんなことも減るんだろうか、と思ってカイトは曇り空を仰いだ。寒い。
妹、という存在であると同時に、最新のエンジンを積むカイトたちの後継機。同じボーカロイドでも、全然違う。正直なことを言うと、その点でも、カイトは複雑な気持ちになっていた。
優秀な妹に対する愚兄にならないだろうか、という点が一つ。
メイコの練習パートナーの位置さえもその優秀な妹にとられてしまうのではないだろうか、という点が一つ。
「我ながら卑屈だ…」
呟きはマフラーに埋めて、カイトはもう一度歩き始めた。メイコはそれでも多分、カイトを見捨てない。メイコは優しくて、カイトはメイコの弟だから。
帰り着いて玄関のドアを開けると、メイコが靴を履いているところだった。壁に片手をついて、履きかけた片方のブーツを引っ張り上げている真っ最中だ。互いにきょとん、と見詰め合う。
「…どこか行くところ?」
靴を履こうとしてるんだから当然だろうことを、カイトはわざわざ聞いてしまった。せっかく早く帰ってきたメイコが出かけることが、まるで自分を軽んじてるかのように感じてしまったのだ。子供っぽい感覚だという自覚はある。
けれどメイコは力が抜けたように靴を履きかけていた足を下ろした。
「ううん、もういいの」
呟くように答えて、靴を脱ぎ始める。首を傾げるカイトを見上げて、目を細めるように表情を和らげた。
「帰ったらカイトがいなかったから」
「え」
確かによくよく見れば、メイコがはこうとしていたのは仕事用に使っているブーツだ。メイコの仕事着は冬の装いには向かないからコートを羽織ってはいるが、マフラーを解いた襟元から見える赤はきっといつものセパレートだろう。
帰り着いて、カイトのいないことに気付き、慌ててまた靴を履こうとしたのだろうか。
「きっと買い物だろうと思ったから、たまには手伝えるかな、って」
間に合わなかったね。苦笑しながら履きかけた靴をまた脱いで、メイコは改めて家に上がり振り返った。
「お帰り、カイト」
その笑顔にじわりと胸が熱くなる。
「ただいま」
それから。
「お帰り、メイコ」
ただいま。答えて笑うメイコを見ていると、きっと大丈夫だと思えてくる。
多分、ずっと、この距離でいられる。
---続
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